連作短編No.4:立冬:タイトル未定.txt 2024/11/7 20:55
地崎守 晶
連作短編No.4:立冬:タイトル未定.txt 2024/11/7 20:55
2024年11月7日。
ずっと居座っていた暑さが終わった日。
死んだ。あいつが。
壁紙を薄い青に変えたばかりのチャット画面の中で、その知らせが黒々と刻まれていた。
信じられない。信じたくない。目をそらし、何かの間違いではないかとアプリを落とし、もう一度開く。
同じだ。ペンネーム:鴉間 ツカサは、11月1日に死んでいた。昨日こちらからふざけ半分で「締め切り明日だぞ、おとなしくオゴリか?」と送ったメッセージに気づいた奴の妹が、教えてくれたのだ。
「そんなのって、ありかよ」
うめきながら、PCのフォルダを開く。
【ツカサの作品】
連作短編No.1:立春【春一番は君の香り】.txt 2024/2/4 21:27
連作短編No.2:立夏【金糸雀のスカーフを貴女に】.txt 2024/5/5 23:37
連作短編No.3:立秋【白い鳩のくちばしで】.txt 2024/8/7 22:11
今年あいつが送ってきた作品のデータだ。
本当なら今日、ここに4番目の作品が保存されるはずだった。例のごとく締め切り当日ぎりぎりに。
「締め切り、間に合わないじゃないか」
呆然とするあまり、そんな言葉がこぼれた。
地崎守 晶という名前で小説投稿サイトに作品をアップしていた俺は、ある時、自分のランキング――確か週間530位だった――より上位に鴉間ツカサの名前を見つけた。大学の文芸部の同期だった男のペンネームだったので、思わず連絡を取った。当時の奴は、新人賞に応募せず投稿サイトで書くことを軟弱な行為だと言ってはばからず、WEBに作品を上げていなかったので、意外だった。先輩と喧嘩しても意見を曲げなかったというのに。
果たしてペンネーム被りではなく、本人だった。
『大学のときの発言?記憶にございません』
『いやまじめな話、思い知ったというか反省したんだよ。サイトからデビューしてる作品もいっぱいあるし面白い。それに社畜になってからのスキマ時間で書いて発表するならWEBのほうが合ってる。
だからさ』
『なるほどな
先に書いてた俺よりランク上なのはシャクだが、素直になったもんだw』
『おまえの作品も読んだよ、面白かった!
ま、冗長な文も多いしオノマトペに頼りすぎだし、オレのほうが面白いがWWW』
『言ったなオメー。来月には抜かしてやる』
そんなチャットをきっかけに、俺とツカサは切磋琢磨しあうライバルになった。
俺が投稿した作品に、ツカサは必ず良いと思った点と改善点の辛口な指摘をコメントしてきた。俺はというと、ツカサの出してきた話の切り口や描写に内心舌を巻くばかりで、悔しいが誉めるポイントしか思いつかなかった。開き直って、素直に本人に伝えるようになったのはここ2年くらいのことだ。
それで、ツカサから指摘された箇所も少しずつ直すように意識していった。
ちびちびPVと評価が伸びていく俺と比べて、ツカサは新作を出す度にドカンと大量に稼いでいく。背中は、遠かった。それでも、ツカサの新作が上がったのを通知で知ると、早速読みに行った。
刺激を受け、仕事の疲れを押してキーボードを叩く気になった。
今年の1月のことだった。いつものように、ツカサからチャットで連絡があった。奴の自信作が公募の二次選考に落ちたばかりの頃だった。
『今年なんだけどさ、テーマ縛りをして連作を作ろうと思う』
『テーマ縛り?
具体的にはどんなだ』
『季節ごとに1作ずつの短編さ。それだけ読んでもよし、4つまとめて読んだらテーマがつながってる』
『面白そうだけど春夏秋冬じゃありきたりじゃないか?』
『そういうと思ってな。ただの季節じゃなく立春、立夏、立秋、立冬だ』
『節季か、なんでまた』
『立春は2月、冬のうちにくるだろ。寒いままだけど次の季節の名前が来るんだ。
そんな境目をテーマに書いていくのさ。男女、女女、男男のクソデカ感情も取り合わせたいな』
『なるほど、面白そうだな』
『で、公開日はそれぞれの節季の当日!』
『マジかよえらいブチ上げたな』
『で、書き上げたら公開前におまえに見てもらう。
気になるとこがあったら言ってくれ、誤字チェックも』
『おいおい、自分だけじゃなくこっちの首もシメるつもりかよ』
『スランプからの脱却なんだ
手を貸してくれ』
寝ぼけた頭が、最後のメッセージを見て急に覚醒した。
あの鴉間ツカサが、俺なんかに。公募に落ちて、少なからずメンタルに来ていたあいつが頼ったのが自分であるという事実。
俺はスマホを握り直した。
『辛口でいくから、覚悟しとけ』
果たして、立春の短編が送られてきたのは2月4日の晩に届いた。
『校正頼むならもっと早くしろよ!』
『マジですまん
筆が重くなった気がする』
作家のスランプは本人にしか克服できない。身にしみて分かっていたので、俺は矛を収めた。
『まあいいけどさあ
誤字の赤入れたから早く直せよ!立春あと3時間だぞ』
『サンクス』
立夏もこの調子だったので、俺は発破をかけた。相変わらずクオリティは高かったが、ツカサの長編が冬から更新されていないのも気にかかっていた。当たり前だが、続きがなければWEB作品の順位は下がっていく一方だ。そんなことで逆転しても、勝ちとは言えない。
『なんとか間に合ったけどさ、立秋は余裕持てよな。
立秋当日に上がってきたら、飲み代一回おごれよ』
『へいへい、地崎守先生』
立秋の2日前に送られてきた【白い鳩のくちばしで】は、やや描写の解像度が落ちたように思えた。どこか投げやりな締めくくりだった。チャットだけでなく、通話を繋げて俺の思う修正点を聞かせた。一年前のツカサなら自分で気づいて直していたはずの箇所だらけだった。いつもならすぐに反論してくるはずのツカサは、黙って相づちを打ってタイプ音を響かせていた。
ブラッシュアップしたその短編は評価を集めたものの、ツカサが生気を失っていくような、不吉な予感がした。
気のせいだ、締めくくりの「立冬」さえ完成させれば、またあの生意気で質も量も高いツカサになる。そんな根拠のない言い訳をして、俺は自分の作品を書きながら立冬を待った。
『兄は亡くなりました
警察の方は、自殺の可能性が高い、ということでした
今まで兄と仲良くしていただいて、ありがとうございます。
ペンネームしか存じ上げず、葬儀などの連絡が出来ておらずすみません』
そして、これだ。
アイツの原稿が俺に送られてくることも、鴉間ツカサの新作がサイトに上がることも、エタった長編が完結することも、二度と、ない。
「俺のせいなのか?
俺が早く書けって追いつめて、自殺したのか?」
パソコンの画面に問いかけても、答えはない。
言葉に、口に出すと、胸が刺されたみたいになった。
チャット画面の薄いブルーが滲む。ずっと追いかけてきた背中を喪って、俺はどうすればいいのだろう。俺も筆を折ればいいのだろうか?
どのくらいそうしていたのだろう。暗くなっていた画面に俺の情けない顔が映っている。見たくなくて、適当なキーを叩いた。
映った青い画面に、白い吹き出しが新しく浮かんでいた。
――――――未読メッセージ――――――
『兄はいつも、ちさきがみさんがいいライバルだって言ってました。
自分以上に自分の作品のこと分かってくれてる、話すといつもインスピレーションをもらえるって』
「なんだよ、そういうことは、口に出して言えよな」
食いしばっていた口を緩めて、俺は吐き出す息に紛らせて呟いた。
深く息を吸った。強ばっていた指を、キーボードに走らせる。
新しいファイル.txt 2024/11/7 20:53
これが、鴉間ツカサという作家への弔いになるのかは分からない。
今から立冬の日が終わる前に投稿するなんて十中八九ムリだろうし、アイツならこういうものを書いただろう、という程度の完成度にしかならない。
ただの自己満足だと、アイツは言うかもしれない。
それでも、奴も俺も好きでやっている物書きだ。なら、こうしたっていい。
文句なら、辛口批評なら、俺がそっちに言ったとき好きなだけ聞いてやるよ。
連作短編No.4:立冬:タイトル未定.txt 2024/11/7 20:55
連作短編No.4:立冬:タイトル未定.txt 2024/11/7 20:55 地崎守 晶 @kararu11
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