第3話 命の授業
人間のいた教室
佐藤さんが登校して、教室にはいると、いつもの通り一番乗りでした。
まだ誰も来ていません。
佐藤さんはこの誰もいない教室に一番乗りすることが、好きでした。
佐藤さんは、ランドセルを自分の席に置くと、
教室の一番後ろの窓側に設置された檻に向かいます。
「ニンちゃんおはよう」ニンちゃんはやっと起きたくらいでしたが、じっと佐藤さんを見つめました。裸のニンちゃんは、女の子ですが、寒いのかすこし震えていました。
佐藤さんはそろそろみんなと相談して、何か羽織らせないとかわいそうだなと思いました。
今日の餌の当番は山野君でしたがまだ登校していません。
「ニンちゃんおなか空いた?」ニンちゃんは何も答えません。
佐藤さんは自分の席のランドセルを開けると、朝ご飯の時のパンの残りをもってきて、ニンちゃんに与えました。ニンちゃんはすこし躊躇しましたが、そのパンを食べました。うんちとおしっこの処理が大変になるので決められた以上の餌はあげてはいけないことになっていましたが、佐藤さんは自分があげた物を食べるニンちゃんを見るのが好きでした。本当は頭でもなでてあげたいところでしたが、むやみに触るとかみつかれるので、我慢してます。
その時になって山野君が教室に入って来ました。
「あれ、佐藤さん。おはよう。早いね」
「山野君は遅いよ。ニンちゃんがおなか空かしている」
「ああ、ごめんごめん」そう言ってランドセルを置くと、山野君はニンちゃんのところにやっ来て、ニンちゃんのゲージを開けると、ニンちゃんの頭をなでました。
何で山野君はニンちゃんの頭をなでているのか不思議でした。
「ニンちゃんに触って大丈夫?」
「なにが?」
「だって先生が、かみつくって」
「大丈夫だよ。ニンちゃんおとなしいし、佐藤さん、ニンちゃんの頭をなでてあげなよ」佐藤さんは恐る恐る、ニンちゃんの頭をなでました。長い髪が少しべたついていました。少し匂います。
「ねえ山野君」
「なに」
「そろそろニンちゃん、洗ってあげないとかわいそうだね」
「そうか。そうだよね。これでも女の子だからね」
「いやいや雄も雌も関係ないよ」と佐藤さんは言いました。
「そうか」
山野君はニンちゃん専用のロッカーを開けると、ヒューマンフードを取り出し、ボールに入れ、秤で量を計ると、ヒューマンフードの缶詰を開けてボールのカリカリの餌の上に乗せました。ちょっとお金はかかりますが、カリカリの餌だけだとかわいそうとみんなで決めて先生に言って、缶詰をカリカリに上にかけるようにしました。
「さあ、みんな、今日はとっても、とっても大事な授業をします」先生はいつになく真面目な顔をしています。
教室のお友達は、その雰囲気に、ただならぬ物を感じました。
「さて、ここ半年。この教室で飼っている、ニンちゃんについてみんなどう思っているかな」
「先生」
「はい山田隆司君」
「ニンちゃんは、四十三人目のクラスメイトです」
「おい、隆司。この教室は四十一人だから、それを言うなら四十二人目のクラスメイトだろう」
「あっそうか」と隆司くんが頭を掻くと、教室中が笑いに包まれました。
「はい、はい」と先生は手を叩きました。
「静かに。じゃあ、ニンちゃんのこと好きな人」全員が、はいと言って手を上げました。
一人だけ、女子生徒が手を上げないことに先生は気付きました。教室に一番乗りをしている佐藤さんでした。
「はい、佐藤美智子さん。なんで君は手をあげないのかな」指された佐藤さんは、誰よりニンちゃんが好きでしたが、手を上げませんでした。
佐藤さんは本当に賢い女の子でした。学級委員もしています。
「私も、ニンちゃんのことは大好きです。でもニンちゃんは人間で、ゾンビの私達に食べられるための生き物です。好きだけど・・・」佐藤さんは少しだけ涙声になりました。
「はい、座って良いよ。さあみんな、今日先生がみんなに話したいのは、その事です。
昨日の夕ご飯で人間を食べた人、手を上げて」クラスの半分くらいの生徒が手を上げました。
「じゃあ指すぞ。下柳君のうちでは?」
「うちは肉野菜炒めで、人間の肉でした」
「美味しかったかい」
「はい、・・・美味しかったです。山村さんは」
「うちはカレーでした。人間カレー」
「おいしかった?」
「・・・はい」
「みんな、その時に、ちゃんといただきます、ごちそうさまは言ったかな。言った人」三分の二くらいの生徒が手を上げました。
「みんな、いただきます、ごちそうさまの意味は知っているかな」みんな首をかしげます。
「いいかいみんな。いただきますは、命をいただきますと言う意味なんだ。僕らゾンビが生きるために、人間の命をいただきます、と言う感謝の意味だ。ごちそうさまも、僕らのためにその肉を用意してくれた人達への感謝の意味なんだ」教室のみんなは感心したようにうなづきました。
「えー、あした、ニンちゃんを殺して、みんなで食べます」
「えー」と言う教室中から、大きな声が響きました。
「なんでそんな事するんですか。ニンちゃんは僕らの仲間です」
「そうです。私、毎朝ニンちゃんに餌をやりながら、ニンちゃんの頭をなでていたんです」クラスメートの佐山早苗さんは涙をポロポロこぼしました。
するとそれを皮切りに、クラス中から鳴き声や嗚咽が聞こえてきました。
ある子は、ニンちゃんと名前を呼びながら、大声で泣いています。
一通り収まると、先生は毅然と言い放ちました。
「みんなはなぜニンちゃんを食べると言ったら、泣くのかな?」
「ニンちゃんが友達だからです」
「じゃあ、みんなが昨日食べた人間は、なぜ泣かずに食べて、ニンちゃんは泣くんですか?」
みんな、言葉を失いました。
でも、みんなの顔には、友達だからに決まっているからだと、書かれていました。
「先生は、命は平等と思っています。友達だろうが、なかろうが、人間は人間。食べて良い人間と食べてはいけない人間の区別は、ないと思います。だからこそ、僕らは心から「いただきます」を口先だけではなく、心から言わなければならない」そこまで言うと、クラス中からさらに泣き声が聞こえました。先生の言うことに何も反論できないからです。
でもそんな中で、佐藤さんが手を上げて立ち上がりました。
佐藤さんも泣いています。
「先生は、先生は、始めからニンちゃんを食べるつもりで、半年前から飼っていたんですか」今度は、先生の方が言葉に詰まりました。
その通りだったからでした。
思えば、この授業を提案したときに、反対する先生方もたくさんいました。
そんな過激ことをするなんてと、でも先生は負けませんでした。
「その通りです」先生は言い切りました。そしてみんなを見渡しました。
「みんなにとって、衝撃なことなのは先生も良く分かっています。でも先生は、みんなに命の尊さを知ってもらいたかった。僕らゾンビは、人間から命をもらっていると、一時も忘れてほしくない。僕らの命は人間の尊い命の上に成り立っていると。だから感謝の気持ちを忘れてはいけないと、みんなに知って欲しかった」
先生も泣いていました。
そして、もうクラスに泣いていない生徒は一人もいませんでした。
次の日、ニンちゃんは、先生を含めた、四十二人のゾンビに食べられてしまいました。
「いただきます」の声が響いた辺りまでは、覚えていたニンちゃんでしたが、すぐに意識はなくなりました。
最後に同じように「ごちそうさま」の声が響いたことでしょうけれど、ニンちゃんがその声を聞くことはありませんでした。
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ 帆尊歩 @hosonayumu
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