コネクト 赤井〜伊良部

涼風岬

第1話 結(ゆい)

 女子高生がコンビニから出てくる。雨が、ぱらついている。雨脚は次第に強くなる。跳ね返った雨が足に掛かる。


 足元を見ると空き缶が転がっている。それを彼女は拾いゴミ箱へと歩く。すると、その横に少女が立っている。小学生高学年くらいだろうか。彼女は空を見上げている。


 女子高生は気になり見ている。暫くすると少女は右手を手前に出す。彼女の手の平に雨が落ちる。雨脚を確かめているようだ。声を掛けてみることにする。


「こんにちは」


「こんにちは。何ですか?」


「傘持ってないの?」


「うん。お姉ちゃんも持ってないよ」


「あるよ」


 すると、彼女は背負っていたリュックを肩から外し、前に背負って開ける。そして、折り畳み傘を取り出す。


「ほらっ」


「あっ! ほんとだ」


「お家まで送ってあげようか?」


「ママが知らない人について行ったらダメだって」


「そうだよね」


「そう」


「この傘どうぞ」


「知らない人から物を貰っちゃダメだって」


「だよねっ。んっ〜。あっ、そうだ! 貸してあげるよ」


「んっ〜、それは言われたことないかな」


「じゃあ借りたら?」


「お姉ちゃんはどうするの?」


「大丈夫? 親に迎えに来てもらうから」


「今日、ママは遠くにお出かけしてるから、すぐには来れないんです。おばあちゃんが、お家にいるけどお迎えは可哀想です」


「おばあちゃん想いなんだね。じゃあ、借りなよっ」


「いいですか?」


「うんっ、そうしなよ。ちょっと待っててね」


 彼女は傘を袋から出して広げる。


「はいっ」


 そう言うと彼女は少女に手渡す。


「あっ、ちょっと待ってね」


 彼女はしゃがみ込むと取っ手の輪っかに傘袋を結ぶ。


「出来たっ」


「上手ですね」


「そっかな。ありがとう」


「ユイはうまく結べないから」


「可愛い名前ね」


「そうかな〜?」


「そうよ」


「あっそうだ! 友達のお家に遊びに行く約束してたんだった」


「行っておいでよ」


「はい」


「バイバイ〜」


「いってきま〜す」


「あっ、そうだ。急いでいても走ったらダメだよ。危ないからね」


「うん」


 少女が背を向け歩き出す。すぐに女子高生に対して向き直る。


「お礼忘れてました。ありがとうございます」


 そう言うと少女はペコリとお辞儀をする。そして、胸元で手を振る。女子高生も振り返す。彼女は少女の後ろ姿を見送る。


 見えなくなるとブレザーからスマホを取り出し着信履歴を表示させる。ふと前を見ると男子高校生が傘を肩に掛けながら歩いてくる。彼は彼女に気づかず傘を畳み、傘かごに入れ中に入っていく。


 彼女は通話ボタンをタップするのを躊躇ためらう。結局やめてしまう。彼女はイヤホンを取り出し片耳にだけつける。そして、お気に入り曲を音量を下げ聞く。


 雨のせいか急に冷え込んできたので、彼女は両手を擦りながら息を吹きかけている。一曲目が終わり2曲目に入っている。


「イヤホン外れてんぞ」


「えっ」


「久しぶり」


「あっ、久しぶり」


「中学の卒業以来じゃねぇ」


「あっ、うんっ」


「店の中いる時、後ろ姿で直ぐに気付いたよ」


「(前からでも気付いてよっ)」


「なんて言った? 声小さくて聞き取れなかった」


「ううん、何でもない」


「ほいっ」


 彼は彼女に缶コーヒーを差し出す。彼女は理由が分からず戸惑う。


「私、ブラックコーヒー苦手なんだけどっ。飲めないことはないけど」


「知ってるけど」


「じゃあ、なんで?」


「いや、寒そうにしてたから。カイロ売り切れててさ。代わりに買ってきたんだけど。なんかごめん」


「あっ、ううん」


「迷惑なら俺が飲むわ」


「もっ、貰おっかな」


「ほいっ」


「ありがとう」


「ああっ。待ち合わせ?」


「違うけどっ」


「そっかぁ。雨強くなるらしいから今のうちに帰ったほうがいいぞ」


「傘持ってなくて」


「そっかっ! 親待ちか?」


「あっ……連絡つかなくて」


「そっかぁ。送ってこっか?」


「あっ……うん。お願いしてもいいかな?」


「おっ! 行こっか」


 彼女は小さく頷き、申し訳なさそうに彼の傘へと入る。そして、二人は歩き出す。


 帰路につく二人の間には会話なく終始無言である。彼女はうつむき加減で缶コーヒーを両手の平で転がしている。彼はというと、彼女のことを時折チラ見しているといった具合だ。


 彼女が顔を上げる。すると、前方から見覚えのある傘が近づいてくる。彼女は自分の傘だと確信している。なぜなら、輪っかに結びつけた蝶結びの傘袋が揺れているからである。


 前方の傘が上がる。やはり、さっきの少女である。少女も気付き近づいて来て立ち止まる。


「お姉ちゃん」


「あっ、ユイちゃん」


「知り合いなのか? 赤井」


「あっ! お兄ちゃんだ」


「もしかして妹!? 伊良部」


「違う違う。最近、近所に越してきた子だよ。赤井こそ、どういう関係?」


「あっ、それは」

「お姉ちゃんに傘貸してもらいました」


「そうだったのか。それでかぁ」


「ユイ、傘返しに来たのか?」


「違うよ。着替えたから友達の家に行くの」


「赤井に傘返してやれよ。兄ちゃんが送っていくから」


「はぁ〜、キレイな傘だから友達に自慢しようと思ったのにな〜」


「ユイちゃん、伊良部の知り合いみたいだし別に今日じゃなくてもいいよ」


「やった〜! 傘に蝶々が雨宿りしてるって友達に自慢するんだぁ」


「そうなんだ」


「そうなんでぇ〜す」


「おい、ユイ。靴紐がほどけてるぞ。ごめん、赤井。傘持っててくれる?」


「分かったっ」


 手渡す際、伊良部の手の甲と赤井の指先が触れ合う。彼は、しゃがみ込み少女の靴紐を結ぶ。結んだ靴紐は左右非対称で不恰好である。


「ありがとう、お兄ちゃん。でも下手くそですね」


「なんか深雑な気分だな」


 そう言うと伊良部は立ち上がる。赤井は取っ手でなく中棒の方を持ち差し出す。彼は、それが気になるが何も言わず受け取る。


「今日は、お姉ちゃんとお兄ちゃん、二人に結んでもらいました。ユイ、幸せです。いつかユイが結んであげて二人を幸せにしてあげます」


「期待しないで待ってるぞ、ユイ」

「嬉しいわ、ユイちゃん」


 少女と赤井の視線が合う。少女は次第にずらし赤井の胸元辺りで止まる。


「お姉ちゃん、それコーヒーですか?」


「あっ、うん」


「砂糖入ってますか?」


「これは入ってないよ」


「お姉ちゃん、それ飲めますか?」


「まぁ、飲めるけど」


「お姉ちゃんは大人ですね」


「んっ、どうして?」


「パパがブラック?コーヒーは大人が飲むものって言ってます」


「お兄ちゃんは子どもですよ」


「んっ! どういう事かな?」


「この間、お兄ちゃんが缶コーヒー持って歩いていたんです。飲まないのって聞いたら砂糖の入ってないコーヒーは飲めないって言いました。じゃあ、なんで待ってるのって聞いたらカッコイイだろって言ってました」


「ぷっ! そうなんだ」


「おい、やめろ。ユイ」


「ユイは嘘ついてないですよ、お姉ちゃん」


「もちろん信じてるよ」


「あっ、ユイ忘れてたです!」


「何をかな?」


「お姉ちゃんの名前を聞いてなかったです」


「あっ、そういえばそうだね。私は赤井愛だよ」


「キレイな名前ですね」


「そう?」


「そうです」


「ありがとっ」


「だそうですよ、お兄ちゃん?」


「なにが?」


「ユイ言ったよ! 名字で呼ばれたらムカつくって」


「ああっ、言ってたな」


「でしょ!?」


「だから下の名前で呼んでるだろ、ユイ」


「はぁ〜っ、子どもですね」


「何だよ! ユイ」


「お姉ちゃんは分かったですか?」


「あっ、うん」


「どういう事? 赤井」


「ほらっ、やっぱり。もういいです。お兄ちゃんの名字は何だったけ?」


「伊良部だよ」


「変な名字。ふんっ!!」


「今日どうしたんだよ、ユイ」


「いつまでも好きでいてくれると思わないで下さいね!」


「嫌いになったのか?」


「ユイは知らない!」


「なんで知らないんだよ」


「お姉ちゃん、もう行くね」


「あっ、うん」


「あっ、忘れてた。アイお姉ちゃん、行くね」


「気を付けてね」


「あっ、そうだ」


 少女は右手を上下に動かし屈むように催促する。そして、両手で口元を隠して赤井の耳に近づける。


「アイ、イラブですね。どんな漢字か今度教えてください」


「んっ?……あっ…………うん」


 少女は二人に背を向け歩き出す。


「行ってきます、お兄ちゃん、あっ! イラブ」


「ったく! ユイの奴」


 伊良部が振り返る。すると、めいいっぱい少女は腕を伸ばし傘を高く上げ、背を向けたまま手を振っている。


 蝶結びの傘袋が彼女の頭に留まり綺麗な髪飾りに見える。それに赤井は思わず口元が緩む。


「行こっか? 赤井」


「うん。あっ……伊良部…………ゆう


「えっ! んっ?………………あぁっ」


「だよっ」


「俺もぅっ、鈍感だな。行こうか? 愛」


「うんっ!」


 歩き出す二人。互いの心が結ばれてゆく。

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