第10話 楽園への侵略者
如何やら思い過ごしのようで違う所に行くようなので帰ろうとすると、二本杉と言う言葉を耳にしたのだ。
嫁の弟とか一緒に居るだとかで大笑いしているから間違いなくあそこに行くつもりなんだと確信した。
此処でこの連中を止めることは出来ないだろうから、チュプハポと牛六に知らせた方が早いと坂道を駆け上って行き、二本杉の横から楽園に入って行った。
山の神様の警告だろうか、空に雷鳴と稲妻が走った。
だがこの前のような雨は降らなかった。
飽くまでも警告のようである。
川を越えて谷を上がって行くと突然熊が行く手に現れた。
一瞬フラは身構えたが良く観るとチュプハポであった。
胸の月の輪で判った。
「あっチュプハポ、フラよ分かる」
後ろからウシロクが駆けて来た。
「サポどうしたの。余り来ない方が良いよ」
ウシロクは息を弾ませて言う。
「分かってるわよ。でも悪い奴らが此処に間もなくやって来るのよ」
「もしかして文蔵か」
「そう、どうして分かったの」
「何となく」
分った訳ではない。
裏表のある男だけにやりかねないと思ったのである。
「逃げなきゃ駄目よ。大勢で来るわよ」
だがウシロクもチュプハポも慌てる様子はなかった。
こういう時の為の備えが出来ているというのである。
立って居る辺りには間隔を置いて石が置いてあった。
賊が侵入して来たらこれを落とすのだという。
ウシロクは更に弓矢を姉に渡す。万が一の備えに弓矢と槍を持って来ていたのである。
また稲妻が光って、雷鳴が轟き亘った。
次第に間隔が狭くなって来てはいた。
フラは前回の状況を思い出していたが。雷鳴が轟き亘るばかりで、雨は一向に降らなかったのである。
不思議であった。
チュプハポの視線は先程から一点を見ていて、其処から外そうとはしなかった。
するとその辺りに次々と狩人の一団が現れたのである。
その内の一人が弓に矢を番えてチュプハポを狙って放ったが少しばかりハズレて横の木に当たって落ちた。
その他の者も一斉に放ったが放物線を描いて谷や後方に落ちた。
だがそのうちの一本がウシロクの上腕を掠めたのである。
「大丈夫か」
フラは木綿衣の裾を切り取って傷口辺りをきつく巻いて血を止めた。
狩人の一団はその様子をニヤニヤしながら見ていたが、文蔵の号令で谷を下り始めた。、それ程深くはないので、獲物を逃がさぬうちに仕留めようと沢を渡って上がって来る。
フラはウシロクの弓を取ると、近くに落ちている狩人の矢を拾って番え、這い上って来る男を狙って放つと見事刺さって真っ逆さまに落ちて行く。
もう一人の男にもどこかに当たったらしく転げ落ちて行った。
残りの四人が間隔を広げて上がって来るところをウシロクが石を抱えて二三個落とすと、四人は武器を放り投げて逃げ出したのである。文蔵らしい男が真っ先に逃げて行くのが見える。
谷底に落ちた二人を救出すると、反対側を駆け上がって逃げて行った。
一先ず撃退したがこのままで済む訳がなかった。
必ず又来るに違いないと踏んだのである。
今日明日には来ないだろうからとフラは一旦家に戻ってミチに知らせに行って来ると言うのだ。
「サポ危ないからよしな」
ウシロクがそう言うと、
「文蔵はもう家には帰って来ないわ。でもミチに真実を話して置かなければいけないわ」
フラは途中で弓矢を拾って持って帰った。家に帰ると、ミチも丁度城下から帰って来たばかりのようだったが娘から話を聞くと、
「怪しからん奴だ。分ったウシロクの傍に行ってやりたいがそうもいかないようだから、フラよ又行って助けてやれ。我らは奴らの後ろからお前たちの援護をするよ」
クニクルカは村長として猟場荒しの退治を口実に、討伐隊を結成したのである。
翌日二本杉の少し先に見張りを置いて様子を窺ったが現れず、その翌々日に集団で現れると、二本杉の横に入って何やら打ち合わせをしているようだった。
その人数は十二人で頭はどうやら文蔵のようであった。
一昨日のような失敗をしないよう作戦を練っていたのである。
文蔵は十二人を三隊に分けて二隊を見える位置に散らばるように配置して、ばらばらに攻めるように指示し、後の一隊を少し下流の離れた個所から攻め上がるよう指示したのであった。
文蔵はウシロクから見える位置に陣取って安心させ、仁吉が下流に回って忍び寄る体制をとったのである。
文蔵らはウシロクらを倒すか捕まえるかして後はこの地一帯の猛獣狩りを企てていたのである。
一先ず此処での相手は二人と熊一頭なので、戦力的には余裕であった。
一方のウシロクとフラだが、見える位置の八人の攻め手と脇から来るに違いない数名の賊を迎え撃つには無理があったが、頼りはミチが引き連れて来る討伐隊の到着が何時なのか気になる所であった。
先ず表面の四人が弓を放って来た。
それらは全て木に突き刺さった。
それは決して外れたものではなかった。
態々木を狙ったものだった。
「サポ気を付けて奴らの腕は確かだ」
「ウシロク何言ってるの。皆外れているじゃないか」
「そうじゃないよサポ。最初の狙い、標的は木だよ」
「態と外したと言うのか?」
「違う初めから木を狙ったのさ」
「あそこの四人が下りてこっちに来るよ」
フラが矢を番えようとしたので、
「サポ表面の連中にやられるから弓を下ろした方が良い」
表面の連中が狙っていたのである。
動かなければ撃っては来ない。
「チュプハポ先に戻ってな」
ウシロクはチュプハポに合図を送ると素早く反対方向へと動いて自分の方へ注意を向けたのである。
正面の四人はそのまま残って此方の動きを監視していたが、後の四人は谷から攀じ登って来ているから直姿を現す筈であった。
では後の四人は何処に居るのだろうか…。
何れにせよ此方に向っている筈だが、フラとウシロクには分らなかった。
既に近くに潜んで居るかも知れないが、全く動きを見せなかったのだ。
二人は用心しながらチセに戻ると武器を揃えて襲撃に備えた。
後を追ってこの家の周りに来ているかも知れないので用心していた。
迂闊に戸口に立とうものなら、悪党らの標的にされるに違いないと思い、家から抜け出して逆に背後から攻撃することにしたのである。
ウシロクは山刀と槍を持ち、サポ(姉)には弓矢を持たせて、チュプハポを先頭にチセと洞窟の間の道を通って西側の樹林に出た。この出入り口は外側から見て分かりづらかったので侵略者たちには悟られず、まんまと脱出出来たのである。
横から見ていると悪党二人が現れた。
その内の一人は勿論文蔵であった。
いつの間にか谷を渡って来て居た。
今一人は仁吉であった。
文蔵が容赦なくチセに火矢を打ち込んだ。
「何と言うことを」
怒ったサポが飛び出そうとしたのでウシロクは押し止めた。
「待ちなサポ良く観なよ」
言われた方を見ると侵略者はその周りに五六人居る。
其々思い思いの獲物を持って居たので迂闊には出て行けなかった。
例え文蔵の女房であろうと、金儲けに目のくらんだ連中のこと、誰であろうと構わず殺傷するに違いなかったのだ。
連中は二の矢三の矢と火矢を打ち込む。
其々に火の手が上がった。
文蔵はチセの入り口に照準を合わせる様に弓を構えて中から獲物が飛び出して来るのを待って居るようだった。
チュプハポが突然上に向かって歩き出した。少し行っては振り返り付いて来るように言ってるようだったのでサポをその後に付いて行かせ、ウシロクが用心しながら向きを変えた時、槍の柄が笹の葉を払ってしまった為、ガサガサと大きな音を立ててしまったのである。
「いたぞ、あそこだ」
如何やら見つかってしまったようだ。
ウシロクは逃げないで態と捕まった。
それは二人が少しでも遠くに逃げられるようにする為であった。
だが山道に慣れている樵等は素早く追いかけて行く。
一人は文蔵であった。
途中で追いつかれたのはフラであった。
フラは矢は一本しか所持しておらず、文蔵を狙ったがハズレて当たらなかった。
狙いを外した文蔵は女房のフラを槍の石突で突いたのである。
「ギャ~」
フラは腹を抱えてその場に倒れ込んだ。
その悲鳴を聞いたチュプハポは後ろから来るフラに異変を感じたのか、今来た道を走って戻り始めた。
下りて来るチュプハポを見たフラは、
「来ちゃ駄目~逃げて」
と渾身の力を振り絞るように叫ぶ。
「うるせいどけっ」
と道を塞ぐように倒れてる女房を踏みつけて槍の穂先をチュプハポに向けたその時、フラは文蔵の足首を掴んで引いたので前のめりに倒れ込む。
「やりやがったなこのアマ」
文蔵は立ち上がると目前の熊の存在を忘れたかのようにフラ(恵み)に石突で突こうとした瞬間、チュプハポが文蔵に飛びかかり、その勢いでそのまま谷底に転げ落ちて行ったのである。
二人とも途中何度も樹木にぶつかりながら落下した為、沢に落ちた時には文蔵は息絶えていた。
その首や喉には鈎爪によって切り裂かれた跡があったので、死因はどうやらそれによるものと思われる。
チュプハポは文蔵から離れて沢の縁に横たわった。
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