解答編

 結菜さんと二人で腕を組み、歩道をゆっくりと歩く。

 コツコツと、足音がひびく。

「顔のアップ。ですね?」

「うん。A4の原稿用紙。ケント紙に描いたそうだよ。一般的な同人誌用の、原稿サイズだそうだ」

「ふだんは断る似顔絵の仕事を、どこからか仕事場の場所を探しあてたお姉さんがやってきて、『事情が事情だから』その場ですぐに、イラストを描きあげた。そして、編集の方も、それをゆるした」

「うん」

 浜風が、ゆったりと僕らをなでる。

 貿易関係の古いビルが立ちならぶこのあたりは、歴史的な景観地区に指定されている。

「でしたら、」

 結菜さんは言う。


「遺影、ですね」


 正解だった。

「なんらかの事情で、ご友人が亡くなられて、お姉さんは遺品から、マンガ家さんの住所を知ったんだわ。それで、ご友人がとても好きだったマンガ家さんに、イラストを依頼したんですね」

 なるべく情報をしぼったつもりだが、細部まで、すべて正確に推理された。

 さすが、我が探偵社のエース。

 たった二人の会社だけれど。

「正解するとは思ったけど、思ったよりも早かったね。店につくまでは、情報を小出しにして、この話題でもたせられると見積もっていたのに」

「アクセサリーをはずした私の服を見て、その話題を選んだのですよね。喪服に、見えたのでしょう?」

「まいったな……」

 どこまで読まれていたのだろう、結菜さんには、隠し事一つできない。

「ご友人の死因は、お聞きしましたか?」

「聞きだしてはないけど、話してくれたよ。心臓発作。突然死だね。場所は自宅で、事件性はなし」

「遺影がイラストでもゆるされる。でしたら家族葬のような、小さなお葬式でしょうか?」

「そこまではわからないけど、故人は同人誌界隈で交友も広かったようだから、イラストでも問題なかったのかもね。マンガ家さんは、香典代わりとして、稿料を受けとらなかったそうだよ」

「そうなんですね……」

 結菜さんが、感心の吐息をもらす。

「弔問に訪れるとなると、時間も大きく取られますものね」

 それなら苦手でもイラストを描いて、それを渡したほうが、多忙の中故人のためにもご家族のためにもなるし、時間の融通もきく。

「どう考えたかは、当人にしかわからないけどね」

 マンガ家の、少年のような目の輝きを思いだす。

 きっと、ない時間を捻出して、力のかぎりのイラストを描きあげたのだろう。

 また店をおとずれて欲しいと思っている自分に、すこし驚きをおぼえる。



 倉庫街を少し進み、バイパス高架下の広い国道に面した元上屋倉庫の二階。

 住宅地と町工場地区との境い目に、『+1プラスワン』はある。

 せまい階段をのぼると、まっ赤に塗られた鉄製のドア。

 ステンレス製の『+1』の切り文字が溶接してある。

 探偵仲間との情報交換や、変わった依頼者たちの、本音を語る場所としても利用している。

 いつもは看板も出しているが、繁華街から距離があるせいで、経営は常にアップアップである。

「もう一つ、お聞きしたいのですが?」

「なんだい?」

「これは、なんの根拠もない憶測なんですけれど」

「どうぞ。言ってみて」

「もしかして、私へのサプライズをご用意されていますか?」

 笑ってしまった。

 看板が出ていないことから、察したにちがいない。

「そこまで読まれているとは、思わなかった。中で常連のウワバミたちが、待ちかまえているよ」

「まあ。でしたら私、知らないふりをしていないといけませんね」

「いいさ。結菜さんの誕生日の話をしたら、勝手に押しかけてきたような連中だよ? 妻の誕生日を、夫の僕がどうして独占できないのか、彼らに聞いてみたいね」

 結菜さんも、店のシフトに入ることがある。

 接客上手の彼女はたちまち人気となり、来店の際のみならず、彼女の出勤日まであらかじめ尋ねる者があとを絶たない。

「あんまり全員来たがるから、グループを分けて、今夜は二部制にしたんだよ」

「今夜は私、帰れないかも。明日も仕事があるんですよ?」

 僕は肩をすくめる。

「横領の証拠は、もう押さえてあるんだろう?」

「ええ、新設のサウナルーム増設料。工事を請け負った元請が、店長の弟さんでした。他にもちらほらありましたけれど、弟さんがらみの案件ばかりですね。そちらの背景を調査れた方がよろしいかと」

「明日、依頼人に提案しよう。クラウドにアップしてくれた報告書はもう、先方にも送っておいたよ」

「了解いたしました」

 結菜さんがにっこり笑う。

 僕はその肩を抱く。

「誕生パーティーに仕事の話も無粋だね。店に入ったら、無粋な連中との会話を、大いに楽しもう。名物のタンシチューも、たっぷり用意してある」

「——そうですね。びっくりした顔も、用意しないとです」

 結菜さんが、やわらかくてあたたかい体を僕にくっつける。


 中で待ちかまえている連中の、歓声とクラッカーに身がまえながら、僕らは重い扉をあけた。




『解答編』は、以上です。

もう一本ぐらい探偵のクイズを考えているので、ブックマークや感想など、お待ちしております。

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推理クイズ♦︎似顔絵 ハシバミの花 @kaaki_iro

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