恋愛殲滅、さらば青春永遠なれ
小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】
第1話 恋愛殲滅
ふははは。恋愛を殲滅するのだ。さすれば貴様に永遠の青春を与えよう。
ふとしたことから悪魔に出会ってしまった不死川は悪魔と契約を締結、魔界ドラフト1位で入団した。この契約が物語の始まりであり、そして終焉。運の尽き。あっという間に高校生活すべてが台無し。恋愛殲滅作戦に学生生活のすべてを費やすことに。今の青春をなげ捨てて、正体もわからない永遠の青春を求めて。
契約に基づき、不死川は恋愛殲滅作戦を遂行した。小学生から大人に至るまで見つけ次第その恋をぶった切った。恋や愛を語ってその仲を深めているふたりが疑心の深みに入り込むデマを流し、また恋の気配を感知するや否や西の果てから東の隅っこまで飛び回った。公園に並んでブランコを漕ぐふたりを見つければその着地を濁った水溜りに変え、手を繋いで街をぶらり歩くカップルを見つけたなら手の先、手の平、手の甲を静電気でビリビリにして妨害。探り探り初めてのキスを試みる男女を見つけた時には唇に磁力を与えて反発させた。二度とキスができない。精々自分とくっつく極の唇を探すんだな。がはは。
巡り合わせ、その果てにたどり着いた運命。遂に幸せを手に入れようとしているその絶好機を見計らって悪事を働く。ヒトの縁をことごとく壊し、せっかくの男女の出会いを無に帰していた。それは傍から見ても、身内から見ても人間として最低最悪の行為である。
追記。この悪魔の命令には続きがある。
もしも遂行を怠ったり、実行の意思が見受けられない場合魂を頂く。これは悪魔との契約。忘れることのないよう。ふははは。
つまり俺は他人の幸せを壊して不幸にすることで己の命を守ろうというわけであった。自己保身である。当然のことながら、そんなことを繰り返していれば俺の評判は平凡からどん底に落ちて軽蔑と非難と無視の当たり前が常識になっていた。人としておおよそ褒められる要素が微塵もないまさに悪魔のような所業であるが、しかし命が賭かっている。この年で死にたくはない。かろうじてまだ人間だ。命を惜しむのは、生にしがみつくのは普通のこと。若者も老人も変わらないだろう。俺もそのひとりにすぎない。まだ人生のほとんどを生きていない。永遠の青春なんてものなんか、本当は興味ないんだが、それでも悪魔と契約してしまったのは事実だ。そんなふうに言い訳がましく、自分の不条理や不幸を嘆いているが、実は恋愛とか恋人とかを破滅させることはめちゃくちゃ楽しい。たまらない。我も恋愛殲滅主義。恋愛撲滅、恋愛破滅、恋愛殲滅。悪魔のチカラを借りて悪者に。悪役になる。実に愉快な高校生活であると、満喫していたのは事実だった。後悔はない。
その日も恋の噂が流れた。隣のクラスの女子が野球部の一軍でもエースでもレギュラーでもないが顔だけはイケメン。スポーツこ才能がないベンチ漬けのイケメン。その女子はその男子と付き合い始めたという。ふむ。それは良くないな。潰しておかないと。
まず情報を集めた。今やエスエヌエスやネットを駆使すればその人の人間関係を特定することは容易い。もちろん、その対象の人物のことを知っていそうな友人や同じ部活のやつとかに直接聞けるのであればそれが一番確実でてっとりばやいのだが、しかし如何せん校内で俺のことを知らないやつは居ないのだ。俺の評価評判は底をついて底をヒラメのように這いつくばって泳いでいる。誰かに話しかけることなど許されない立場。教師ですら授業中に当てるのを躊躇うほどだ。会話はおろか、言葉を交わすのも躊躇われる悪名高き存在。誰からも信用されていない。それが当たり前。よって何をするにしてもひとりで行動するしかなく、悪魔との契約を成立させるための成果も基本的にはひとりで上げていかなければいけない。たとえどんな状況になっても契約履行は必須。不履行は許されない。見逃せばそれまた同義。魂を取られる。
エスエヌエスのアカウントにはメイン垢、複垢、裏垢がある。裏は鍵かかっていて一部のヒトしか見ることができない。メイン垢は世の中に見せる自分のための表向きで健全なアカウント。複垢はそれぞれ好きなバンドとか、アイドルとか、俳優タレント芸人芸能人とかを推したり、趣味情報のためとか、特定界隈での交流用とか。このふたつだけでも色んなことがわかる。推し活の行動履歴、イベントに参加情報、フリマや公式ストアなどのグッズ購入先、エスエヌエスにあげたグッズの写真から撮影場所、行動範囲、交友関係。写真を加工したアプリの特定から、スマホの機能を絞り込み、使用機種特定。スマホを特定できれば、さらに多くのことがわかる。裏は本音だらけなので言うまでもない。もう手に取るようにわかる。伊達にこんな所業を繰り返してはいない。幸福に満ちた生活から引き剥がし、不幸に落としていくこの悪魔の行為においては俺が最強。右に出るものはいない。左に出るものもいない。右打者も左打者もクロスファイアを投げ込んで仕留める。スイッチピッチャー。
該当女子のエスエヌエスも野球部の顔だけイケメンのエスエヌエスも特定した。表、複、裏。全てわかった。悪魔のチカラを使えば造作もない。
それにしてもどいつもこいつも自分を綺麗に加工しすぎである。写真動画、ダンスとか歌とか。これ見よがしに自分を撮って己の安売り。誰も求めていないのに自分の写真を自ら進んで晒し、踊ったり歌ったりでその無様を晒し、なにか勘違いしたのか無制限に、好き放題にネット世界にその恥性な知性を晒している。その点は悪魔のチカラを使うまでもない。命と引き換えに手にしたこのチカラ。やろうと思えば何でもできるチカラ。世界を変えられないが、俺の周りの世界を変えることぐらいは造作もない。
俺の恋愛観を少し。
俺は恋愛が大嫌いだ。これは悪魔と契約を結んだからじゃない。元々大嫌いだった。小学生の時は片思いなんてしなかったし、一方的に好きでもない女から好きだよー、って言われて悪い気はしないかもと思ったのが尽き。その子を好きな男とさらに俺に巻き込んだ女が好きな男が好きな女まで現れて泥沼。女男各々の友人も、クラスメイトも、学級委員も出てきて混沌。教師は民事不介入。嫌な思い出しかない。中学の時の話はするまでもない。結末としては教室のガラスが割れた。不良生徒ゼロ人の健全な学校の悲劇である。
恋愛は悪である。したらば人類は滅びる運命にある。
恋愛殲滅。悪魔との契約はいい機会だった。またとないチャンスだとも言える。恋に励む男女を休み時間も、学校祭も、修学旅行でも見るのはうんざりだ。告白のチャンスをうかがってドキドキしている男なんて一生見たくない。カメムシやゲジゲジを発見したときと同じぐらい嫌だ。もしも悪魔のチカラを手に入れる事なく、平凡なままだったなら。きっと俺はひとりで恋愛青春至上主義者どもを横目に青春恋愛撲滅ノートを作成し、文句や愚痴などをノートに書いて高校生活を過ごしただろう。エスエヌエスに書き込まなかったのはせめてもの良心。そんな奴らのせいで、ネットの世界でも惨めに無様な己の姿を晒したくはなかったのもある。
いずれにしても悪魔の手を借りる形になったとはいえ、俺の望みを実行に移せたのは幸運と言えよう。後悔ないように生きている。やりたかったことをやれず、あのときああしていればよかったと後悔するのが人間だ。後悔なし。幸運この上なし。周りは全員不幸だけど。
俺はさっそく野球部のアカウントを乗っ取って操作した。エーアイ画像もびっくりなアクマ式加工画像を貼り付け公開した。そのイケメンという美貌をおおいにひけらかして何人もの女を同時にはべらせているように。吹聴して。全世界に不特定多数に発信。
エーアイ画像は切り貼り合成が基本だが、アクマ画像は現実である。嘘じゃないように思えるから言い逃れできない強みがある。彼の身内に広まるのはそう遅くはなかった。できたてほやほやの彼女の元へもあっという間に知れ渡り、無事に破局した。学生お遊び恋愛など取るに足らない。本気じゃないから辞める時もすぐである。あまりにも脆い。儚さすらない。
それにしてもあまりにも簡単だった。思い通り。他愛もない。ヒトの色恋も恋心も好きも嫌いも愛してるもどれも一瞬で否定できることが証明できる一件だ。ふとしたことで決壊して否定できる恋愛はやはり無意味。すぐに剥き出しになった己の欲望に負けて失敗する。不倫も二股をこの世から無くならないのは結局恋でも愛でもなく欲望がそこにあるだけ。何かあっても、何もなくても言い訳するのが精々で、それはあまりにも見苦しい。
放課後、ひとりで用を足していると声が聞こえた。
「ふははは。今回も上手くやったな」
「……悪魔か」
悪魔との会話は現世に聞かれることはない。つまり、俺が独り言をぶつぶつと話しているイタイ奴になることはないということだ。心の中の声がそのまま悪魔との会話になる。
「貴様も随分とこなれてきたじゃないか。悪役がお似合いだぞ」
「そうかよ」
「この調子で頑張りたまえ」
「なあ、ちなみにさ、あといくつ恋愛を壊せば俺は解放されるんだ?」
「おお? そうだな。確かに漠然と永遠に続けていては、それではモチベーションが維持できないかもな。悪魔としてはそんなことどうでもいいが、人間にとっては大事かもしれないことを、理解できない俺様ではない。ふはは、いいぞ。おしえてやろう」
「そうか。それは助かる」
「一万だ。一万恋愛を殲滅したら、それで貴様の願いは叶う。永遠の青春を与えよう」
「一万? そんなに?」
「なに。一万というのは数値だ。数じゃない。その殲滅した恋愛のレベルによってその恋愛が数値化され、そしてこの一万の目安から減っていくというシステムだ。一万レベルのどでかいやつをひとつ成し遂げれば、それで終了だぞ。ふははは。ちなみに今は八千飛んで一だ。だいぶ減ったな。ふははは」
良くも悪くも悪魔の契約ってことか。簡単に済むはずが、終わらせることができるはずはない。相手は悪魔だ。末永く付き合っていくとしよう。逆に言えば契約が続いている限り俺の命は無事だ。病死も事故死もない。そこは安心していい。病気も事故も俺の身に降りかかることはない。もちろん、契約が破棄されれば即死。俺は悪魔の言うことに一切文句も苦言も反論もせずに、全てイエスマンでなければいけない。
「また明日も貴様の前に恋愛大好き人間が現れるといいな! ふははは。ではさらばだ」
こうして俺のいつもと変わらない最高にして最低な一日が終わるはずだった。しかし、現れるのが悪魔だけで許してくれるほど世の中は優しくなかった。どんな時代も、世界でも悪がいれば正義が対峙するのが決まり。悪役が現れれば、正義のヒーローが駆けつけるのが定石。
それはお祭りの屋台で買ったヒーローのお面を被った少女がはしゃぎまわるレベルの女で、正義のヒーローには到底手が届かないであろう少女であるからにして、だからつまりそれは、希望だった。
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