クロコダイルガール

桜空栞

第1話

 ザアアアアーー……


 傘も差さず河川敷を歩く私を冷たい雨が大降りで濡らす。画鋲がたっぷり入った靴を一度は履いてしまったからか、踏み締めた小さな水溜まりが赤く染まっている。


 紺色のセーラー服は何度も土に付けられたからかあちこち泥だらけで、それを洗い流す雨は決して傷痕を綺麗にしてくれている訳じゃなかった。


 中学一年生の頃から始まった急激な虐めは高校生に上がった今でも休むこと無く続いていた。


 私がいったい何をしたんだろう?と思う。ただ何時も通り学校に行っただけなのに、その日のクラスの様子は明らかに変わっていた。


「おはよう」と昨日までは仲の良かった子に挨拶すればまるで存在しないかのように無視をされ、机の上にはビッシリと悪口が書き込まれていて、腰を抜かして座った椅子の上には大量の画鋲が上を向いて並べられていた。


 痛いと思って立とうとしたら今まで話した事も無かった男子に肩を捕まれ立ち上がる事を許して貰えなかった。


 授業中ドクドクと流れる血を先生も無視して立ち上がろうとすれば怒鳴られ無表情で頬を叩かれる。結局私が席を立ち上がる事を許されたのはその日の放課後だった。


 泣いて帰った家の中では、出掛ける時はあんなに優しかった母親が私の血で汚れたスカートを見て『汚いわね、そのまま上がらないで頂戴』と言ってきて玄関先で脱がされた。


 3年前のあの日、教室の扉を開けたあの時、世界は変わった。私一人だけを取り残してアップデートしたみたいに世界は改変された。


 テレビでは毎日のように誰が誰を殺したという血みどろなニュースが笑顔のアナウンサーから囁かれ、それを見ながら父も母も笑って食事を取っている。


 疲れた、何度死ぬことを試みたか分からない。家に誰もいないのを見計らって首を吊ろうとすると、何時も両親が扉を開けて入ってきた。


『この犯罪者め私達を不幸にするつもりか』この世界ではどうやら他殺よりも自殺の方が重い罪に問われるらしい。


 ザブ…ザブ…ザブ…ザブ……


 ゆっくりと水の中へと足を進める。嬉しいことにこの土砂降りの雨はそんな私の存在を薄めてくれているようだった。


 遠くで優しかった家族や友人が手を振って呼んでくれている気がする。思い切り息を吸い込んで叫んだ「バカヤロー!」は冷たい水の中へと消えていった。

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クロコダイルガール 桜空栞 @sakurasorashiori

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