無からの報復

らきむぼん/間間闇

無からの報復


 左手首の時計は「24:09」という存在しない時刻を表示していた。


 同窓会からの帰路はひどく体が重かった。

 中学生の俺は、とにかく人が不幸になるのを見るのが好きだった。Aが隣のクラスのKに告白したと聞けばフラれて落ち込む姿をわざわざ見に行ったし、Fが鉄棒から落ちて骨折したと聞けば我先にと現場に赴いた。近所でガス爆発事故があった。俺は救急隊が運んでいく大怪我をした友人Rを見に行った。興奮のあまりしばらく眠れなかった。


 今の俺は、ごく普通のサラリーマンだ。どこにでもいる代わりのきく歯車。仕事にささやかな不満を言いながらも給料だけはしっかりともらい、趣味らしい趣味もなく、コンビニの飯を食いながら動画サイトを眺めていつの間にか寝落ちする。そんな日々に慣れるうちに、過去の異常な性癖はすっかり消えていた。


 だが、少年期の自分の恐ろしい悪意と愉悦の感情は、ただ罪悪感となって心中に澱みを作っていた。毎日、コンビニの募金箱に小銭を放り込む。近所の神社の賽銭箱にも放り込む。祈りなどない。罪悪感を消したいだけだった。

 電話があった。同窓会の知らせだ。当時の自分が不幸をかき集めて歓喜していた世界からの、呼び出しだった。俺は、断りきれずに誘いに乗った。


 意外なことに、彼らは俺のしたことをほとんど覚えていなかった。それとなく過去の行いを話題に出すと、「お前、あの時ひどかったよな〜!」「お前なぁ、ふざけんなよ、冗談じゃ済まないぜ」などと笑っていた。誰一人、俺を責めていない。俺は、不幸を見るのが好きで、誰かの不幸に追い撃ちをかけていたはずだ。

 俺もつられて笑った。罪悪感だけが、純度を高めていく。靄は煙となり、泥となり、何か黒い塊となって重みを増した。


 二次会が終わって終電の電車に乗った。アルコールが体をめぐり、脳が痺れて眠気が増す。

 短い夢を見た。教室の一番後ろの席で授業を聞いている。先生が前の方の席の男子を指して、男子はうまく答えられずに泣き出してしまう。俺はそれを見てニヤニヤと笑っていた。ふと気がつくと、教室の生徒全員が首を180度回してこちらを振り返っていた。誰にも表情はない。教卓の先生が俺を指差す。

「あなたが悪い子です」


 目が覚めると、終着駅だった。

 俺は電車から飛び出て、フラフラとよろつきながらも改札を通った。目の前は薄靄のかかった広々とした空間だった。辺りを見渡す。目を凝らすと遠くに葉のない細い木々がまばらに生えている。振り返ると、俺が出てきたはずの駅が無くなっていた。酔いが覚めていき、冷や汗が出る。

 まるで存在しない駅に下車してしまった都市伝説のようだ。左手首の時計は「24:09」という存在しない時刻を表示していた。

 視界いっぱいの靄が、暗い煙霧へと変わっていき、温度がだんだんと下がっていくのがわかった。どっ、どっ、どっ、と心臓が跳ねる。体の内の黒い塊があたりに煙霧を振り撒いているような気がした。

 ぽつ、ぽつ、ぽつ。小さな明かりがいくつか暗がりの中に灯る。それらは次第に数を増し、ついには俺の目では数えられないほどになった。

 灯が黒い煙霧を照らす。

 球状の灯は人の頭ほどの大きさまで膨れ上がり「自らの体」を照らした。そこに最初から体があったかのように、それは肉体を得ていく。

 無数の灯は首となり、人型に成った。


 顔のない彼らは、何かを訴えるようにこちらを見る。顔の造形など何もないのだが、それがこちらを向いて、こちらを見つめているのがわかった。

 先ほど見た夢を思い出す。

「あなたが悪い子です」

 彼らは無言のまま、こちらに行進する。いつの間にか俺は取り囲まれ、人型の何かに押しつぶされていく。

 募金箱や賽銭箱にいくら小銭を放り込んでも消えてはくれなかったのだ。

 歪んだ時空に溢れる無数の罪悪の灯。三次会にしては、随分と人が多い。

 俺は暗く冷たい煙に沈んでいった。



 了




あとがき


https://kakuyomu.jp/users/x0raki/news/16818093088714801864


読了ありがとうございます。

ちょっとしたホラーという感じですね。リンクはAIに適当に作らせた画像です。この小説はAIに適当に画像を作らせて、それを見て𝕏投稿用に即興で書きました。

即興で書くと、どうも「罪悪感」というテーマで小説を書きがちですね。いろんな失敗をしてきましたが、どれもちゃんと怒ってくれる人がいて、比較的罪と罰は一対一で消化されている気がしますが、それは実態のある罪について、です。

僕の根源的な罪の意識はなんとなく精神的な嗜好にある気がしますね。まあここでいうことでもないですが、創作の源泉ではあるように思います。

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