第14話:最高権力者の没落 ~ 議長命令棄却

五叡人の前に姿を現したのは、ひと際険しい表情を浮かべた国家最高権力者の男だった。

唖然とする五叡人達、国内トップエージェントを圧倒する風格を見せながら、議長は4人の前に歩み寄る。

最初に口を開いたのはウダだった。


「ぎ、議長、いかがなさいました?」

「宴の様だな。邪魔をしてすまない」

「い、いえ…」

「あ、支持率のお祝いに来てくれたとか?議長もなんか飲みます?」


ムシの軽々しい声掛けに、議長は強い眼差しで応える。

その雰囲気を察した四人は、好意的な登場ではないことを確信し身構えた。


「こうして君ら全員と直接向かい合うのは、センター発足会議の時以来だな」


四人は議長の意図を探りながら発言に耳を傾けている。


「これまでの功績、栄光、国民を代表して深い謝辞を申し上げたい。心より感謝している」

「…お、恐れ入ります」

「君らの尽力にも敬意を表したい。党としても私個人としても労をねぎらいたいところだが、今日は少し残念な報告をしなければならない」

「え?」


すると、議長の口から当然の話題が繰り出される。


「先ほどの速報は見たかね?」

「!」

「我々は盟友を失った。何とも痛ましいことだ」

「…」

「殺人免許とやらの存在がついに連中の心に火をつけ一線を越える結果となってしまったのだ。我々はこの事実を受け入れなければいけない」


遠回しに殺人免許反対の意図を述べる議長、五叡人たちはそれを悟り身構えていた。


「議長、仰る通り今回の件は実に痛ましい事件です。我々も強く心を痛めております。しかし、ここで引き下がるのはテロに屈する結果となってしまいます」


すると、議長は徐にスマホを取り出し、ある映像を五叡人たちに突き付けた。

そこには一人の少女が棺桶の前で大号泣しながら悲痛な嘆きを漏らしている。


<うぅぅ、うわぁぁ、おじいちゃん、おじいちゃあぁ~ん!>

「…?」

「先日、暗殺された建設会社社長のお孫さんだそうだ」

「!」


五叡人たちは自らの判断により流された無実の涙とその哀れな姿を黙視している。


「どう思うかね?」

「…お答えする必要がおありで?」

「いや、だが是非聞きたい」

「…」


五叡人は誰一人として口を開こうとしなかった。

やがて議長が沈黙を破る。


「君らはこの免許によりご遺族の魂を救済しているつもりかもしれない。だが、また新たな遺族を生んでいることも理解しているな?」

「いやでも、アイツはクソ野郎っすよ?殺されて当然の奴じゃないッスか」

「本当にそう思うかね?」

「え?」

「心の底から、そう思うのかと聞いている」

「え、あ、いや、まぁ…」

「…なるほど、君らの考えはよく分かった」


すると、議長の口から唐突な発言が飛び出した。


「本日今時点をもって、殺人免許制度を廃止とする」

「!!?」


四人が驚愕したのも束の間、ムシがくってかかる。


「えぇ、ちょ、どういうことッスか?」

「言葉通りだ」

「い、いやいや、言葉通りって…」

「悪いが議論の余地はない。これは議長命令だ。これは国のリーダーとしての最終決定だ」


すると、ウダが反論に参加する。


「お待ち下さい!その判断は本当に総理議長としてのご判断ですか?」

「何!?」

「貴方は当初より殺人免許に対して否定的だった。ご自身の思惑がまかり通らなかったことに対するただの感情論では?」

「そうッスよ!そんな身勝手許されます?五叡人満場一致で国民投票までしたのに!これだけ結果も出てるのにマジ意味不明ッスよ!多少の犠牲なんて織り込み済みだったはずじゃないッスか!」


すると、議長は抵抗を続けるムシの前にゆっくりと歩み寄り、190cmの迫力で相手を圧倒する。


「ムシ君、君は議長命令の意味を理解していないようだね?」

「え…あ、いや…」

「脅すつもりはない。が、しかし、私は今この場で反対者を罷免する覚悟だ!」

「!!」

「そうなれば無論、君の司法取引も無効となる。意味は理解してもらえたかね?」

「…ッ!!」


重罪犯のムシは自身の恩赦が取り消される危機に脂汗を滲ませる。

この国で唯一、五叡人やセンター長への罷免権を持つ議長の言葉を聞き流す者はいなかった。

議長の天上天下唯我独尊が炸裂する会議室において、一同は言葉を失っていた。

すると、重苦しい空気の中、プセアピバコが口を開く。


「議長殿、貴台のご意図は察する及びつかぬところだが、決断を下される前にお耳に入れておきたいことがある」

「?」


そして、議長にとって想定外の事実が語られ始める。


「これまでに何名が公認暗殺を断行したかな?」

「?」

「5人。最初は14の少女を2年に渡り監禁していた男。未成年故公表はされていないが、被害に遭ったのは貴台の古い友人の娘だったようだな」

「!」

「2人目。大手建設業社長の男。貴台の外交政策の影響で大きな仕事を失い逆恨みしていた。以来、貴方を貶めようと裏で内部庁舎局に大量献金をしていた」

「!」

「3人目。これは貴台も記憶に新しいことだろう。既得権益を振りかざす薬学会幹部の男。貴方が議員時代に不正を糾弾した相手。犬猿の仲となって以降つまらない小競り合いが続いていたそうだな?」


段々と議長の表情が曇っていく。


「4人目。交際相手に覚醒剤を盛った男。ジャーナリストだった。過去、貴方の側近が起こした未成年売春をすっぱ抜いた男でもあった。正体を隠し上手く雲隠れしていたようだったが詰めが甘かったな」

「…」

「そして5人目。動物虐待の過激動画で再生数を稼いでいた覆面の配信者。相当の影響力を持ち、貴台へのフェイクニュースやヘイトも十八番だったようだ。さて、お分かりいただけたかな?」


緊張の糸が張り詰め、プセアピバコからその真意が語られる。


「いずれも、貴台個人とひと悶着ある連中ばかり。その大半は強い影響力を持っていた。これらの素性を世間に公表すれば…果たしてどうなるかな?」

「!!」

「貴台が個人的な理由で職権乱用し邪魔者を粛清した、と陰謀論が国中を駆け巡る。もう二度と議長の椅子には座れまい?」

「貴様…」


全てを理解した議長は怒りをあらわにした。


「断っておくが、これらの公認処刑には無論殺人免許が目論む効果は期待されるものだ。あくまで目的は治安向上、被害者や遺族の魂の救済、そして凄惨な事件や被害者を生まないこと。連中は罰するに相応しい罪は犯していた。"たまたま"貴台との因縁が絡んだ、それだけのことだ」


強くプセアピバコを睨む議長。


「"保険"を含めておいて正解だった。まぁ、出来れば"事故"が起こらないことを願ってはいたがな」


その背後からウダが声をかける。


「議長、このようなことをしてしまい申し訳ございませんでした。しかし必要なことでした。どうか穏便に」

「なんだと?」

「もう後戻りは出来ないのです」

「だーいじょうぶッスよ!これからも議長の敵バンバンやっちゃいますからー!」


再びムシを強く睨む議長、ムシは表情が強張る。


「誤解しないでいただきたい。我々は制度を悪用するつもりは毛頭ない。無論当初の目的を忘れるつもりもない。あくまで国のため。どんなに貴台の脅威であろうとも、清廉潔白な者を粛清したりはしないことを誓おう。だからどうか、穏便に見守ってはもらえませぬか?」


すると、議長はプセアピバコの目の前に立ち、相手を真っ直ぐと見下ろした。


「プセ君、今日のことは、忘れないでおくことだ」


捨て台詞を残した議長は、会議室から出て行った。

その背中を見送る五叡人は嵐が過ぎ去ったことに安堵していた。


「いい胆力だ。久々に痺れたぞ…」

「ひょえー、怖かった~。けど作戦成功っすね!」

「えぇ、危険な橋でしたが、これでもう議長は我々に大きく干渉はしてこないでしょう」

「いやぁ、一時はどうなることかと思いましたよ~」


事実上、国家最高権力者から国の主導権を奪い取った4人の叡智人たちは、改めてグラスを手に取りそれを高らかに掲げる。

こうして、怒涛と血にまみれた五叡人の祝賀会は幕を閉じたのだった。


第三章:完

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