第8話

アルトにはレーンの言っていることは分からなかった。

ただ、見ているものが違うということだけは理解出来た。


レーンは強い。

それは紛れもない事実で、レーンに敗れた盗賊団、もといアルトが最もよく分かっている。

だからこそ、アルトはレーンに形容し難いおぞましさを覚えた。


(未来を選ぶ?その為の命を選択?……神じゃないんだぞ、人間は)


誰かの命を奪い、物資を略奪する事への免罪符になるはずもないが、盗賊団の生活には余裕が無い。

誰も殺さずとも、生きていけるのならアルトは直ぐにそうするし、盗賊団のほとんどもそれを選択するだろう。


しかし、レーンはどうか。

数をものともしない強さを持ち、従者までいるレーンの生活に、余裕が無いということはあるのだろうか。

誰を犠牲にせずとも生きていける余裕があり、同時に誰かを守れる力もある。

だと言うのにレーンは、誰かの命を守るのではなく、誰かを犠牲にした先の未来を選ぼうとしている。


言ってしまえばアルトは、自身に出来ないことが出来るにも関わらず、それをしないレーンの思想に嫌悪を抱いたのだ。

ある意味でそれは、アルトの身勝手な嫉妬だとも言えるかもしれない。


どこにもぶつける事の出来ない感情を抱き、何となく居心地の悪さを感じてその場を離れようとした時ちょうど、ドルドが皆の前に現れた。

そしてドルドは、会議の結果を皆に話し始める。

アルトも、その場に足を止めて聞いた。


「あー。お前達も知っての通り、俺達は昨日、たったの2人に敗北した。というよりも、俺が降参を選んだ。それに関しては、間違った判断はしていないと思っている」


ドルドの話に皆、黙って耳を傾けている。

そう思っていたが数人、ドルドが話している最中にも関わらず、背を向けて森の中に向かっていく者がいた。


(なんだ……?)

「さて、本題に入ると、向こうは俺達にいくつかの取引を持ち掛けてきた。取引を受け入れなくてもいいとは言っているが、それがどこまで信用出来るかは分からない」


アルトはレーンの方をちらりと見た。

いつの間にかレーダと共にドルドの近くにいたレーンは、ドルドの話をまるで自分は無関係な人間であるかのような、素知らぬ顔で聞いている。

次にアルトは、レーダを見た。

レーダもまた、ドルドの話を聞いている。

森の中に消えていった数人については、ドルドもレーダも気付いている様子は無い。


妙な胸騒ぎを覚えたアルトだが、それを追うこと等はせず、ドルドの話に集中する。


「だが、提示された条件そのものは魅力的だった。第一、条件が信頼出来ないからと受け入れなかったとして、そんな信頼出来ない相手の「取引を受け入れないでもらってもいい」なんて言葉を信じるのは馬鹿げてる」


それもそうだ。とアルトは思う。

同じ相手から放たれた2つの言葉のうち、片方は信頼出来るが、もう片方は信頼出来ないなんて、自分に都合のいい解釈を求めている時くらいだ。


「俺達は昨日一晩話して、交渉を受け入れることにした。そして、その交渉というのが――」

「そこは私が直接話そうか」


レーンがドルドの横に出る。


「さて、君たちも分かってはいると思うが、君たちに交渉を持ち掛けたのは私だ。……なに、そんなに難しい事を頼むつもりは無い。ただ、私に雇われて欲しい」


レーンは続けて話す。


「私の名前はレーン・レネルジーク。レネルジークという姓から察した者もいるだろうがまあ、貴族というやつだ」


アルトは多少驚きはしたが、納得感が驚きを上回る。

どこか不思議な雰囲気も、謎の力を持つ道具も、異常に強い従者も、全て貴族だから、と考えればそう不思議な話でも無い。

貴族とは特権階級なのだから。

と、アルトは思う。

実際のところ、アルトは貴族というものをほとんど知らない。

そんなものとは全く無縁の人生を送っていたのだから、それも仕方ないが。


「さて最近、我が家の領地では、戦力が大きく不足している。領民を守るための戦力が、だ。それで一時しのぎとなる傭兵を探していたのだが、名のある所は既に誰かに雇われていてね……。そしたらちょうど、君たちの噂を聞いたんだ」


ドルドが言う。


「まあ言っちまえばだ。俺達に求められてんのは、機動力のある用心棒だ。そしてその見返りとして、放棄された砦を1つ、寄越すらしい」


―◇―◇―◇―◇―◇―


その後もドルドとレーンの話は続いたが、じきに終わった。

話が終わった後の団員たちの反応は様々で、性別や年齢層ごとで分かりやすく差が見られた。


女達は、若い層はレーンの容姿もあってか比較的好意的に受け取り、逆にそれ以外はレーンへの不信感を抱いている。

男の間でも、若い層は「誰かに雇われるなんて」と否定的な者が多い。

アルトが見るに若い男達は、彼らなりに盗賊という稼業に誇りを抱いていたようだ。

そしてアルトにとっては意外なことに、男の中でもドルドを中心としたある程度年齢が高い層の間では、若い女達ほどでは無いが好意的な印象を抱かれている。


そしてアルト自身はというと――。


(本当に大丈夫なのか……?レーンに従って)


不安を抱いていた。

レーンとアルトはまだ出会って2日と経っていない、短い付き合いだ。

それでも盗賊団内で限れば、レーンと最も交流を持っているのはアルトであると言えるだろう。

レーンはおそらく、悪い人間では無い。ただ同時に、善い人間でもないだろう。

少なくともアルトの価値観に当て嵌めるとそうなる。


(――いや、悪い人間がどうとか、僕が言えるような立場じゃないか)


今より悪い方向に転ぶ事は、そうそう無いだろう。

そうやって無理に、アルトは自分を納得させる。


(でもあの人は、未来の為なら犠牲も許容すると、そんな事を言っていた。――それで仲間が犠牲にされた時、盗賊団は彼に従い続けられるのか?そして誰かを殺す様に言われた時、僕はそれに従えるのか……?)


従える従えないではなく、従わなくてはならない。というのは理解している。

ただ理屈と感情は全く別のもので。

そうやって悩んでいると突然、仲間の1人に声を掛けられた。


「アルト、ちょっと耳貸せ」

「え?どうしたのハルニラ」

「いいから」


ハルニラは若く歳は、アルトよりも少し高くレーダよりも下だ。

アルトと同じく盗賊団の下っ端で、比較的血の気が多い。

そのためアルトとハルニラは歳が近いにも関わらず、アルトはハルニラとは距離をとっていた。

そんな彼が話しかけてくるなんて、とアルトは少し驚くが、素直にハルニラに従った。

ハルニラはアルトの近くで、周りに聞かれないように囁く。


「アルトお前、あいつの事をどう思う」

「あいつって?」

「分かるだろう。あのイケすかねぇお貴族様だ」


ハルニラがそう言うとなると、それはレーンのことだろう。

アルトは知らないが、ハルニラはレーダがレーンと戦うよりも前に、早々にレーンに敗れた3人の1人だ。


「どうって言われても、まだよく分からないとしか……」


自身の感情すら上手く言語化出来ているとは言い難いのに、そんな状態で他人に下す評価が正常だとはとても言えないと、アルトは考える。

そんなアルトを見てハルニラは小さく舌打ちをした。


「そうだったな。お前はそういう奴だったよ」


ハルニラは苛立ち気味にそう言うと、アルトの元を離れて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そうして彼は勇者になる 綾成望 @ayanarinozomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ