第2話 悪魔との契約
「まちやがれ! 青春恋愛クラッシャー!」
声が聞こえたので、一応それとなく辺りを見渡し、そして他に誰もいないことを確認して振り返った。青春恋愛クラッシャーが俺のことであることに少し時間がかかったがやむを得まい。そんなふうに呼ばれたことがなかったのだ。俺のことだとは思わなくても致し方ないだろう。
「俺は陰でそんなふうに呼ばれているのか」
「貴様! こんなことをして何が楽しい! 貴様が滅びろー!」
小さな女であった。叫びながらすぐ距離を詰めてきた。同学年か?
出会い頭に滅びろと言われた俺は、素直に面倒だなと思った。前にも復讐だとか何とか言って突っかかってきたやつがたくさんいたような気もするが、その時も悪魔チカラで対処し、ものの見事にすべてあしらった。つまり、悪魔のチカラを使ったり、心にもないことを言うことで相手を突き放すことができる。このチビ女も同じ。俺は心にも無い言葉を投げた。
「俺に滅びろと言ったか。それは難しい提案だ。俺は誰に何と言われようと機にしないし、辞めるつもりもない。人の不幸は蜜の味って言うだろ。自分が幸せになれないのに、視界の隅で誰かが幸せになるのは見るに堪えない。その幸せ者を不幸者にすれば、そのざまを楽しめる。ほくそ笑むには十分だ。滅びるというのは、勢力を失って絶えることだろ。俺に勢力はない。俺サイドから見れば悪事順風満帆かもしれないが、世間一般的に見れば俺は絶不調順風満帆だ。評価評判を捨て、人生をも捨てている。世の中というのは人間が作っているものだ。人々に見捨てられた俺に価値はない。諦めろ。これ以上滅びる要素はない。既に滅びた俺は明日以降も恋愛を殲滅するだけだ」
「そうはいかない! みんなが困ってるのに、そんなことをなぜ平気で言うのだ! 本当は何か裏があるんだろ! そんなことしてもきっと楽しくなんかないのは、見ていればわかるぞ!」
「うるさい女だな。勘違いするなよ。お前のレベルでは正義のヒーローにもなれない。世間の人間同様に糾弾はできても、俺を止めることはできないありふれた人間のひとりだ。うるさいだけ」
「うるさい! お前こそうるさい!」
しつこいな。どっちがうるさいんだか。仕方ない。もう少し話を続けよう。翻って向き合った。ダークヒーロー気取りで。
「では、もうすこし言い訳をしてやる。心して聞きけ。俺は不幸づらしている女が嫌いだ。今が一番幸せだと思い込んでいる女も嫌いだ。自分に自信がない卑屈な女も男も嫌いだし、自分を勘違いしている男も女も嫌いだ。どれも彼も彼女も誰でも、みんな嫌いだ。当たり前だ。好きなことなんてあるか。人間のことを好きになるなんてことがあるか。あってたまるか。俺は人間が嫌いだ。さらに人間のことが好きな人間が嫌いだ。異性でも同性でもそんなことは関係ない。多様性の時代だろ。だから俺は差別することなく等しく全ての人間を嫌う。等しく人間が好きな人間を滅ぼす」
「なんて奴! ヒトデナシ! 人間ではないな貴様!」
俺はしたり顔でその言葉を待っていたかのように笑った。
「そうそう、その通り。俺はヒトデナシ。既に人間じゃない。悪魔と契約を交わしているから半分は悪魔だ。人間関係を引き裂くことなど造作もない。悪魔にできないことはない」
「嘘つけ! 人間が悪魔なわけあるか!」
「そうだな。嘘に聞こえるのが正常だ。だがこれは事実だ。そしてこの契約は俺の意に沿っている。決して悪魔の傀儡ではない。純真無垢で透明な心で俺を引き止める女よ。そのまま叫んでいればいい。憐れむな。同情もするな。助けようともするな。共感もいらない。憎め。蔑め。非難しろ。罵詈雑言悪口を俺に言い続けていればいい。それで気が晴れるならそれでいい。何を言われても俺には関係のないことだ。知ったことではない。好きなだけ好きなことを言えばいい。それで俺の悪事が止まることはない」
「なんでも思い通りになると思うなよっ! 絶対に倒す!」
「残念ながらここまではすべて俺の思い通りだ。恋をしたい人間思惑を外し、思い通りに恋をできなくする。いい気味じゃないか。人が不幸になるのは。これから幸せが始まり、それが永遠に続くと思っていた人間が不幸になるのは。永遠なんて戯言であることは、わざわざ言葉にしするまでもなく、誰の目にも明らかだと言うのに。愚かだ。嘆かわしい。醜い。見るに堪えない。そんな作り物の、抜け殻の恋など殲滅されても仕方ない。恋愛至上主義は総じて他人の恋愛を好奇と娯楽で楽しむ。世の中はそんな人間の集まりだ。当の本人にとっては無残この上ないだろうが」
「うるさい! わけわからん! 絶対止めてやる!」
「もう、いいだろ。俺は帰りたいんだが」
「許さない……! 絶対に……! ここで、今すぐに倒す」
この小さな女は、次第にボルテージを上げているようだった。俺は気怠かった。いい加減帰りたかった。
「女。お前がいくら正義を掲げても、どれだけ粘っても俺は止まらない。止められない」
「うるさい! 黙れ! 謝れ! 二度とするな!
「付き合いきれん。俺はもう帰るぜ。部活の生徒しかもう残っていない。恋や愛も一緒に居残りしている可能性もあるが、今日のところは見逃すことにする。
さらばだ。不幸の続きは、また明日」
俺は彼女に背を向けた。しかし同時に後頭部に気配がしたのでまた振り返らざるを得なかった。
「てやーっ」
小さな女は、遥か高くジャンプし、飛び蹴りをした。仕方がないので俺はその足を片手で受け止めた。下に何も履いていないのか、青いパンツが丸見えである。ガキのパンツなど見ても嬉しくない。俺には微塵も関係ない。
悪魔のチカラを手にした俺に、その程度の蹴りでは届かない。我に隙はない。ミサイル攻撃とかは受けたことないから、そういう攻撃を防げるかどうかは分からないが。基本的に、悪魔の契約の効果であらゆる危害を自動的に無かったことにする。いかなる攻撃も無効化。自分でも相手のターンでも使用制限は無し。
「な、なんてやつ……! 柔道部でも私の蹴りを止められなかったのに」
へえ、それはそれは。危ないところだった。俺は暴力は嫌いでね。恋愛潰しも陰湿に行うのがモットーだ。
「それにしても、やけに突っかかってくるな。お前も俺に恋愛を潰された女なのか?」
「女ではない! 明星希望(あけほしのぞみ)だー! 覚えておけー!」
「そうか、明星。ちなみに、俺の名前は不死川啼哭(しなずがわていこく)という。俺にピッタリの名前だから、覚えるなよ。俺も貴様のようなやつには二度と会いたくない。お前の蹴りでは通用しないことが分かっただろ。鍛えなおすことだな。今度こそ、さらばだ。明星よ」
なにやら悔しそうな叫びが聞こえたが、それこそ俺には関係のないことだった。明日の朝黒板にでかでかと名前が書かれていても恥ずかしさは覚えないし、上履き入れは俺以外の人間が触れない仕様になっているから安心。開けることもできないし、画鋲を入れることもできないし、なにか細工を施すこともできない。机に落書きすることもできない。これも悪魔のチカラである。最初、己を守るために悪魔のチカラを使ってもいいかと悪魔に聞いたら「ふははは、任務遂行のためには快適な学校生活が欠かせないだろうからな。もちろん俺様がなんとでもしてやる。安心しろ。ふははは」と言っていた。なんでも使える本当に便利なチカラだが、どこからどこまで、どんなことまで使うことができるのか、使ってもいいのかは不明瞭。その都度許可を貰うことにしている。この便利もいつかは終わるのだと己を戒め、安易に甘えることなく、契約を徹底して守り、目標達成のために明日も不幸をばらまいていこうと誓った。
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