第2話:混乱 ~ 浮かび上がる容疑者
急転直下の免許センター不正大暴露が世の中を騒然とさせてから束の間、渦中となったセンター事務局では暴動寸前というほど人々が殺到し始めた。
「おい!今のニュース本当なのか!?」
「一体どうなってんですか!?」
「い、いやぁ。そ、それは…えと…」
寝耳に水だった職員たちも、訳が分からないといった様子で自身の混乱を必死に堪えるのが精いっぱいだった。
「ふざけるな!お前らは自分たちの私利私欲で人まで殺すってのかぁ!?」
「陰謀だー!責任者を今すぐ出せぇぇ!」
「み、みなさん!どうか落ち着ていください!」
ブタバナの告発により、信頼を失い窮地に陥った国家免許センター。
急遽閉鎖されたセンター事務局の外では、これまでの10倍はあろうかという規模のデモが行われている。
「センターの暴政を許すなー!」
「人殺しー!今すぐ殺人免許を廃止しろー!」
「責任者を出せー!議長はだんまりかー!?」
暴動、混乱、悲鳴、衝突、未曾有の混沌が広がる中、それぞれの思惑を持つ者たちは、次の一手を打つべく、せわしない動きを見せているのだった。
その頃、緊急招集がかかった五叡人たちは、いつもの会議室へと急いでいた。
途中、廊下で合流したウダとプセアピバコは、急ぎ足を繰り出しながら事態を確認し合う。
「一体何事だというのだ!?」
自身の痴態を晒され穏やかじゃないプセは静かに怒りを滲ませていた。
「さぁ、面倒なことになりましたね…」
そうしているうちに、二人は会議室に辿り着いた。
ドアを開けると、そこには先着していたムシが椅子に腰かけていた。
「お疲れッスー」
ほんの少しの時間差でウワグツも到着し、メンバーが揃うと開口一番プセアピバコが声を荒げる。
「おい、一体何が起こっているのだ?」
全国民の前で晒し者にされたプセアピバコは胸中穏やかではなかった。
すると、ウワグツからあることが告げられる。
「お待ちを。本件に関しての責任者を呼んであります」
「責任者?」
すると、会議室のドアが開き、中に入って来たのはイロヨクだった。
「し、失礼します…。システム管理局局長のイロヨクです…」
イロヨクは勢揃いの五叡人を前に委縮している様子だった。
追い打ちをかけるようにプセアピバコが机を叩きながらイロヨクに問い詰める。
「おい、説明しろ!」
「え、や、そ、そのぉ…。オ、オレも何がなんだか…」
「全ての機密データは貴様の管理下だろ!一体どういう失態だ?」
「オ、オレにも分からないんですよ!隅々まで調べましたけどハッキングの形跡もないし…。あのデータにアクセスできるのはオレと皆さんだけのはず…」
「セキュリティシステム脆弱性の可能性は?」
「テ、テストしてみましたが見つかりませんでした…」
すると、顎に手を当てたウダが推測を巡らせる。
「ふむ、となると、内通者というのが妥当な線かと」
「内通者?」
「センター関係者の中でブタバナに情報を売り、センター失墜となることを喜ぶ人物…」
「え…まさか?」
やがて、一人の犯人像が浮かび上がる。
「…シラトリ・ミカ!?」
プセアピバコが口にしたのは、元五叡人であり、意見の違いから脱退した女の存在。
「ま、まさか、シラトリさんが?」
「うーん、確かに泣き別れではありましたが、こんな過激なことをするようなお方には見えませんがねぇ…」
「貴様!ヤツのアクセス権を無効にしてなかったのか?」
「い、いや、その…。権限をリセットするためには物理カードと本人の指紋が必要なんですけど、ご本人が現れなかったので…」
「まぁ、ほぼ泣き別れみたいな感じでしたからね」
「なるほど、じゃ彼女は今も実質的には五叡人の権限を持っているに近い状態だと…」
「あの女は今どこだ?」
「検討もつきませんねぇ」
「おのれ、女狐め!」
「いざという時にアオシマを黙らせるために残しておいて切り札の映像でしたが、まさかこんな形で仇になるとは…」
プセアピバコが息を荒げる横で、ウダは冷静に現状を判断する。
「犯人捜しは後回しです。取り合えず今は対応に集中しましょう!」
すると、会議室の天井から釣り下がるモニターにセンター長の姿が映し出された。
やはり、薄暗い部屋からのリモートによりその素顔は隠れている。
<実に、由々しき事態ですね>
始まりの挨拶も告げられないことが、事の重大さを物語っていた。
<国民の信頼は失墜しました。恐らく、ここぞとばかりに水を得た反対派の連中が結託し始めるでしょう。免許制度の溝に吸い込まれた荒々しい者たちの存在も脅威です>
「ヤバいッスよぉ。ブタバナのバックには国営放送の連中がついてる。ここぞとばかりに槍玉に挙げられるッスよ…」
暗中模索といった雰囲気の中、センター長がこれからの方向性を指示する。
<とにかく、今は事態の収拾に尽力しましょう。国民の温度が下がるのを待つ間、ウダさんは警察と協力してセンター職員の安全を確保して下さい。イロヨクさんはこれ以上の被害がでないようにサーバーの再構築とデータの移動を。プロキシ、VPN、アルゴリズムから全て作り直して下さい。ムシさんは群衆の動きを見ながら沈静化の案をお願いします。ウワグツさんはセンター支援企業を大手から回って資産防衛の助言でご機嫌を取っておいて下さい。プセさんは念のためシラトリさんの居所を調査してください>
「了解しました」
「りょ、了解っす!」
全員がセンター長の指示を承服する中、ウダはモニター画面に向かって声を掛けた。
「センター長、アナタはどうされるんですか?」
<私はこれから、総理議長と会談します>
「…承知しました」
両者にそれ以上の会話はなく、緊急会議はその場で解散となったのだった。
五叡人やイロヨクたちがそれぞれの役目に奔走する中、センター長はすぐに自身のパソコンからとある人物にテレビ電話をかける。
受電した相手は宣告通り総理議長だった。
<やぁ>
「議長、今お時間よろしいでしょうか?」
<ああ>
事態を把握している議長は険しい表情を浮かべていた。
決してモニター画面を見ることはなく、身体ごと明後日の方向を見ながら相手の話を聞いている。
怒り心頭明らかな議長に対し、センター長は相手の出方を伺っている様子だった。
「大変お騒がせをしており申し訳ございません」
<全くだ。見事なまでの不祥事と言えよう>
「…はい」
重苦しい雰囲気の中、センター長は自身の立場を顧みず、議長に対し苦肉の策を申し出る。
「議長、折り入ってお願いがございます」
次の更新予定
『免許国家滅亡物語』 みやごん@物語論好き @021
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