4.歓迎される者

 黒曜の森を出て二日後、サエリとラートイィスは半ば満身創痍でエルベティーダへと帰り着いた。

 王城へ向かう前にと件の酒場へと足を運んだが、アランは休みを取っているという。タイミングが合わなかったことを少し残念に思いつつもヘレネッタ・アンリエッタからの手紙をラートイィスに託し、サエリは単身、王城へ向かった。罪人として既に顔を覚えられているのか、すぐに謁見の間に通される。

 玉座にはすでに人の姿。怒られるんだろうな、などと思いながら俯いていた顔を上げたサエリは、そのまま目を見開いた。

 そこに白いひげをたくわえた国王、ジオラの姿はなく。


「やあ」


 にっこりと笑うアランが、ひらひらと手を振っていた。サエリは言葉に詰まり、思考を巡らせ、必死で状況を理解しようとする。そんなサエリの背後から、


「よぉ、ジオラ。帰ったぜ」


 ラートイィスが現れて気さくにそんなことを言うものだから、余計にわけが分からなくなる。ジオラ、と呼ばれたアランは笑みを携えたまま玉座で行儀悪く脚を組んだ。


「アランは偽名だよ。僕の本名はジオラ・フェレンナ・エルベティーダ。れっきとしたこの国の王だ。たまにアランの名前で、酒場で働いて国民の様子を見てるんだよ。ま、ほとんどの人は僕が王だって知ってるけど。……あ、君が会った王は影武者の大臣ね」


 なんて笑いながら言うアラン、もといジオラを殴りたくなった。そんな中でサエリがふと視線をずらすと、先日、無期懲役の投獄を言い渡した王――――ジオラが言うには影武者にされている大臣だろう――――が申し訳なさそうにこちらを見ていて、なんとも言えない気持ちになってしまう。


「それで? 彼女には会えたかい?」


 ジオラの問いかけにはっとし、手紙を取り出そうとして、ラートイィスに託していたことを思い出す。ラートイィスを見ればすでにジオラへと手紙を投げて寄越していた。ちゃらんぽらんな上に、年若いとはいえ仮にも一国の王に対する態度が悪すぎる。


 そんなラートイィスの態度を気にすることなく手紙を読んだジオラは、組んでいた脚を下ろし膝に肘を置いて前傾姿勢をとった。


「騙したのは悪かったけど、禁猟区の森を犯したのだから君は罰せられて然るべきだ。だから――――」


 真剣な色で、ジオラの茶色い瞳がサエリを見る。


「だから、君を王国付きの魔法使いに任命しよう。ヘレネッタ・アンリエッタからの手紙によれば、君はこの前、ザフィドアーリア魔法学校を卒業したそうじゃないか。彼女の千里眼で視る限り力量も問題ないらしいし、ラートイィスと共に、僕とこの国のために力を使ってくれ。……いいね?」


 情報量が多すぎる、とサエリは思った。

 ラートイィスは本当に王国付きの魔法使いだったのか、だとか。

 あの手紙には一体なにが、どこまで書いてあるんだろう、だとか。

 そしてそんな事よりも。


「あの……陛下。非常に言いにくいのですが」

「ん?」

「サエリ、という名に聞き覚えはないでしょうか?」

「え? ……ああ、そういえば新しく来る王国付きの魔法使いがそんな名前だったね。その子がどうかしたかい?」


 きょとんとした茶色で見つめられて、サエリは大きく息を吐き出しながら項垂れた。


「…………それ、私です」

「はぁあああああ!?」


 ジオラと、彼の傍らでにやにや笑っていたラートイィスの声が合わさって木霊する。そうしてラートイィスはジオラの肩を思い切り掴んで揺さぶった。


「いや、ジオラ、お前! 新しく来る奴の顔くらい把握しとけよ!」

「僕のところには名前とか魔法学校での成績とか、そんな文字ばっかりの書類しか来ないんだから仕方ないだろ!? ラートイィス、お前だって彼女の名前とか知ってたか!?」


 がくがくと揺さぶられながらジオラも負けじと言い返せば、知るかよそんなん、と吐き捨ててラートイィスが玉座の背にジオラを投げた。ラートイィスの負けだ。

 置いてけぼりを食らって、そんな様子を眺めていたサエリにジオラが決まり悪そうに視線を寄越す。そうして玉座に座り直すと、咳払いを一つ。


「なら、ええと、サエリ。改めて言おう。……これから、僕やこの国のために君の力を貸してくれ。僕たちには君が必要だ。そうだろう? ラートイィス」

「ああ、そうだな。まァまずは俺の弟子からスタートだけどよ」


 そんな声が薄く消えていくさなか、ヘレネッタ・アンリエッタに言われた言葉を思い出す。


 アンタの未来はきっと良くなる。


 ああ、とサエリは吐息を漏らした。

 誰かを信じて、信じた誰かに必要とされる。それはきっと私が望んでいたことで。

 でも、それがこんなに嬉しいことだなんて知らなかった。

 誰も信じようとしなかったから、知らなかったんだ。

 城のどこかで大きく鐘の音が鳴り響く。

 目の奥が熱くなる。

 それでもしっかりとジオラやラートイィスを見て頷くと、ラートイィスが大仰に両手を広げて、言った。


「――――ようこそ、この国がお前を歓迎している」

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王国付きの魔法使いは立ち止まらない 上倉 夜子 @yoruko_kamikura

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