異世界転生をご希望ですか? スキルはお持ちですか?

星見守灯也

創世神話ができるまで

「はい、亡くなったかた、こっちです。信条表明が必要な方は事前にご用意をお願いしますね」


 現代日本の死亡者数が年に約百五十七万人。一日あたり約四千三百人。世界人口八十億のこの時代、それだけの死者をカミやホトケがいちいちさばいてはいられない。――ここは、人間が「タマシイ」と呼ぶものを選別する場所だった。


「え! 死んだんですか、わたし。そんなあ……」

「わあ、痛くない! 身体が軽い!」

「なにこの、ここ、どこ!?」

「えーっと、この列についていっていいのかな?」


 死者のタマシイはそれぞれに呟きながら、窓口に列を作っている。なお、本人以外のタマシイはぼんやりとした人型にしか見えていない。互いの声も聞こえていないようだ。来世を誓って心中したところで、これでは巡り会うことができないに違いない。


 ともかくもタマシイたちはこの列に並び、窓口で受付をしなければならないことをぼんやりと思い出していた。それは自分が生まれてくる時も同じように受付をしたからだ。現世では俗にお役所仕事というが、物事を円滑に進める仕組みというのはどこもそう変わらないのかもしれなかった。




「ふぁああ……」


 ここはタマシイの並ぶところとは半分軸がずれた空間。この白い場所にいるのは全て黒のスーツの人影だ。人のタマシイの転入と転出を受け持つ三課の人型端末である。人のようにそれぞれ外見の違いこそあれど、現世の人間に似て異なる存在だった。


「丙四十九号、そろそろ休憩時間終わるぞ」

「まだキンム時間外ってことですよね? 丙十三号」


 丙四十九は現世の漫画雑誌をパタンと閉じて彼の背後に開いた黒い異空間に放り込む。彼らの共同ロッカーのようなものである。丙十三号が露骨に顔をしかめる。


「おまえなあ……いっつも俺のものとごちゃごちゃにしくさって」

「オレはわかるからいいんです」

「よくない! お菓子の袋が開けっぱなしで……」


 遮るようにリンリーン……と涼やかな予鈴がなった。


「ほらほら、楽しいキンム時間ですよー」




「あーくんどこ!? あーくんもこっち来てるはずなのよ!」

「規定により、お教えすることはできません。ご了承ください」


「やれやれ、ようやく死んだわけか。で、これからどうなる?」

「『アノヨ』を用意してございます。みなさまのご希望通りのシンコウの……」


「やっぱり俺、死にたくなくて……生き返らせてください。ほんのちょっとだけでも……」

「残念ながら契約によりできません。『アノヨ』のご希望はございますか?」


 悲喜交々の……いや、悲がほとんどだが――のやりとりをするのは転出係。泣いてもすがっても死は覆らないことからタマシイからはオニとも呼ばれることもあるが、それは「すべてを平等に扱う」という厳しい規則があるからだ。


 死んだことが確定すれば生き返ることはできない。アノヨの世界は各々によって異なり、その意思が尊重される。たとえ死後で会いたいと願っても、相手が望まないものを会わせることはしない。全てのタマシイを尊重するのがここの決まりであった。


 とはいえ、ここに来た時点でタマシイは肉体から離れ、静かに死を受け入れていることが多い。強い未練や執着を残すものはあまりいない。ほとんどはこれからのアノヨやライセに前向きな気持ちになっている場合が多かった。




「おっせえよ! 転生させろ! 転生だ!」


 男――享年は四十歳くらいだろうか――が窓口に座るなり怒鳴った。窓口担当の丁十七号は少し面くらい、平静を装って手続きを進めようとする。


「はい、転生といえばブッキョートでいらっしゃいますね。トクはどれほど積んでございますか?」

「とく?」

「ジインに参拝経験がおありならば、比較的スムーズに認められると思います」

「神も仏も信じてねえよ!」


 男がバンッと勢いよく机を叩いた。丁十七号は慌てて言葉を変えた。


「ええと、無シン論者でいらっしゃいますか? もちろん世界の大いなる流れの中に還り、意識としては無になることも可能です。タマシイの構成要素についてはこちらで回収させていただき……」

「ちげえよ! 俺は! 転生がしたいんだよ! 神を出せ神を! オッパイのでけー女神様をよお!」

「はあ……転生ですね。担当を呼びますのでお待ちください」




「すみません。丙四十九号、お願いできますか?」


 消えるように窓口を外した丁十七号は裏に回り、丙四十九号に声をかける。この場合の「担当」とは「厄介者担当」のことだ。


「はいよー」


 丙四十九号が窓口に飛んでいく。文字通り、空間を飛んでいったのでワープに見えることだろう。男はイライラとして丁十七号に文句をつけようとしたが、瞬間的に代わるとは思っていなかったため丙四十九号を睨んだだけだった。


「はい、転出係の丙四十九号です。本日のご用件は……」

「転生させろ! って言ってるんだ!」

「はい。あなたの情報を拝見してもよろしいですか?」

「なんでもいいから早くしろ!」


 書類(実際の紙ではなく、そういう情報体である)を見、丙四十号は言った。


「たいへん申し訳ありませんが、あなたは人間で言うところの『善人』ではないようにお見受けいたします」

「は?」

「これですと、転生してもチクショー以下になるかと……」


 ブッキョーという宗教には転生があり、ランクづけがある。例えば一番上はテン、一番下はジゴク。良いことをすれば上がり、悪ければ下がる。この転生の輪を離れることが宗教の目的だそうだが、なんのことはない、本人が希望すればすぐにできる。無神論者と同じ扱いではあるが。


 ともかくチクショーとは、現世では畜生、人間以外の動物のことを指すが、実際には動物は動物ごとに別にタマシイ管理機構があるだけである。ここでは生まれ変わると他の動物になりますと言っているわけではなく、ランクが下がりますよと忠告しているわけだ。


「んなの、おかしいだろ!」

「確かに通達八四二号によりますと、必要不可欠な動植物の殺生によってランクを下げることは望ましくないとあります」


 なぜかというと、人間たちは無闇な殺生を禁じた結果、生きるために必要な殺生を他人に押し付け始めたからである。そして利益を得ながら、そのような殺生をする者は救われないと説くのである。このため「ホトケ」は三課に通達を送るはめになった。


「なるほど。つまり、あなたにとってあれは必要な殺生という……」

「だーかーらー、ちげえよ! オレは人間のまま、異世界転生がしたいだけなんだって!」


 丙四十九号は、ふむと顎をさすった。


「ははあ、異世界と……異世界。失礼、異世界転生をご希望でしたか」

「最初っからそう言ってるだろ! 美人のねーちゃんにチートスキルをもらってハーレムしてウハウハだ!」


 なるほどと大袈裟に頷いた丙四十九号は手元に情報を浮かび上がらせた。光る情報の羅列は人間の使う文字のどれでもない。


「では異世界転生求人票をご用意いたします。――失礼ですが、今生でなにかスキルはお持ちですか?」

「は? スキル? ねえよそんなもん」

「特技や資格などなにも?」

「うるせえな! どおでもいいだろ、そんなもん!」

「スキル、なしと。そうなるとなかなか難しいと思いますが……」

「お前、ぶっ殺されてえか!? 面白え、あいつみたいにしてやる」

「おやおや……それは怖いですね」


 にやりと獰猛な笑みを浮かべる男に、丙四十九はそろりと手を挙げてみせた。


「あいつらのせいで成り上がれなかったオレが! 異世界に行って! チートで活躍して! 金も名誉も全てを手に入れるんだよ!」

「わかりました。必要スキルなしで検索――」


 一瞬の後、情報が書き換わる。


「該当いくつかありました。種族はこの世界の『ヒト』とほぼ同じ。追加スキルはありませんが、記憶引き継ぎで転生可能です」

「お前さあ……大魔獣召喚とか服従させるとか、エッチな催眠とか洗脳とか、一瞬で人を殺せるスキルとかないわけ?」

「そういった求人はそうそうないもので……ああ、こちらはいかがでしょう。世界で最初の人間、全てを持つ男の募集だそうですよ」


 丙四十九号は涼しげな顔で新しい情報を出してきた。男はけげんな目で聞き返す。


「全てを持つ男?」

「そうですね、例えば不老長寿、万能の才、金、名誉……とかでしょうか」

「ほー、いいじゃねえか! それにするぜ!」

「わかりました。では、タマシイの血判を――」


 男は自分から手を差し出す。手が情報に触れると、タマシイはふっとこの世界から消えてしまった。


「はい、お仕事おーわり」


 丙四十九号はうーんとのびをして立ち上がる。丙十三号が何とも言い難いひきつった顔をしていた。


「説明くらいしてやれよ……それ、ブラック案件だろ」

「求人票には書いていないことですよ。それに、これはその世界のために必要な犠牲ですから、ブラックではないのです。ああ、素晴らしい。世界一の男になれて、きっと喜んでいることでしょう」




 男は目を覚ました。目を覚ましたというのは正確ではなく、自分の存在を確認した、というのに近い。


 ともかく男はそこが自分の体すらも見えない暗闇であることを知った。


「なんだこりゃ。ここが異世界か? ……おい、神がいるんだろ? 俺に全部を授けてくれんだろ?」


 返ってくる声はない。男はさすがに怖くなってきたが、それより怒りのほうが勝ったようだった。


「なんだよ! ケーヤクイハンじゃねえか! なにが異世界だ! バカにしやがって!」


 その瞬間、雷が落ちた。ひとすじの光が一瞬、男の上にきらめき、男の体を引き裂いた。焼けるような痛みの中、男は克明にそれを感じていた。


 目玉が落ちる。片目が太陽になり、もう片目が月になり、暗闇を照らした。引きちぎられ、吹き出た血が溜まって海になり、裂かれた体は陸になり、肉を突き破った骨は山となった。血管は川になり、爪と歯が金銀になった。髪の毛は植物になり、垢が動物となった。


 男は天地となり、この世界になった。




 はじめにからっぽの世界があった。

 できたばかりの、がらんどうだった。


 そこにひとりの人が生じた。

 どこから来たのかはわからない。

 その男は生まれながらにして全てを備えていた。


 「神」は男に雷を落として殺し、八つ裂きにして世界の礎とした。

 男の死体からは世界の全てが生まれた。全ての能力も、金銀財宝も全てだ。

 ゆえに男は世界の全てを持っていたことが証明された。


 世界が続く限り、男は生き続ける。

 人々はその男を「原初の人間」として敬った。


 これが、この世界の神話である――。




「転生求人票」


種族     : 貴世界のヒトに準ずる

形態     : 貴世界のヒトに準ずる

平均寿命   : 永遠

世界名    : 【不明】

誕生場所   : 【不明】

人生内容   : 世界の礎となる

必要な経験等 : なし

追加加護等  : 世界の全てを備えるとする

記憶     : 引き継ぎ可能

年齢等    : 享年、死因は不問

試用期間   : なし

その他    : 空欄

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