第22話 仇を討ったお倫の背中には孤愁の影が張り付いていた

 お倫はくるりと背を向けて歩き出した、が、その顔には深い憂いが滲んでいた。事が終わったという安堵の表情は無く、徒労と虚無の色が濃く貼り付いていた。明日からのお倫の旅は何処へ行くにも、何をするにも、それこそ宛ての無い、何時果てるともない流浪の旅となる。流れ流れて流離う旅は、今日は東に明日は西に、春に背いて世間に拗ねて独り行くのも渡世人の心ではあっても、誰に解かって欲しいとも思わなくても、水の流れと人の一生は一度流れれば戻らない。

・・・だが、真実にこれで良かったのだろうか・・・

ふと、お倫の口から長い嘆息が洩れた。

夢にまで見て忘れ得なかった憎い仇は討ったが、普通の若い娘のように、その先に在ると信じて疑わなかった自分の一生を、あたら十八歳の若さで閉じさせてしまったごろん棒二人は討ち果たしたが、然し、これまでに幾多の人を殺めて来たことか。恩の義理の、意地の筋のと四角四面の狭い一所に身を縛り、怨みも仇も無い人を、斬らなければ自分の身が危ういからと、斬られて死ぬのが怖いからと、血刀の糊も拭かぬうちに次々と斬り捨てて来た。憎い仇を討つまではと、心にきつく封をして来たものの、真実にこれで良かったのだろうか。

・・・これから、どうなるのか、どうすれば良いのか・・・

渡世人としてこのまま旅を流離い虚無の中を彷徨うのか、或いは、剣の正道を求めて修身の修羅の道を進むのか、それとも、仏門に帰依して仏の慈悲に縋り、悟りの道を求めるのか、何れにしても、先に在るのは「空」か「無」か「虚」か、お倫の心は惑った。

この先、自分に何が在るのか。お倫は、白刃と白刃をぶつけ合い血煙上げて命の遣り取りをして来た来し方と、誰よりも危うい、誰よりも信じ難い、誰よりも不幸が待つ己が行く末を思って、心が重く鈍く沈んだ。

お倫は心の中で「十内先生!若先生!お光さん!」と呼んでいた。

一陣の春風がひゅうっと吹いて、川岸の桜並木を揺さぶり、花吹雪が舞った。その舞い散る花の下をお倫は目線を伏せて急ぎ足に遠ざかった。その背中に孤愁の影が張り付いていた。

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女渡世人、居合いのお倫 木村 瞭  @ryokimuko

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