第11話 別れの言葉

 その頃谷の上の二本杉に居た三人の狩人とウシロクを捕まえた四人の狩人が駆けつけた討伐隊によって掴まって縄を打たれていた。

更にその先の草原で獣を狩っていた樵らが、クニクルカらに掴まって引っ立てられて来たのである。

 開放されたウシロクはサポとチュプハポが上に逃げたので探しに山道を登って行くと、サポが血を流して倒れていた。

「如何したのサポ」

「文蔵にやられた。チュポが」

「チュポもやられたのか」

 フラは谷の方を指さして一緒に落ちたことを辛うじて告げた。

 丁度クニクルカが若いしを連れて来たので、姉の搬送を頼んで、二人の若者と共に谷に下りて行った。

所々の木に血が付いていたり、笹や新しく折れた枝が落ちている間を抜けて沢に降りると半身を沢の水に浸かった文蔵の屍があった。

「チュポ、チュポ、何処だチュポ」

 ウシロクは狂ったように叫んで探すと、その先の岩陰に凭れるようにしていた。

「チュポはサポ(姉)を護って呉れたんだね、有難う」

 同行した若者二人は熊が居ることにすら驚いたのに、その熊に親し気に話しかけているウシロクの行動が信じられなかった。

「済まんがお前たち村長に言って持ち籠(もちこ)を作って貰ってくれ。チュポが載れるぐらいのものだ」

 二人の若者は理解不能とばかり首を捻りながら谷を上がって行った。

「チュプハポもう少し辛抱してお呉れ」

 ウシロクはじっとしては居られないようで立ち上がって上の方を見ていると、

「もういいわ」

 と女の声が聞こえた。

見るとチュプハポが両手を翳して呼んでいるような仕草を見せる。

「チュプハポ今何か言ったか」

 恐らく空耳だがウシロクは有得ないことを態と訊いてみたのである。

 するとチュプハポは大きく鼻で呼吸すると、

「言ったわ」と答えるのだった。

「チュプハポは話も出来るのか」

 ウシロクは嬉しさの余りチュプハポに頬擦りをすると、

「今だけ」と言うのである。

「何を言ってるんだ。何時もこうして話せるなら楽しいよ」

「うぅん、今だけよ。これでお仕舞いヨ」

 と言うチュプハポの顔が崩れてみるみる女醜奴の皺くちゃな顔に変わったのである。

「ウシロクやフラのような可愛い子を産みたかったけれど出来なかったの。ゴメンね」

「何を言ってるんだ。イナウが出来たじゃないか。それで十分だよ。でもチュプハポは山の神様ではないのか」

 するとまた元のチュプハポの顔に戻ると、

「単なる山の神の遣いヨ。だから神様がウシロクに合わせて呉れたの。この山の中にイナウの子が駆けまわる時が来るわ。あなたも見守ってあげてね」

 チュプハポはそう言って静かに目を閉じた。

「チュプハポ死んじゃだめだ。チュプハポ、チュプハポ」

 ウシロクはチュプハポに抱き着いて大声で泣いた。

丁度その時、若者たちが持ち籠(もちこ)を携えてやって来たのである。

「間に合わなかったか」

 とミチが声を掛けた。

ウシロクは若いしらの前でも恥じることなく大声で泣き続けた。

この光景を若いアイヌは不可解に思ったに違いないが、熊の死を嘆き悲しむ戦士と、そのミチたる村長が熊の屍を持ち籠(もちこ)に載せて運ぶよう命令することにも理解出来なかった。

 ウシロクはチセが焼かれてしまった為穴蔵が露出していたのでその前を片付けてチュプハポをそこに埋葬して愛の巣であった穴蔵は埋めずに残したのである。

其処が思い出の地であると当時に、イナウが子供を連れて故郷を訪れることだって有り得ると考えたからであった。

 仁吉ら猟場荒し十一人は清原家から横手城下の奉行所に送られ、管理者の忠告を無視して狩を行った罪で罪人として腕に入れ墨を入れられて金山の採掘人夫として山送りとなったのである。

 フラは文蔵の子を身籠って居たようだが、槍の石突でお腹を突かれた為流産してしまったのだった。

気の毒ではあったが、何れ罪人の子として疎まれるよりは良かったのかも知れない。

フラは二度と夫を持たなかった。

 最愛の妻?チュプハポを亡くしたウシロクはこれまた妻を娶ることは無かった。

結局クニクルカの後を継いで村長(酋長)となって、仲の良い姉弟は同じ屋根の下で暮らしてフラが何かと面倒を見て村長の補佐までしていたのである。

 この村も林業が盛んになったのは、ウシロクの幼馴染のサンニョアイノ(思慮深い人)が頭となって、山林の再生を考えた伐採に心がけた所為でもあった。

 今一人の幼馴染のトメマツ(花女)はすっかり和人に同化して、女将として旅籠をはやらせていたのである。

 この三人が珍しく集まったのである。

トメの経営する茶屋の奥座敷で酒を飲みながら昔話に花を咲かせていた。

 とめが

「がっこ(漬物)くぅ?(食べる?)」

「こぅ(食おう)」

 だが話題はどうしても牛六の嘗ての嫁に辿り着いてしまうのだった。

「熊っこと仲良くなれるてのが信じられねえのよ」

 サンニョはとめに相槌を求めるように、

「なぁ」と振る。

「ぞさねよ(簡単だ)此処だ」

 心が通えばいいと言うのだが、そうはいかない。況して相手は猛獣である。

「だば(だったら)さわらねこと」

 牛六はとめに酌して貰うと一気に飲んだ。




「ところでよ。街のもんが山さ入ったら変わった模様の熊っこを見たって言うでねが」

「どんな模様だった?」

「なした(どうした)」

 とサンニョが透かさず聞く。

「なんも、気にさねでけれ。(何でもない、気にするな)」

 変わった模様と言えば月の模様が真ん中で分かれていたチュプハポの様なものなのか興味があった。

どこいらへんで見かけたのかはともかくとして、もし半分に割れている模様であったら、チュプハポと旅立ち(巣立ち)を見送った

イナウかも知れなかったのだ。

もしそうだとしたら同じような模様を付けた子熊を連れて生まれ育ったあの洞穴を訪れたのかも知れなかった。

だとするとその前に眠る母熊チュプハポの墓の周りをぐるぐると回って母親を偲んだに違いなかった。


 これはウシロクの想像だが、或いは天上からチュプハポが『偶には里帰りをしなさい』と諭したのかも知れなかったのである。

                                 完

                                                   

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猛獣(神)と番う 夢乃みつる @noboru0805

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