第4話 メガコンブ

 我が「目が昆布」高校は次世代のカリキュラムを導入しているため、昼休憩一時間に加えてシエスタが一時間ある。シエスタとは長い昼休憩の意味であるため、必ずしも昼寝をしなければいけないわけではない。つまり自由である。昼休みは二時間もあることになる。真面目な生徒が多いため、連日自習室は定員オーバー。図書室もいつも埋まっている。もっと無駄話をしたり、中庭で日光浴でもすればいいのに。授業は各時間四十分、休憩移動時間十分。たっぷりゆとり教育。年間行事も充実。しかしそれでいて年間必要授業数も問題ないという。どんなからくりだ。



 我らが目が昆布高校は勉強しすぎ働きすぎ、なんでも真面目で融通の利かない悪い日本人に反逆し、反撃している。無論、自由を多分に与えられているゆえ、自分のことは自分で管理しないと自滅する。ついていけなくなるのは学校のせいではなく自分のせい。高校は義務教育ではないという当たり前の事をあえて口にし、なんでもは面倒見ないよと言う大人たちの正しい姿勢を見せる。自分で考えて取り組み、その過程で困難に直面した時はいつでも頼ってね、と。勉強だけでなく、生活も、部活も、将来も現在も。社会人になれば誰でも指示待ち人間になるな、作業は当たり前に終わらせて仕事をしろ、自分で考えろ、報告連絡相談をしろ、ひとりじゃ何もできないんだから先輩を頼れ、などと言われる。言い方は違っても、結局のところは同じ意味のことを言われる。勉学に励みつつ、部活に精をだして技術と文化と姿勢を学び、委員会活動や校外活動などでコミュニケーション能力を高める。自意識が高い人間が当たり前のように求められる社会では、より賢い人間になれるように奮闘しなければならないのだ。つまり恋愛にうつつを抜かしている暇はない。そんな輩は見つけ次第お仕置きをして恋のコミュケーション能力を下げる必要がある。青春に恋は不要。大人になってから婚活すれば良い。恋愛殲滅。いざ参らん。



 しかし、この話はあながち間違いではないことは分かると思う。今の時代に求められるのは適度な放任、まさにこれだ。突き放すのでもなく、過保護になるでもなく、見守ると。教える時は教え、世の中の当たり前と規律、モラルを守らせて教える。世の中には完全自主制の学校もあるらしいが、それはただの塾だ。学校の存在意義はいつも問われ続けるものだが、学校だっていつも考えているだろう。バカじゃない。バカなのは世の中に成り下がったくせに批判したり好き放題なことを外野から野次を飛ばす数多の人間のほうだ。



 ちなみに近隣に「わ〜かめ〜」とチャイムが鳴る学校があるため、対抗して「め〜こんぶ〜」とチャイムが鳴る。



「おい! 不死川! 今日こそ決着をつけてやる!」


「お前はまだそんなことを言っているのか」



 明星希望は今日も俺のことを退治しようとしてきた。しかしやはりその程度では俺の邪魔すらできない。貧弱だ。まだまだ鍛える必要がある。



「せいやーっ!」



 今日もまた蹴ってきたので今日もまた片手で止めた。本日は明るいピンク。こいつは毎日見せびらかしたいだけではないのか。悪いが俺にそんな性癖はない。他を当たることだな。



「くそーっ! 総理大臣にしか止められたこと無いのに!」



 総理大臣を蹴ったことがあるのか。それはその方が大問題な気がするのだが、気のせいか。



「何度も言うが、お前を相手にしている暇はない。キックの稽古ならムエタイの聖地にでも行ってこい」


「どこだそこは!」


「タイ」



 キックだけじゃないだけどな、ムエタイは。キックを鍛えるなら、ここはキックボクシングのほうが適当だったか。



 悔しがる明星の追跡をぬらりくらりと撒くと、今日も懲りずに恋愛殲滅に励むことにした。本日手に入れた恋愛情報は教師と生徒の恋。またもやイケナイ恋愛である。一見すると特殊な事例にみえるので、そこを突けばあっという間に破滅させられそうだが、そうではないことを前回学んでいる。慎重に、用意周到に、陰湿にやらねば。悪魔ポイントもそうである。大きなポイントを一気に狙わず、焦らずにひとつひとつを丁寧にこなして稼いでいく。仕事とはそういうものである。



 細かい情報はひとりで調べられた。教師の手帳を盗むと、そこにほとんど書いてあった。プライベートまるわかり。そこでまずはメガコンブ作戦を使うことにした。



 メガコンブとは、芽昆布のメガバージョンである。芽昆布とは、その名の通り昆布の芽である。秋に種をつけ、二月、三月の早い段階で若いやつをとって食べるのが芽昆布。日持ちしないため地元の漁師しか食べてこなかったというが、豊富な栄養素が注目され、現代の健康志向の高まりとともに知られている。ちなみに名前の似ているめかぶ昆布は昆布の根元部分のめかぶのことである。



 話を戻すと、メガコンブは芽昆布とはまったく無関係である。昆布なのにとてつもなく大きいからメガコンブと俺が呼んでいるだけのでかい昆布のことである。つまり、有り体に言うと邪魔である。クレーンゲームの確率機で思わずとってしまった巨大ぬいぐるみぐらい邪魔である。うっかり手に入れたことを後悔するやつだ。



 これをどう使うのかというと、交際相手の名前でもう一方の交際相手の家に送りつけるのである。今回であれば、教師の名前で生徒の家に送りつける。当然意味わからないし、困惑する。とても迷惑だ。すぐに相手に連絡をして理由を聞くが、もちろん教師に心当たりはない。



 そこで情報をひとつ流布する。これが第一作戦。教師が昆布教会芽昆布支部メガ昆布同好会に入信したと情報を流す。我がメガコンブ高校は名前が似ていると言うだけで昆布教会所属学校の姉妹校を名乗っている。噂が流れれば、教師の昆布性が疑われる。昆布教会と何かしらの関係があってもおかしくない。もちろんコンブの高校などうちを除いて他には存在しないので、姉妹校があるというのは校長がついている嘘。みんな知ってるけど、そういう設定になっている。昆布教会の高校など、もちろんない。姉妹校など存在しない。自主的に姉妹校を名乗ってはいるが我が高校に姉妹校はないのだ。近々、設定だけの姉妹校を実際に作ろうではないか、昆布教会の高校を作ってしまおうという計画の噂もあったが、珍妙すぎるという理由で頓挫したと聞いた。それと申し訳ないが、ここまで言っておきながらなんだけど、まあ言うまでもないのだが、ご推察のとおり昆布教も昆布教会も無い。そんなの昆布に失礼である。俺と悪魔によるでっちあげに乗っかった校長の嘘話。すみません。



 第二作戦はいつも通り、不倫やら二股やらバニーガールの店でうはうはしてたみたいな情報を画像付きでばら撒いて疑心暗鬼にさせるいつもの手口。メガコンブ作戦はいつかやろうと思っていて、今回初めてやるので成功すればいいなとワクワクしている。



 メガコンブを送りつけた翌日。学校は騒然となっていた。



 校庭を覆い尽くすような巨大昆布が目の前を塞いでいたのである。ゆらゆらと宙に浮かんで揺れている。なぜだ。



 確かに俺は昨日メガコンブを送りつけたが、しかし実際に届けたのは宅配業者なので、現物を俺は見ていないし届けてはいない。手配したに過ぎない。つまり、宅配業者がどうやってあのバカでかいメガコンブを届け、そしてそれを受け取ったであろう彼女がどうやってここまで持ってきたのか。それは人類史上最大の謎のひとつになるだろう。そしてなぜ彼女はこれを学校に持ってきたのか。それは本当に分からない。大きさ自慢か? 


 

 昆布高校といえど、メガコンブは明らかに学業には不必要な、不要物だ。持ち物検査で引っかかる。既にメガコンブは物理的に校庭で引っかかり、身動きが取れなくなっているけど。



 先生たちは声を荒げて「誰だー! こんな物持ってきたのはー!」と言う事ことはなく、すぐに臨時休校として生徒を家に返した。「眼が昆布」高校としては、同じ昆布として無碍にできない存在であるからである。このように先生たちが対応に困っていると、物好きなテレビの中継ヘリがたくさん飛んできた。このままではいけない。いろんな方面のいろんな面でよくない。この事態を受けて、俺は「メガコンブの有識者です。協力します」と名乗り出て対応した。また、持ち込んだ彼女は当事者として実況見分につきあわされた。そして「この昆布を私の家に送ってきたのはこの教師です。他にもエッチなことを、淫らなことも私にずっとしてきました」と教師を裏切った。メガコンブが現れたこと以上の突然に戸惑いを隠しきれなかった教師は、誰が責め立てたわけでも問い詰めたわけでもないのに、名探偵に推理されて言い当てられたかのようにひとりで勝手に崩れ落ち、自供した。



 これにて事件解決。恋愛またひとつ破滅、恋愛殲滅へまた一歩進んだ。



 ちなみに校庭でゆらゆらと揺れていたメガコンブは再利用され、メガコンブ銅像となって校庭に設置された。校長は時々やってきては拝んでいるらしい。



 俺はまた、今度はどんなことをして恋愛大好き人間の恋仲を両断してやろうかと悪い「ふははは」で考え始めた。



 

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恋愛殲滅、さらば青春永遠なれ 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima

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