約束された英雄譚

「はい、こちらです。受付をお待ちくださいー」


 ここは死後の人間のタマシイを導く場所。白い空間にぼんやりと人型の光が列を作っている。


 列の先にはいくつもの受付があり、タマシイたちはそこで係といくつか話すとふっとどこかへと消えてしまう。「ライセ」や「アノヨ」は彼らの信じるようにあるが、それを知るのは「カミ」や「ホトケ」しかいない。ともかく、この日も死者たちはずらっと列をなしていた。




「はい、次の方どうぞー」


 丙四十九号が次を呼んだ。すうっと受付に来たのは若い男。まだ二十と少しだろうか。言いにくそうにしていたが、思い切ったように口を開く。


「あ、あの、おれは異世界転生がしたいんです!」

「なるほど、異世界への転生をご希望ですね。具体的な世界観はおありでしょうか?」

「その……おれは物語の世界に行きたいんです」

「なるほど。残念ながら、物語……創作物の世界は基本的に実在しません」


 黒髪黒目、黒スーツに黒ネクタイの丙四十九号は穏やかながら、はっきりと否定した。


「そ、そうなんですか」

「作者の頭の中で作られたものですので……」

「まあ……そうですよね」


 男はがっかりを隠さなかった。


「ですから特に宗教化したりしなければありえないのです」

「宗教化ですか?」

「簡単に言えば、多くの人の共通認識としてあればそのような『アノヨ』は存在できるのですが」


 例えば有名な宇宙戦争を舞台とした不思議な力のある世界、魔法使いの学校がある世界などはもうほとんど宗教化しているといえる。

 このように人に望まれた物語は「アノヨ」として存在することがあるが、別次元の世界である「異世界」とは厳密に言えば異なるのである。もっともそれを気にするのは死者ではなく転出係であるのだが。


「一応聞きますが、どのような物語をご希望ですか」

「ええと『ドラゴンバスターストーリー』っていう……あんまり有名じゃないですが」


 男のようなファンはいるが、熱狂的な社会現象を起こした作品でもない。これは宗教化してなさそうだと男は肩を落とした。


「『ドラゴンバスターストーリー』……」


 丙四十九号はぱちくりと目を瞬かせた。そして席を立つ。


「少々お待ちください」




「丙十三号。少しいいですか」

「よくない、目数がわからなくなる」


 丙四十九号は裏にいた丙十三号を呼ぶ。丙十三号はコーヒーを飲みながら編み物をしていたが、ヘッドホンを外して吐き捨てた。


「おう、なんだ。笑うな、気味がわるい」


 丙十三号はリングを糸にひっかけると、手を止めて答える。


「百八年前、こっちに転生した異世界人がいましたね?」


 丙四十九号は下界の創作物に目を通すのが趣味だ。六十年ほど前に出版された物語を読んだとき、おやと思ったものだった。内容は復活した魔竜を勇者が倒すというストーリーである。その世界は作者の頭の中で作られたものではなく……。


「……いたな。記憶の他は言語系スキルだけでいいという面倒のないじじいだった」

「その情報、探すの手伝ってください」

「おう? もはやゴミ箱の中だろ、それ」

「名前の記録はあるはず。転生者なら保存期限は千年ですので」

「ちっ……よく覚えてやがる。くそ。……今度コーヒーな」


 丙四十九号と丙十三号は手元の情報を動かし、手分けして検索していく。ここ数百年で人口ははるかに増加したため、検索機能が追いつかないことも多い。手分けして探していると、実感時間で一刻ほどの後、丙十三号が声を上げた。


「あー、いた。こいつだ、こいつ」


 数刻の後、丙十三号が見せた情報に、丙四十九号はにこっと笑った。


「これはいい。……彼ならきっとうまくやるでしょうね」




「お待たせしました」


 そういっても丙十三号とのやりとりは現世の一秒にも満たない。タマシイとの会話も時間が圧縮されている。


「『ドラゴンバスターストーリー』、作者はミエケ・ルスタンですね」

「いえ……コーウィル・トマソンです。これはペンネームではなく、本名だそうですが……」


 丙四十九号は嬉しそうに訂正した。


「ああ、失礼。『転生前』のお名前がです。彼は異世界からの転生者でした。おそらく前世の記憶を元にその物語を書いたんでしょう。この場合、物語中にとはいきませんが、元になった『異世界』に行くことはできます」

「そ、そうなんですか!?」


 男は思いがけない幸運に、飛び上がった。


「はい。ちょうどこの世界から異世界転生求人票があります。求人票では『人族』を望んでいますね」

「わあ、主人公の勇者エルマンと同じだ! ぜひ、お願いします!」

「わかりました。記憶は引き継ぎ可能だそうです。必要スキルも……特には。しかし転生は時代を選べません。それでもよろしいですか?」

「かまいません! あの世界に行けるのなら……」


 丙四十九号は情報を差し出して、手を置くように言う。


「それではタマシイの血判を――」




 東の小国、人族の赤ん坊としておれは生まれた。

 新しい名前はエルマン。あの勇者エルマンから取ったのかと思ったが、この世界では普通の名前らしい。


 家は裕福ではなかったが、村の人々との協力で十分暮らしていけた。これが勇者エルマンの守った世界かと、おれはわくわくしていた。




 しかし。


「勇者エルマン?」

「誰それ?」


 大人達も、少し大きくなってできた村の友達も、誰も勇者エルマンのことを知らなかった。


「え、知らないの……? 魔竜を倒した……」


 本当にここはあの『ドラゴンバスターストーリー』の世界なのか。この世界が平和になったのは勇者エルマンの活躍のおかげだったはずだ。その功績はラストシーンで大いに語られていたはずだった。


 これはどういうことだろう。


「大昔、賢者マザイが魔竜を封印したんだよ! そのくらい知ってるよ」

「エルマン! おまえ、勝手に自分が『勇者』だって言ってるだけだろー」


 確かに勇者エルマンの時代より二千年前のこと、魔竜を封じたのは賢者マザイだ。転生に時間を選べないとは言われたが、これは勇者エルマンが生まれる前のことなのだろうか。


 ……ということは。





 ある年、北極の山脈から魔竜が復活した報が全世界を巡った。


 まず北の大国の大部分が焼かれて魔竜の勢力下になる。魔竜はそこから眷属を放ち、人々を攻撃し、次々と支配していった。人々は魔竜たちに襲われる恐怖に怯えて暮らすようになった。


 おれは何もできない自分がはがゆかった。早く勇者エルマンが来てくれと願った。




 そのおれが十二の年だ。ひとりの旅人が来た。彼は詩人ルスタン。ミエケ・ルスタンと名乗った。……どこかで聞いたことがあるが思い出せない。


 ルスタンは楽器を鳴らして物語を語りはじめる。それは、勇者が魔竜を打ち倒す英雄譚だった。その歌はみんなの希望だった。いつか勇者が助けてくれるという夢だった。


 人々は夢を見た。辛い生活から、救ってくれるものがいるのだと。


 その夢はあっという間に打ち砕かれた。村を魔竜の眷属が襲ったのである。すぐに火に飲まれ、友達とも離れ離れになった。今生の親もどこにいるのかわからない。


 燃え盛る村を駆け回り、まだ生きている人を探す。崩れた建物の下から呻き声が聞こえた。


 いた。それは旅人の詩人、ルスタンだった。


「ルスタンさん!」


 おれは必死で落ちてくる屋根を持ち上げ助けようとする。しかし燃える屋根は手から滑りおちそうになる。おれひとりでは助けることができない。


「エルマン、僕を置いていくんだ」

「そんな!」

「いいか、魔竜を倒す方法が必ずあるはずだ。――おまえが倒せ」


 焼けた屋根が落ちてくる。それっきり、ルスタンの姿は見えなくなった。




 村を離れ、生き残ったおれは思う。


 勇者エルマンは詩人の歌に感銘を受けて魔竜倒しの旅に出た。それに対しておれはどうだ。


 おれは――勇者エルマンに憧れていた。しっかり者で、いつだって明るく味方を励ました。おれは元の世界でも何もできずに死んだし、今生だって大したスキルを持っていない。何もできない――。


 親も友達も詩人のルスタンだって助けられなかった。


 ミエケ・ルスタン。――そうだ。作者の前世の名前だ。


 そうか。彼は死んでおれがもといた世界に転生し、自分のいた世界の物語を書いたのか。

 ルスタンは勇者エルマンの活躍を見て書いたわけじゃない。魔竜の脅威がある世界、それが勇者に救われることを願った物語だったのだ。


「――おまえが倒せ」


 おれなんかでも、世界を救えるというのか。




 おれは魔竜を倒す旅に出た。


 ありがたいことに、『ドラゴンバスターストーリー』に出てくるような素晴らしい仲間にも恵まれた。


 おれは勇者エルマンだったらどうするだろうかと考える。きっと勇者エルマンだったらどんな時も諦めなかったはずだ。仲間を信じたはずだ。


 それを支えに旅を続けた。




「エルマン! 行きなさい!」


 仲間の援護を受け、魔竜に迫る。逆鱗を神意剣で刺し貫いた。

 血が溢れ、燃え始める。その炎の中で、魔竜は息絶えた。




「勇者エルマン!」

「勇者エルマン!」


 人々が喜んで勇者を迎える。世界を救った勇者を。


「いいのかな」

「いいと思うぜ。それだけのことをしたからな、おまえは」

「そうそう。あんたがいなかったら戦えなかったんだ」


 賞賛はありがたいが素直に受け取れない。だってこれはルスタンの書いた勇者エルマンのおかげで――。


 思い悩むおれに、魔導士がこそっと耳打ちした。


「もしかして……夢で見たって言う『勇者エルマン』のことか?」

「ん。ああ、そうだ。そのことだ」


 旅の最中、彼女にだけは打ち明けていた。夢の中で会ったと誤魔化したが、「勇者エルマン」という理想の人物がいることを。その人のおかげで自分はいつも冷静でいられるし、諦めたりはしないのだと。


「……その『勇者エルマン』はとても立派な人だと思う」


 魔導士はそっとおれに触れて微笑む。


「でも、私たちにとってはあんたこそが勇者エルマンだ」


 おれは、おれがこの世界に来た意味を、ようやく理解したのかも知れなかった。




「転生求人票」


種族     : 人族

形態     : 貴世界のヒトに準ずる

平均寿命   : 普通

世界名    : クラドス

誕生場所   : 東の国フェイム、リド村

人生内容   : 魔竜を倒す勇者

追加加護等  : 人運

記憶     : 引き継ぎ可能

年齢等    : 享年、死因は不問

試用期間   : 十二年

その他    : 勇者候補であることは伏せること

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異世界転生をご希望ですか? スキルはお持ちですか? 星見守灯也 @hoshimi_motoya

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