第3話 同性愛
翌日。靴箱にいたずらされている気配はなく、また黒板にでかでかと名前が書かれることもなかった。机の中にナマモノが突っ込まれていたり、芸術家も驚くような刻みで彫られた死ねや消えろの文字もない。新品かと疑うようなクリーンさ。これも悪魔のチカラである。悪魔万歳! 最低人間に贈られ送れる快適な学校生活。半永久保障。これで一層恋愛殲滅に励むことができる。
昼休み。売店で買ってきたパンを適当に食べれていると空いていた目の前の席に誰かが座った。それは見たことがある女であったかもしれないが、そんなことは気の所為であったかもしれなかった。俺は後者を取った。
「おい! 不死川! 昨日会ったのを忘れたか!」
「なんだよ、うるさい女だな」
「女ではない! 明星希望だ!」
「そうか、そうか明星。それでこんな時間になんの用だ。こんなところにいないで、お前も自分の席で昼休みを満喫していたらどうだ。少なくとも俺はそうしたい」
「フシカワ!」
「わ、わかったから。こんな近くで叫ぶな、鬱陶しい。あと、フシカワじゃない。シナズガワだ。周りの奴も好奇な目でこちらを見ているだろ。話をするにしてももう少し落ち着いた声で、適材適所な音量で話してくれ」
少し考えた正義執行女は、声を抑えて普通の会話の音量で宣言した。
「やはり私は貴様を倒す。倒さなければいけない。その悪行を葬り去る!」
「またその話か。やっぱりお前も俺が不幸にした被害者のひとりなのか? それなら話は早いが」
「違う! 被害者は友達だ」
「そうか。それで? 復讐代理人を買って出ようという理由はなんとなく想像つくが、どうやって俺を倒す。社会的懲罰は既に受けているぞ。俺の信用信頼は地の底につき、這いずり回っている。二度と陽の目を浴びることはないだろう」
「殴る!」
「嫌だなあ、暴力は」
「蹴る!」
「嫌だよお、暴力は」
「しかし殴りも蹴りも効かない。仕方ないから行く手を阻む!」
「あー、なるほどねぇ。(よくわからん)まあ、精々頑張ってくれたまえ。邪魔にもならないと思うけど。退屈な日々を潰す暇つぶしになることを楽しみにしているよ」
その日の午後に俺はまた恋愛の情報を得た。うちの学校の下級生の女子が大学生と付き合っているという。それはまた年の差カップルだな。おそらく二十が十代に手を出したのだろうが、さてそれは許されるのか。愛があればいいのか。欲だけだと逮捕か。それだけ聞くと今回も簡単に潰せそうだなと、そう思った。楽にポイントを稼ぎ。効率的にポイ活をしなければ。
「同性愛?」
「へぇい。兄貴はいつもアンテナが広いようで感心しやす。おっしゃていたクダンのカップルを調べましたが、間違いありません。百合ですや」
このへりくだった言葉で話す、背がとても高くてひょろっとした三下奴は俺の密偵。名を「ネブ」と言う。正しくは「ネブラスカ」。頭二文字取って「ネブ」。ちなみにこれまで古い順に「アガメムノン」「コネチカット」「サウスダコタ」と名前が変遷している。
悪魔のような悪行により情報収集手段が限られてしまった俺は、密偵が欲しいと悪魔にお願いした。任務遂行に必要となる願いは即座に叶えられた。ネブは悪魔が探し出してきたひとりである。ちなみに悪魔が招集した密偵は全部で四人存在し、ネブを参謀と呼び、残り三人は三銃士と呼ぶ。または四人まとめて四天王と呼ぶ。しかしネブ以外は本作の本編ではあまり登場しない。
密偵ネブ、こいつは報酬として妙なガラクタばかり欲しがった。今回はガチャがちゃで出る景品を欲した。一万円コイン。都市伝説化されている偽造貨幣。金属製で本物の硬貨そっくりコインがカプセルに入っている。いつだったかコンビニで実際に使って商品とお釣りをだまし取ったこともあるらしい。製造も使用も所持も禁止。今となっては手に入らない珍品ということか。
「ああ! これでぇす、これでぇす! いつも、ありがとうございます。こればっかりはどうしようもないんで。どこで兄貴が手に入れているのか常々気になるばかりでやすが」
「ガラクタでよければいつでも望みの物を用意する。俺は人との交流が断絶しているからな。お前のような存在はありがたい。いつも感謝しているよ。どうしてもネットの情報だけだと不十分だ。任務遂行に支障が出る。現場の、生の声は貴重だ」
俺はカップルという噂は手にしていたが、それが同性カップルとは知らなかった。ネブの調べがなければ予定が狂っていたかもしれない。
ネブによれば彼女たちは同性という点以外は普通のカップルだった。付き合い始めてヒト月ほどだという。浅いな。破滅、殲滅するには絶好の頃合いだ。
同性愛者の人は、普通に出会っては恋愛に結びかないので専用のアプリか掲示板で出会いを探すのだという。チャットなどで連絡を取り合い、気が合いそうだと互いが思ったらご対面。いわゆるビアンバーなどで実際に会って酒やドリンクを交えながら楽しく相手を見極めるのだ。本当に交際できるかを。遊びだけの、同性と性欲を深めたいだけの不埒無やつじゃないかを。
女ふたりの名前と大学名、うちの高校生の一年生の生徒を名前も教えてもらった。一年生か。俺が二年だから下級生は一年しかいないんだけども。どのみちそれはかなり若い。大学生はロリコンとまではいかないが、未熟でまだまだ子供の未発達な体が好きなのかもしれない。あどけない笑顔とかな。同意しかねるが。
追加でもう一枚コインをやると、ネブは上機嫌になり、追加で幾つか写真を提供してくれた。それは不埒な写真だった。
「またやるんですか、兄貴」
「ああ、それが俺の使命だからな。誰にも理解できない宿命だ」
「そうでやすか。お気をつけて。敵は多いですぜ」
「わかってる。お前も上手くやれよ」
「ありがとうごぜぇます。ではこれにて」
解散した。
俺以外全て敵のこの作戦、意味があるとするならばそれは俺にではなく悪魔にあるだろう。言うまでもなく、これは俺のための作戦ではなく悪魔のための作戦。俺の恋愛嫌いなど言い訳に過ぎず、真意は悪魔の野望を叶えるための作戦。
悪魔は人間を掌握したい野望があると言っている。
しかし、その世界最強悪魔のチカラをもってしてもすべての人間関係は把握不可能だという。また、人間の心情や思考を完全に理解することもできない。悪魔は人間のことを分かっているようであまり良く分からないのだ。そこで悪魔は野望達成のために人間である俺と契約をした。なぜ俺だったのかは不明だけど。他に契約者がいるのかどうかも不明だけど。
なぜ悪魔の野望を知っているのかというと、直接「真の目的は何なんだよ」と聞いたら「ふははは。教えてやろう」と上記のことを教えてくれた。しかしどうして恋路の邪魔をすることが人間掌握、悪魔の野望達成に繋がるのか。それは人間の俺ではわからない。悪魔も無意味に作戦を命じたりはしないだろうし、無闇に人間と契約を結んだりはしないだろう。悪魔の野望の裏にある、野望の裏の真の野望はきっと俺が考えているよりも、今陥っている俺の社会的立場の状況よりも悍(おぞ)ましい理由に違いないと想像した。悪魔の野望により人類が滅びないことを祈る。
後日。
「お前が鈴木だな」
「誰よ、あんた」
「俺は青春恋愛クラッシャー。鈴木、お前がこの若くて幼い女子高生をたぶらかし、同性愛の道に引きずり込もうとしているのは調査済みだ。ここに入手した不埒な画像を拡大して印刷した模造紙が幾つもある。見ての通り立て看板だ。喜べ、丁寧に鈴木の名前をフルネームで印字してあるぞ。これを大学の入り口に、この立て看板を見事に立てられたくなければこの女子高生と破局しろ。いつもの俺なら問答無用で立てるところだが、情けだ。猶予をやる」
「あんた、それどうやって」
「ん? ああ、これか。これは俺の特殊能力でな。立て看板を持ち歩くなんて面倒くさいことしたくなかったから、宙に浮かせて後ろから付いてきてもらった。持つと重いし。かさばるし。でかいし。いいことないよ、立て看板なんて。まあ、ここに来るまで少しだが、好奇の目に晒されたな。さあ、どうする。猶予はあるようでないぞ」
「ふざけないで! こんな、こんなの。どうやって。どこで。誰にも言ってないのに。アウティングしてないのに」
彼女は泣きそうな顔で立て看板に向かってきた。破いてしまおうと言うわけだ。それが一番手っ取り早いのは俺でもわかる。だからひょいと手の届かないところまで風船のように上昇させた。勝ち目なし。俺の勝ち目前。
「こんな! こんなことして何が楽しいの!」
「何をいう。とても楽しいじゃないか。楽しくなかったらこんなことしてないぜ。お前にとっては楽しくないだろうが、俺にとってこれほど愉快なことはない。諦めろ。それとも君の恋人をここに呼び出すか? 今すぐ呼べるぞ。それがいいな。ふたりで一緒に、ふたりが裸で愛を深めている写真の立て看板を楽しむといい。ほら、楽しいだろ?」
「この……鬼畜! 悪魔!」
「よくわかったな。その通り。俺は悪魔だ。まだ見習いだけどな」
それからすぐに俺の知らない下級生、女子大学生鈴木の恋人女子高生はやって来た。実は猶予なんてものはなかったのだ。回転寿司のように浮遊する恥ずかしい写真の立て看板に囲まれながらふたりは抱き合った。
あれ?
トドメを刺してやろうと校門に立て看板を設置したらすぐに他の大学生が群がり、抜群のチームワークで撤去した。そしてふたりの女の子カップルにみんなで拍手をして、暖かく見守り、解散となった。
あれ?
結果、カップルの恋愛は殲滅されず、むしろ作戦前より強固になっている気がする。え、恋仲を深める手伝いしちゃった? おいおい、それはまずい。悪魔に殺される。
「ふははは。無様に失敗したな」
「あ、悪魔」
「貴様らしくもない。しくじるとはな」
「こ、こんなはずでは」
「ふははは。今は多様性の時代だからな。そこは頭に入れておくべきだったな」
「お、俺はもう駄目か? ここで終わりか?」
「ん? そうか。貴様はこの失敗ですぐに魂を取られるのではないかと危惧しているわけだな。ふははは。一度の失敗くらい、人間ならよくあることじゃないか。心配することはない。短絡的に判決を下すほど悪魔は低能ではない。それに貴様は契約からこれまでノーミスだったじゃないか。何度もミスを重ねるならまだしも。ふははは、この件をいい勉強とすることだな。普通のカップルとは同じように見えて違うということがわかったじゃないか。俺様も人間共を掌握の材料とする。人間は失敗を成功の糧にするのが大好きだと聞いているぞ。ふははは。次の活躍を期待している。また恋愛大好き人間に会えるといいな。ではさらばだ」
悪魔はそう言うと消えた。良かった。まだ大丈夫だった。ミスひとつで魂を取られるわけじゃなかった。今回は許されたが、しかし次はない。心して挑まなければ。
明日もまた恋愛殲滅の道をいく。恋愛を探しに行こう。昼の薄く輝く月を恨めしげに睨む。今宵の月を十四番目の月にさせないように。
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