敗北商人の辺境再起物語~辺境の村でスローライフ?~

@Fechi_tarou

敗北商人の辺境再起物語~辺境の村でスローライフ?~


「王宮御用達の札を没収……ですか?」


謁見の間、王座に座る国王の横に立つ宰相の話を聞き

さきほどまで『王宮御用達の商人』だったアーポンは

思わず膝をついた


王宮御用達


その称号はこの国の商人にとって最高の肩書と言って良い

商人を生業とするアーポンもまた、その肩書欲しさに

20数年地道に商売を重ね、ようやく手にしたもの

にもかかわらず……


「没収した札をこの者に渡すと言うのは本当なのですか!?」


商売と言うのは競争だ、アーポン自身他の商人との競争に勝って

ここまで上り詰めた。王宮御用達の札を没収されると言うのは

つまるところ、その競争に負けたと言う事になる


ただ、その負けた相手と言うのが隣に居る20歳にも届かないような

若者だと言うのだ


ちらり、と隣の男を見る


「見た所、服装以外はただの若者にしか見えません。王宮御用達の札を

 与えるような者だとはとても……」


国王の決定に納得できず食い下がるも


「王の決定に不服でも?」


「い、いえ……」


国王に対してそんな事など言えず、こちらを睨む宰相に顔を俯かせる


「この者はこちらの試験を合格した。貴様も受けたものだ、覚えているだろう?」


王宮御用達の札を与えるに相応しいかを見る試験

数年前、アーポンもその試験に合格してその地位を手に入れている


「そ、それでしたら、この者よりも優れた商人であると言う事を

 同じ試験を受けて証明させていただきたく……!」


「ほう、それならこれを見てみろ」


アーポンの提案に宰相は不敵に笑うと、こちらへと近づいて一枚の紙を渡す

おそらく今回の試験で使われたものであろう

指定された武器防具を用意すると言う内容だ。これなら……


「お任せください、2週間頂ければ上質な物を揃えられます」


指定された武具の品質は上質な物だ、戦争とは縁遠い事もあり

この国の武具の品質は上質とは言えない。となれば隣国から仕入れるまで

まさに商人の資質を測るに相応しい試練


「3日だ」


「……は?」


「この者は3日で指定の武具を揃え合格した」


冗談を言いそうにない、いつもの冷たい表情で冗談の様な事を宰相は言う

隣国まで馬車を飛ばしても片道3日は必要

その上武具の仕入れ交渉もしなければならないし、足りなければ作ってもらう

必要もある。道中の安全を確保するために酒場で傭兵の依頼も行わなければいけない

……とても3日で行えるとは思えない


「ご、御冗談を。この街で武具を調達したのでもなければ

 たった3日で揃えられずはずが……」


信じられないと言うようなアーポンの表情を見て、宰相は兵士を呼び

その指示を受けて兵士たちは謁見の間に大量の武具を並べていく

男の用意した品物だと理解したアーポンは、確認するようにその品を手に取った


「し、信じられない……隣国の上質な、いや……それよりも上質に見える」


長年商人として様々な品を見てきた、武具の目利きも自信はある

そんなアーポンから見ても、男の用意した物は確かに上質な物ばかりだった


「もちろん不正は無い事は確認済みだ。さて、何か不満は?」


「いえ……参りました……」


商人としての誇りを砕かれ、アーポンは項垂れた






「はぁ……」


謁見の間を後にして、とぼとぼと自宅へと帰ってくる

自宅へと帰る際、顔馴染みの商人たちに話を聞いてみると

あの男は最近この国にやってきたばかりだと言う

にもかかわらず自分を蹴落とし、王宮ご用達の肩書を手に入れた


(まったく、とんでもない男だ……)


現在も戦争を続けている遠い国では、品質の良い武具も多く扱われていると言う

あの男もそう言った修羅場で腕を磨いてきたのかもしれない

仮にそんな商人競争の激しい地域から流れて来たのであれば

戦争とは縁遠い国で細々と商売をやってきた自分は負けるべくして負け

王宮ご用達の座を奪われたのも当然なのだろう


「はぁ……」


再びため息をつく、これからどうするか

あの男は国から王宮御用達の商人として認められた

と言う事はこの街で今後も幅を利かせていくと言う事になる


謁見の間での出来事を思い出す


商人としての格の差を見せつけられ、なおこの街で商売を続ける

気にはならなかった……






「よう、アーポンの旦那。傭兵の依頼かい?」


「ああ、長旅になりそうだ。暇な傭兵を紹介してくれ」


翌日、傭兵を斡旋している酒場へと足を運び、受付で傭兵の依頼を済ませると

酒を注文して昼間から酒を煽る。自分でも少々やけになっている自覚はあるものの

商人としてのプライドをぼろぼろにされたのだ、飲まないとやって居られない


注文した酒を一杯飲んだところで、酒場で依頼を求める傭兵たちを見る

商人であるアーポンにとって、傭兵は商売道具を守る護衛であり荷物運びで

それ以上の価値は無い。基本的に傭兵はまともな仕事にありつけないゴロツキのやる肉体労働で、知恵もなく商品を乱雑に扱われ叱咤した事も数え切れないほどだ


にもかかわらず、戦争をしている遠方の国ではそんな傭兵は重宝され

大きな財をなす者も珍しくないと聞く


『そういう訳だから、君にはパーティーを抜けて欲しいんだ』


考え事をしているとそんな声に引き戻される

ちらりと隣を見ると、どうやら傭兵たちが話し合いをしている最中らしい

傭兵は金に煩い、大方報酬の取り分で揉めているのだろう

パーティーを抜けろと言った人物は分からないが、言われたであろう人物は

アーポンも分かった


傭兵たちの中で紅一点、静かに酒を飲む女性

褐色の肌に特徴的な長い耳……ダークエルフだ


(傭兵のダークエルフとは珍しいな)


昔からエルフは繁栄の象徴、ダークエルフは堕落の象徴なんて言われて居る事もあり

今でもダークエルフに対して偏見を持つ者は少なくない

それもあって基本的にダークエルフは森を生活拠点としていると言うが

街で生活するダークエルフも居る


ダークエルフと言えば高級娼婦と言うのが一般的な認識だろう

人より優れた容姿を活用した仕事と言えるものの、それは堕落の象徴と言う印象を

強くしてしまっているのは皮肉なものだ


ダークエルフに仕事を選ぶ自由は無い

娼婦を選ばない場合、後は傭兵くらいのものだ


隣で静かに酒を飲むこの女も、その腕を買われて傭兵のパーティーに入っていた

そういうことだろう


「俺たちは今後、国に認められたパーティーとして活動していく

 そんな立場あるパーティーにダークエルフである君は相応しくないと

 国の方からも言われているんだ」


「……同じ事を繰り返さなくても聞こえている」


女はそう言うと飲み終わったグラスを持ち、そのまま席を立つと

受付の方へと歩いて行く。それは了承という意思表示だろう


残された傭兵たちも、女を追い出したのは本意ではないのか

少し気まずそうな様子でそそくさと酒場を出て行った


(辛気臭い話だ、酒も不味くなる)


謁見の間での出来事を思い出し、思わず渋い顔をしてしまう

気分を変えるために運ばれてきた料理を食べていると


「アーポンの旦那、さっきの話だけど暇そうな傭兵はこいつくらいだ」


そう言って受付の男は、先ほどのダークエルフの女を連れて来た

先ほどのやりとりを見れば暇なのは分かるが


「……他には居ないのか?」


と、アーポンは受付の男に確認をする

ダークエルフは魔法を使えない代わりに武器を扱え、屈強な人間の男と同程度には

役に立つと聞いた事もある。とはいえ傭兵のダークエルフを初めて見た

アーポンからすれば、人間の女性と変わらないその細腕は傭兵として頼りなく見える


「女だから不安かもしれないがライラの実力は本物だ、俺より強いぜ」


この場で一番屈強な男は、穏やかな表情でそう言った


「それに、行き先のトウイデ村はかなりの僻地だ。そんな所まで行きたがる傭兵も

 居なくてねぇ。ライラならすぐ準備も出来る」


「……分かった、話し相手くらいにはなるだろう。契約書を持ってきてくれ」


いくら辺境とはいえ護衛もつけずに旅をする選択肢は無いため

そう言われてしまうとこちらとしては頷くしかない


「あいよ!」


そうして、顔馴染みでもある受付の男の顔を立てるため

仕方なくアーポンはライラを雇う事に決めた……






翌日、街を出て変わり映えしない景色を荷物を乗せた馬車は走って行く


大量の荷物を守る護衛はライラという傭兵一人だけ

もし山賊に襲われたらひとたまりもないが、これから向かうトウイデ村は辺境の村だ

馬車の通る道の多くは雑草に覆われていて、その人通りの少なさを教えてくれる

山賊だって暇じゃない、そんな道中を襲う事もないだろう……そう思っておく


「ふぁぁ……」


基本的に旅をする際、村や街に寄って休むが、辺境にあるトウイデ村の道中に

休む場所は無い。あまりやらない野営によりアーポンは寝不足だが

荒れた路面で揺れる馬車はアーポンを眠らせてくれない


仕方なく同じ馬車に乗っているライラを見てみると

寝不足な様子もなく、静かに剣を抱えて外をじっと見ていた


(傭兵としての姿勢は合格だな)


村を出てからずっとそんな調子で、野営の際も周りの警戒を怠らない

ライラとまともに言葉を交わしていないものの、その姿勢は好印象だった


(とはいえ、その力を示す機会は無いだろう)


酒場で話した受付の男は、屈強な体格から分かるように元傭兵で

アーポンも雇った事もありその実力も知っている

だからこそ、ライラの実力に興味はあった


「だ、旦那!野犬の群れですッ!」


そんな事を考えていたからか、馬車の御者が叫ぶと

馬車は大きく揺れて停止する


馬車の正面を見てみると、10数匹は居そうな群れだった


(人も居ないからすっかり縄張りにされてしまっているのか)


一匹なら蹴飛ばして終わりの野犬も、こうも数を揃えられると面倒だ

馬も怯えてしまって進めない


「ライラ、あれを何とか出来るか?」


「ああ」


ライラは答えるとすぐに剣を片手に馬車を飛び出し、野犬の群れへと突っ込む

その行動は一瞬無謀に見えるものの、襲いかかってくる野犬を剣で一匹、また一匹と

切り伏せて行く様を見ると、その心配は杞憂に変わった


返り討ちにあい、敵う相手ではないと理解した野犬たちは森の中へと逃げて行き

それをしばらく見守った後、ライラは剣を納めてこちらへと戻ってきた


「見事な物だな」


「野犬程度に遅れは取らない」


息一つ乱す様子の無い所を見るに、その言葉に嘘は無いのだろう

そんなライラをアーポンはしばらく見て


「……ライラ、その剣を見せてみろ」


先ほどの光景を見て思った疑問を確かめるため、ライラに手を差し出す

ライラはそんなアーポンの手を不思議そうにしばらく見た後

腰に携えた剣を手渡した


「なるほど……こんな古びた剣では野犬一匹仕留められないのも納得だな」


受け取った剣の刀身を見て、アーポンは独り言のように呟く


あれだけ圧倒的に蹴散らしたにもかかわらず仕留め切れていないのは内心

不思議だったものの、それも納得。剣は随分使い込んでいる様で

刀身を触ると切れ味も大分落ちているようだった


「これでよく傭兵をやっているな」


「以前のパーティはそれで問題なかった」


(まったく、どれだけ安い給料でこき使われているんだか)


その確かな実力に反して武器の手入れは素人同然だ

ダークエルフの身体能力を考えれば、武器などおまけなのかもしれないが

それにしても表情を変えず平然と答えるライラにアーポンは流石に呆れつつ

用意してきた荷物の中から一振りの剣を取り出すと


「これを使え」


「……?」


差し出された剣をじっと見つめるライラにアーポンはため息をつき

無理やり剣を押し付けた


「……綺麗」


受け取った剣の鞘に施された装飾にライラは素直な感想を漏らすと

ゆっくりと剣を引き抜く。傷一つないその刀身は光を浴びて輝いていた


「手持ちで一番の上物だ、あんなナマクラとは比べ物にならない」


持っているのは一振りだけではあるものの、品質だけで言えばあの男の用意した

剣にも負けないくらいの物だ


「それはくれてやる、護衛に役立てろ」


「金はないぞ」


「くれてやると言った」


アーポンの素っ気ない言葉に、ライラはしばらく考えるように受け取った剣を

じっと見つめて


「……ア、ありがとう」


とてもぎこちなく、おそらく言い慣れていないであろう『感謝の言葉』に

アーポンはライラと出会って初めて笑みをこぼした……






さらに馬車に揺られ、数日後ようやくトウイデ村へとたどり着く

ライラに剣を渡した物の、幸いな事に賊に襲われるような事もなかった

10数年ぶりにやってきたその村は、当時と変わらない

畑の並ぶ錆びれた村だった


「まずは領主に挨拶をする。馬車は村の入り口で待機させておいてくれ」


馬車の御者に指示をした後、アーポンは荷物を一つ手に取り馬車を降りると

村の中を歩いて行く。護衛のライラを引き連れ畑作業をする人たちに笑顔で

挨拶をすると、村で一番立派な建物の前でアーポンは立ち止まった


「立派な家だな」


「領主の家だ、当たり前だろう……ただ、領主と言っても辺境だからな

 立派さで言えば私の家にも劣る」


昔の記憶と変わらない、古びた辺境領主の家を見てそう評すると

アーポンは家のドアを叩く

少しして開かれたドアの向こうから現れたのは


「どちらさまでしょう?」


アーポンと同年代くらいの女性だった


「領主様にご挨拶をさせて頂きたく参りました、よろしいでしょうか?」


アーポンは笑顔を浮かべ、用意していた土産を見せる


「そうでしたか、遠方はるばるお疲れ様です

 ゾールと申します。現在は私の方で領主代理をしております」


丁寧な物腰でお辞儀をするゾールと名乗った女性を見て

昔の記憶と照らし合わせる


「……あぁ、ゾールお嬢様でしたか。昔、こちらに商売でご挨拶を

 させていただいた事もあります、アーポンと申します」


「アーポンさま……ふふっ、お父様と商売について語り合っていたのを

 覚えています。お互い歳を重ねましたね」


「ええ、まったくです」


上品に微笑むゾールに、アーポンも笑って返す

領主代理だと話すゾール嬢は、昔と変わらずおっとりとした雰囲気で

その笑みも品の良さを見てとれる。長い髪は艶もあり、体つきもすっかり

大人の女性と言った様子で、素朴でありつつもやはり貴族なのだなと思わせられる


それに比べると、商売に成功した事もあり自分はすっかり私腹を肥やした

大人になってしまったなとアーポンは思う


「部屋の方へ案内させて頂きます」


そう言ってゾールは先導するように家の中へと戻って行く

アーポンとライラも一度顔を見合わせた後、続いて家の中へと入って行くも

他に人の気配はなく、家は静かなものだった


「こちらへはどのようなご用件で?」


通された部屋の椅子に全員座った所で、ゾールは領主代理として背筋を伸ばす


「商売をするために、しばらくこの村に滞在させて頂きたいと思いまして」


「はい、構いませんよ」


「……」


そう言ってほほ笑むゾールの快諾により話しは終わってしまい

アーポンは少し困ってしまう


「……と、とりあえずご挨拶の品を」


先ほど見せた手土産をテーブルの上に置いて差し

木箱の蓋をそっと開けて見せる


「まぁ、綺麗な服……」


アーポンが用意したのは、街の貴族御用達の煌びやかな服

もちろん最新の人気も考えて選んだ一品で

貴族に挨拶をする際の定番とも言える品だ


こんな辺境では商人の往来もあまりないため、こう言った物は中々手に入らない

そういう事もあって手土産として外す事は無いだろう


(まぁ、賄賂を渡す前に了承して貰ってしまったが)


昔、今と同じように商売の許可を貰おうとした際も似たような流れだったと思う

そう思うとお人好しと言うか、そういう所は親譲りなのだろう


「ここは商人の方も殆ど来られませんから、こちらも助かります

 それだけではなく素敵な服まで頂いてしまって……」


「商人にとってこれは挨拶の様な物ですから、お気になさらず

 それに、ゾール様に着ていただけるのであれば服も喜ぶでしょう」


「ふふっ、お上手ですね」


口元に手を当ててほほ笑むと


「部屋は空いていますので、良ければここで滞在して行ってくださいね」


「はっ!ご厚意、感謝いたします……」


村の宿などあるか分からないと言う事もあって、ゾールの申し出は

とてもありがたい物だった


「その、ゾール様。つかぬ事をお聞きしたいのですが

 ……使用人はいらっしゃらないのですか?」


貴族にとって使用人の数と言うのは、分かりやすく家の権力を表している

辺境とは言え、昔はいくらか使用人も居たはずだが

今に至るまで一人として見ていない


「……見栄を張り続けるのも大変ですから」


つまり、そんな金は無いと言う事だ


「不躾な事を言ってしまい申し訳ありません」


「いえ……ですから、これは大切にさせていただきますね」


そう言って、ゾールは手土産の服を大事そうに抱きしめた……






「この後はどうするつもりだ?」


ゾールの好意に甘え空いている部屋に荷物を置くと、ライラが訪ねてくる


「そっちの部屋は良いのか?」


「元から荷物は無い」


素っ気ないライラにそれもそうか、と思った所で


「そうだな……しばらくは村でのんびりするつもりだ。ライラ、釣りは出来るか?」


「ああ」


頷くライラを見て、それならとアーポンは荷物の中から釣り竿を取り出す


「のんびりと言う割に、行動はせっかちだな」


そんなライラの指摘に、内心その通りだなと思う

商人は思い立ったら行動、のんびりなどしていたら商機を逃してしまうからだ


「のんびりとは言ったものの、ここでの生活はすぐに飽きてしまうかもしれないな」


不貞腐れていても自分は商人なのだと改めて思い、アーポンは苦笑した






村の近くに流れる小さな川に竿を置き、ライラと二人地面に腰を下ろす

綺麗な水面から見える魚を見ていると、ここしばらくは慌ただしい日々を

送っていたなと思う


(あの男のお陰で、そんな慌ただしさとも無縁になってしまったな)


釣りはすぐに魚が釣れるわけでもない、しかし釣竿を引くタイミングを

見極めると言う意味では、どことなく商機を見極める商人と似ている

そういう事もあり、せっかちだと指摘されたアーポンも釣りは嫌いではなかった


お互いに何か話す事もなくただ釣り竿を眺めている間

隣のライラは釣り竿を引き、魚を釣り上げる……これでもう何匹目だろうか


「……大したものだな」


その見事な腕は、アーポンも思わず褒めるほどだった


「食う物は自給自足だ、慣れている」


「それでは森に居るダークエルフと変わらんな」


「……そうだな」


アーポンの指摘にライラは小さく頷くと、また釣り竿を川へと投げた

会話は終わり、アーポンは自身の釣り竿に手応えを感じて意識を向けると


「チッ、川底に引っ掛かったか」


ライラに茶々を入れたからか、アーポンの釣り針は川底に引っ掛かっていた

仕方なく立ちあがると川の中へと足を踏み入れ……ようとして

生い茂る草に足を取られ、川の中へと滑り落ちた


「くそッ、高い服なんだぞ」


誰に言うでもなく一人愚痴ると、浅い川の水を足でかき分け引っ掛かった

釣り針を外す。そのまま引き返して川から上がろうと草を掴んだ所で

アーポンは動きを止めた


自分の掴んでいる草、その特徴的な形に見覚えがあったからだ


「……上がれないのか?」


水に濡れたままじっと草を見ているアーポンを見て、自力で上がれないと

思われたらしくライラが手を差し出す


「……あ、ああ。助かる」


アーポンはその手を取って川から上がると、一緒に引き抜いた草を改めて見つめた


(この形、どこで見た……?)


商人として記憶力には多少自信はある、それでもぼんやりと覚えている程度と

言う事は、随分昔に見た物と言う事だろう


「怪我でもしたか?」


「大丈夫だ、怪我はしていな……い」


心配するライラに答え、アーポンはハッとなる


「ラシャン薬草……」


記憶と一致する物を見つけ、思わず呟く……と、草の生えていた場所をすぐに

確認して回る。草むしりを始めたアーポンを見てライラは呆れたように


「草むしりをしてどうした?やはり怪我をしたか?」


と心配してくれた


「いや、怪我ではない。この薬草を集めていただけだ」


そう言って、近くに生えていた草の束をライラに見せる


「ラシャン薬草と言っていた」


「お前も聞いた事くらいはあるかもしれない。ラシャン王国で生産されている

 怪我に良く効く高級薬草の事だ。まさかこんな所でこれを見るとはな」


「貴重なものなのか?」


ライラは知らないようで、小首を傾げる


「高級薬草と呼ばれるくらいだからな。これを買う客は貴族などの金持ちや

 兵を抱える国だ。傭兵の稼ぎでは手は出せないだろうさ」


「怪我は唾をつけておけば治る」


「……ダークエルフの治癒能力ならそうだろうな」


(まぁ、ダークエルフにラシャン薬草の凄さは分からないか)


ラシャン薬草なんて名前で呼ばれて高級品扱いされている理由はその希少性にある

元になる草はラシャン王国にしか自生しておらず、他国での栽培を禁じているため

管理も徹底しており草を持ち出す事も出来ない


その結果、ラシャン薬草と言う高級薬草として加工済みの薬草を他国に売ることで

利益を得ているわけだ


「……その高級薬草は、村の売り物ではないのか?」


「意外と聡いな、無造作に生えているのを見るとそもそもこれが薬草だと

 知らないんだろう。それにラシャン薬草は作り方も秘密だからな」


「そうなのか……勿体ないな」


少し残念そうにするライラを見て、アーポンはすぐに商品価値を見出したライラを

ただの傭兵にしておくのは惜しいと思えた


「本来ならな、だが私ならラシャン薬草を作れる」


「なぜ?」


「簡単な話だ、ラシャン薬草がまだ無名の頃、それを広めるために商品として

 扱ったと言うだけだ。もちろん製造過程も確認済みだ」


得体のしれない商品は扱わない、そんな商人としてのプライドを通し

商品の製造過程を確認する事を条件にラシャン薬草を広める一役を買った


「それで作れる訳か、大したものだな」


「商人は記憶力も大事だからな、商売相手の顔を忘れては商売にならない

 ただ、こんな物10数年前に来た時には見た覚えはないな」


(そんなラシャン薬草の元になる草が、こんな辺境の村に自生しているとは……)


そう考え草を眺めていると、近くで聞こえた鳥の鳴き声に再びハッとなった


「……鳥か」


「鳥?どういう事だ」


「鳥は様々な草花の種を運ぶ、この草もおそらく鳥によって運ばれたのだろう

 偶然の産物と言った所だ」


この地域では鳥は女神の使いと呼ばれる事もある、であれば……


「ラシャン薬草で暴利をむさぼるラシャン王国を、女神は面白くないと

 思っているのだろう……これは幸運だな。これを増やせれば良い商売になる」


高級薬草として他国に流通しているラシャン薬草は加工済みの物なので

栽培は出来ない。ただ、こうして元となる薬草さえ手に入れてしまえばこちらの物だ


(必要な材料は用意できる、人手は暇な村の者を雇えば良い

 上手く行けば村の産物として売り出せる……)


村の発展に繋がるとなれば、あのお人好しなゾール嬢も喜んで協力してくれるだろう


「くくっ……」


まだまだ隠居は出来そうもない


思い描くこれからの展望に、アーポンは思わず笑みを漏らした……

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