ふたつの約束①
考えることがあるからと言って、風呂でひとり、さっきのことを考えていた。
彼が人間だったなら、きっとあんなことはしなかった。
不本意に突然拘束するなんて、人間にやったら大変なことだ。他人どころかそういう性癖でもない限りは、家族だって虐待だの虐めだの言われるようなことだ。
自分で剥がせないテープを、体の自由を奪う形で貼られたのだから。
それは後ろ手に手錠でもかけられるようなものだろう。
大事だと思っていたのは上辺だけで、内心は妖精には何をしてもいいと思っていたのだろう。自分の所有物みたいに。
だから、時々彼が不満そうにする理由がわからなかったんだろう。
ペットとサボテンの話だってそう。そういう意味じゃないと言ったって、そう思ってなければ簡単に出てくる言葉じゃない。少なくともサボテンなんて、いくらなんでも出てくることはないだろう。
たとえば、人恋しくてマッチングアプリで友達や探す人ってこんな気持ちなんだろうね、とか、言いようがあるだろう。それで見つかる友達は、大体は普通の友達ではないだろうから、少々下品な話かもしれないけれど。
色々考えた結果、埋め合わせよりも再発防止をするべきだろうと、彼に改まって時間を取ってもらった。明日の夜の、八時に話があるのだと。
「一緒にいるのに、わざわざ予定をおさえるのかい?」
不思議そうな顔をするけれど、ケジメだからと言い置いた。
会社の近くの閉店間際のケーキ屋で、日中に取り置いてもらったケーキを受け取る。
昨日の親子丼ならば混ざっても問題ないだろうが、今日はケーキだ。揺らさないように慎重に抱えて帰った。
「それは、もしかして、その、けーき、というやつかい?」
知ってはいるのだろう。定型のおかえりと同時に、箱を見るなり飛びついてきて、私のことはそっちのけで冷えた甘い香りを堪能している。
彼が我慢できずにまとわりついてくるので、テーブルに置くのも苦労する。
こうしてみると、信用しきってくれているのだろう。だからあんなに傷つくのだ。それならあの扱いが本当に酷いことだったとわかるけれど、そんな目に遭っても彼は心も閉ざさず拒絶もしない。それどころか距離を置こうとすらしてこないのだ。
自分の分のケーキがあると——この場合はひと切れ食べられるはずがないから分け前だろうが——思っているから、あんなに目を輝かせている。これが距離のある関係だったならば、買ってくる約束もしていないのに、無防備に喜んだりはしない。
「時間を取ってもらったよね。話があるの。それが終わったら一緒に食べよう。」
いまはまだ七時半だから、三十分は先のことだと少し気落ちしたようだったけれど、食べられることが決まったからか、気を取り直して笑ってくれた。
話し合いの時間までにご飯を済ませることにした。買い置きの冷凍弁当を温めながら、味噌汁を作る。とはいえ、大したことはできないので、沸かした湯に出汁入り味噌のチューブと乾燥味噌汁の具を投入して、冷凍しておいたエノキダケをひとつまみ鍋に落としただけのことだ。
火が通ればそれでいいだろうと雑に混ぜ、彼の器に取った残りを全部丼に移した。最近、汁椀に入らない時は容赦なくこれでいく。
弁当の温めが足らなくて、少し追加をしている間に、妖精が自分の器をテーブルに揃えている。割り箸を運んでくれようとしたこともあったけれど、自分と同じ長さのものを運ぶことは、最近ようやく諦めてくれた。口に入れるものをテーブルに引きずられるのはあまりいい気分ではなかったのだ。
いつも通りの簡単な食事。
それを、いつも通りの顔で囲む。
昨日のことなんてなかったように、これも美味しいねえ、と笑う。
彼は賢いから、そう、とても賢いから、きっと馬鹿な私の考えていることなんて、わかっているのかもしれない。
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君の色が好きだった 霜月ノナ @yomumin
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