【第四章:混沌と反乱】

第1話:枕公務と不正暴露 ~ "情熱ある申し出"の真相

ー数日後の深夜1時ー

とある繁華街の高級クラブ。

色鮮やかなドレスに身を包んだ美女たちは、上流階級と思われる男性たちと談笑しながら酒を酌み交わしている。

その一番奥の席、品のいい着物を纏う女性が相手をしているのは、"元"差苦狩党党首のブタバナだった。


「ブタバナさん、元気だしなさいなぁ」

「うぅ…。ママァ、オレはもうダメだぁ…」


テーブルには空になったボトルが数本、グラスを片手に酩酊しながらソファに横たわるブタバナ。

政治家としての命を絶たれた男は、ヤケを起こし毎晩夜の街で飲んだくれていた。

すると、テーブルの上に置いておいたスマホが着信を受け振動する。


「ん~?」


引きずるようにして手に持ち、画面を確認すると非通知の文言が映っていた。

冷静な判断力もなく、流れで受電してしまうブタバナ。


「誰だぁ~?」


すると、電話口からは変声機を使ったような声が聞こえてきた。


「あぁ~?」


最初は呆けながら話を聞いていたブタバナだったが、相手の話が進むにつれ、段々と目の色を変えていく。


「ああ!?なっ、何ぃ!?ほ、本当か?」


息を吹き返したようにハキハキと喋るブタバナを、クラブのママは不思議そうに眺めていた。


「よし、いつでもいいぞ!うむ、うむ、よし!いいだろう!」


電話を切ったブタバナは不適な笑みを浮かべ、やがて身震いから周囲に響くほどの笑い声をあげる。


「なんと、なんたることだぁ。っふふふふ、ははは、がーっははははー!」



ー二日後ー

世間では何気ない日常が繰り広げられていた。

センター事務局では変わらず大勢の来訪者が訪れている。

やがて昼休憩の時間となり、職員たちがそれぞれ昼食をとりに行こうとしていた、その時、


<番組の途中ですが、ここで緊急会見をお送りします>


フロアに設置された大型テレビに突然緊急速報のニュースが流れてきた。

全てのチャンネルが国営放送番組に突然切り替わるという珍しい事態に、職員や来訪者たちは映像に目を奪われる。


<5年前より発足し、国内において大がかりな免許制度の導入を推進してきた国家免許センターにおいて、審査に関する不正が発覚しました>

「!?」


意表を突いた報道内容に、映像を見ている誰もが目を剥いた。

すると、キャスターはとある人物へと中継を繋ぐ。


<それでは、本件に関し重要な情報を握る差苦狩党党首ブタバナ氏に中継を繋ぎます>


職員たちが驚いているのも束の間、切り替わった映像に映し出されたのは、免許センター最大の天敵である大物政治家のブタバナだった。


<えー、国民の皆さん。今日は皆さんに重大な告発があります!まずはこちらの映像をご覧ください>


すると、ブタバナはとある監視カメラの映像を映し出した。

映像の中では応接間のような場所で席を向かい合わせに座る一組の男女の姿。

やがて会話の内容が聞こえてきた。


<なるほど、免許制度で国家回復ですか…>


どこか訝しそうに言葉を漏らしたのは、先日地下犯罪組織によって殺害されたホテル王のアオシマだった。

その正面に座るアメジスト色のスーツスカートを纏った西洋人女性は笑みを浮かべながらも真剣な眼差しを見せている。


<それで、我が社に賛同の表明と資金的支援をと?>

<突飛な話で申し訳ない>

<えぇ、全くです>

<大きな可能性を秘めた試みとはいえ、未だ普及率は横ばいを続けている。この国の国民はリスクを取りたがらないらしい。最初にきっかけとなる大きな国民の信用が必要だ。そこで、貴君が社を上げて賛同を表明さえしてくれれば、後の流れや約束されたようなもの>


国家免許センター黎明期、免許制度の普及に苦心していた当時の交渉現場に居合わせていたのは、五叡人の一角プセアピバコだった。

過去の自分が映し出される映像を、当の本人は驚きながらホテルの一室で眺めていた。


<ふむ、あの議長らしい大胆かつ気骨のある改革ですな>

<我々は本気だ。未来の栄光を掴むため、どうしても御社の協力を賜りたい>

<理に適っていることは認めましょう。しかし、リスクだらけですね。人権団体を敵に回すことも弊社としては受け入れられない>

<無理もない。貴君の背中には数千数万の人生が乗っかっている。だが信じてほしい>

<あなた方の手腕を疑っているワケではありませんよ。プセアピバコさん、アナタの評判もかねがね伺っています。"正しい独裁"というのも一興、しかし…>

<迷われておられるようだな>

<いいえ、答えは出ています>


すると、アオシマは椅子から立ち上がり、交渉決裂を言い渡す。


<残念ですが、我が社としては静観とさせていただきます。センター様の成功を心より願っております。玄関までお送りいたしましょう>


アオシマが部屋から出ようとドアに向かう途中、プセアピバコは動く。


<!>


プセアピバコはアオシマの背後にすり寄り、自身の身体を相手の身体にピタッとくっつけた。

そして耳元に口を近づけ、吐息を交えながら小さくささやく。


<実に、広い背中だ>

<…!>

<我々はこれから国を救い英雄と謳われることになる。貴君もその一角となる好機に恵まれている>

<…>


プセアピバコはより強く自身の身体を押し付ける。


<国家権力と直接パイプを繋ぐ好機はそうあるまい。貴君の英断が国を救ったとすれば、個人にとっても会社にとっても計り知れない恩恵があることは想像に難くないはずだ。今まさに、逃がせないチャンスが目の前にある>


そして、プセアピバコはその右手をゆっくりと相手の腰元から這わせながら、股座を弄り始める。


<…これは、先行投資のつもりかな?>

<はした金で抱ける娼婦とは訳が違うぞ?互いに違う戦場を勝ち抜いてきた身。その剣が"戦場のポルターガイスト"と謳われた女に通用するか試してみる気はないか?>


そして映像は消え、また瞬時に別の映像へと切り替わった。

映し出されたのは同じ二人の人物。

しかしその場所は格式の高い企業オフィスとは一線を画し、人気の無いカップル専用ホテルの出入り口だった。

仲睦まじい様子の二人をカメラがズームし、やがて会話が流れ聞こえて来る。


<貴君の英断は功を奏した、改めて礼を言う>


二人は熱く口づけを交わす。


<こちらこそ。我々とてこれ以上ないくらい潤わせてもらった。免許制度のお陰で民度の低い無能な貧乏人を選別できて実に清々しいよ>


そして、両者はまた互いを貪るかのように唇を重ねた。

映像が消え、再びブタバナの姿が画面に映し出された。


<国民の皆さん、ご覧いただけたでしょうか。アオシマ氏に対し不適切な取引を持ち掛けたこの破廉恥でふしだらな女は、プセアピバコという免許センター首脳の一人です!>

「!!」


明かされたセンター不正の実態、枕営業の真相、そして首謀者である女の正体に、国民は驚愕していた。


<そして、ここからが本題です。こちらのデータをご覧ください!>


ブタバナが映像越しに見せたのは、アオシマ顔写真が映る本人の免許証。


<この男は既婚者でありながら不貞を働きました。その相手が免許センターの職員張本人でありながらご覧ください、家族免許が剥奪されていません!>


国内のどよめきがより強さを増す。


<そしてそして、こちらのデータもご覧ください!これは警察通報局に寄せられたアオシマ氏の部下が起こした数々のアンモラル情報。買春、盗撮、暴行事件、未成年淫行、枚挙に暇がありません。しかし、それぞれの社員は免許失効どころか、減点すらされていない始末。そう、公明正大であるべき国家免許センターは、忖度と不正取引をしていた事実がここにあります!>


ブタバナの熱量がピークに達し、辺りは静寂に包まれた。

ひと呼吸をおいて、ブタバナが最後の訴えを放つ。


<アオシマ氏は別の形で罰を受けました。それは許されざる地下野蛮人共の蛮行、実に痛ましい事件です。しかし、問題は終わっていない。こんな不正、忖度、依怙贔屓をする組織に実権を握らせていいのでしょうか?果ては歯向かう人間は全て殺人免許のターゲットにされてしまい、民主主義の滅亡は必至。悪しき独裁国家の幕開けです。今こそ立ち上がるべきなのです!我々は決して怯まない!共に闘いましょう!>


そして、ブタバナは画面から姿を消し、ニューススタジオの映像へと切り替わった。

ブタバナによるセンター不正の大暴露は、茶の間のテレビ、個人のスマホ、オフィスのパソコン、ひいては大型交差点の巨大モニタ全てに流れ、瞬時にして全国民に知れ渡ったのだった。

真実を知った国民はどよめき、揺れ動き、やがて混乱は未曾有の乱痴気騒ぎへと発展していく。

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