壊れた原稿
みな
壊れた原稿
俺の名前は斉藤勇也。超名門・海蘭高校三年。ついでに漫画家志望だ。
あの誰もが知る海蘭高校生なのに漫画家志望なんて珍しいじゃないかって? まあそうかもしれない。だけど、俺にとっては、これが一番大事なことなんだ。
漫画家になりたいという夢は、子供の頃からずっと持っていた。最初に漫画を読んだのは、確か小学校の頃だったと思う。漫画の世界にどっぷりと浸り、登場人物たちの感情の起伏や、壮大な物語に心を奪われていった。その瞬間から、自分もそんな物語を作りたいと強く思った。毎月、月刊誌を買い集め、ページをめくるたびに、あの世界に没頭した。
でも、現実は厳しかった。俺の家は、厳格な家庭で、特に父親が厳しかった。父は医者で、母もその道を強く望んでいた。俺が医者になることを期待して、ずっとそれを繰り返していた。正直言うと、最初はその期待に応えようとして、医者を目指して勉強していたんだ。でも、心の奥底ではいつも漫画家になるという本当の夢が消えずにいた。毎日、机に向かって勉強するたびに、その気持ちは大きくなっていった。
そのため、海蘭高校という名門に入学したとき、周りの期待に押し潰されそうになりながらも、心の中でだけは漫画家という夢を捨てなかった。海蘭高校の厳しい勉強環境に流されることなく、俺は一度も自分の本当の気持ちから目を背けたことはなかった。
でも、現実はやっぱり厳しかった。漫画家志望と言っても、俺は絵が得意なわけではなかった。だから、俺がやっていたのは、ストーリーを考えることだ。ネームという、簡易的な漫画の下書きのようなものを描いて、それを木崎晴人に渡して、彼が絵を描いてくれるという形だ。
晴人とは、高校の美術部で出会った。彼は海蘭高校でも目立つ存在だった。長身で、髪を茶色く染めて、体育会系の雰囲気を持った、いわゆる陽キャの典型的な奴だ。俺とは違って、晴人はどこに行っても注目を浴びて、クラスの中心にいるような存在だった。彼が漫画に興味があり、作画を担当してくれると聞いた時、俺はとても喜んだ。
それからというもの、俺たちは放課後に集まり、漫画のネームを作り、晴人がそれに絵を加えていった。最初はお互いにあまり信じられなかったけれど、次第に互いに信頼するようになった。晴人の絵が、俺の思い描くストーリーに命を吹き込んでいく感覚は、今でも忘れられない。
しかし、それだけではうまくいかなかった。二人で何ヶ月もかけて作った漫画を出版社に持ち込むチャンスを得たとき、俺たちは手を取り合って喜んだ。しかし、その喜びもつかの間、編集者との面談は俺たちにとって思っていた以上に厳しいものだった。
その日、俺たちは一番大事な原稿を編集者に見せるために出版社に足を運んだ。俺たちがドキドキしながら待っていると、やがて担当編集者が現れ、俺たちにその原稿を渡した。
編集者は黙って漫画をパラパラとめくりながら、時折頷き、時には眉をひそめていた。その表情に、俺たちは次第に不安を感じ始めた。
「うーん……悪くはない。悪くはないんだが、どこか人を惹きつけるものがないな。絵はすごく魅力的なんだけど、話がね……」
その言葉で、俺の心は一気に冷めた。どれだけ努力しても、どれだけ時間をかけても、どうしても評価されない。そんな気持ちが胸に込み上げてきた。
「…話が薄い。」その一言に、俺は呆然とした。何ヶ月もかけて作り上げたストーリーなのに、それが「薄い」だなんて…。編集者の言葉が重く、深く胸に刺さった。
「とりあえず、この原稿は賞には出せないよ。別の作品を持ってきてくれ。」
その言葉は、まるで雷に打たれたような衝撃だった。これまでの努力が無駄だったのかと、心の中で何度も繰り返していた。
晴人は、俺の肩を叩きながら、強く言った。
「いや、俺はお前の話すごくいいと思うよ! 編集の見る目がないだけだって!いつも感謝してる!ほんまありがとう!」
その言葉に、少し驚きながらも、俺は何か救われた気がした。晴人は、俺を信じてくれている。こんな状況でも、俺の話を否定せず、前向きな言葉をかけてくれる。そう思うと、なんだか泣きたくなった。
「ありがとう、晴人……」
だが、すぐに現実が俺を襲ってきた。数日後、返ってきた成績表を見て、俺は一瞬、目を疑った。
実力テストの結果は、中の下。全然良くなかった。漫画に没頭していたせいだろうか、あまり勉強に時間を割けなかった結果がそのまま反映された。
その日、教室で過ごしていた時、何気なく窓の外を見ると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「木崎、すげえなあ!」
俺が顔を上げると、黒板に張り出された順位表の一番上に、晴人の名前が書かれていた。周りの友人たちがその名前を見て、「お前、すげえな!」と声をかけているのが聞こえた。
晴人は、まるで自分が努力などしていないように、いつも軽く「まぐれだ」なんて笑い飛ばしていたが、その姿を見て、俺はふと嫉妬を感じてしまった。どうしても、俺は晴人のようにはなれない気がして、苦しくなった。
その夜、家に帰り、自室でうつむきながら勉強していたが、母親が部屋にやってきた。
「ちょっとあんた、待ちなさい」
「何?」
「何この成績?」
「…ああ、ちょっとね」
母親は険しい表情で、俺を見つめていた。その顔を見て、俺は心の中で恐れていた言葉が出てくるのを覚悟した。
「あなたはお父さんと同じようにお医者さんになるんだから、こんな成績じゃ医学部に行けないでしょ。何考えてるの?」
その一言が、俺の胸に深く突き刺さった。漫画家になりたいという自分の思いは、母親にとっては「夢」でしかない。それが現実的な選択だと思われているのだと、改めて感じた。
「でも、俺には漫画が……」
「何言ってるの!そんなバカな夢は捨てて現実を見なさい!」
その言葉を耳にした瞬間、俺はそのまま部屋を飛び出したくなった。漫画家になるという気持ちを捨てることなんて、できるわけがなかった。
その夜、俺は一晩中眠れなかった。部屋の隅に置かれた漫画の原稿が、俺の目の前にちらついていた。母親の言葉が、頭の中でぐるぐる回っている。医者になることが、果たして本当に自分の望む道なのか? それを考えると、どこか腑に落ちない自分がいた。
「漫画家になりたい」──そんな夢を追い続けて、いったいどれほどの時間を無駄にしてきたのだろうか。漫画を描くことが俺にとっての全てであり、だからこそ、あんなに何度も何度も努力してきたのだ。その努力が、今の自分を作り上げたのだと思っていたのに、母親にはただの「夢物語」として片付けられてしまう。
心の中で決めた。もう一度、しっかりと自分の道を歩んでみよう。何があっても、俺は漫画家になりたい。それを諦めてしまったら、きっと一生後悔する。何があっても、自分の本当にやりたいことをやるべきだ。
翌日、いつものように学校へ行った。いつも通りに友達と談笑し、授業を受け、放課後に美術室へ向かう。だけど、今日は少し違う。以前の自分とは違う気持ちで、歩いていた。今までのように、他人の期待に応えようとするのではなく、自分の心に従うことを決めたからだ。
その日の放課後、部室に入ると、美術部1年の水上がちょうど帰ろうとしていた。
「先輩、今日もネーム描いてるんすか?」と、いつものように明るく声をかけてきた。
俺はその顔を見て、ふと気づいた。水上は、俺がずっと抱えていた「我慢」の部分を、見抜いていたのかもしれない。先日、初めて作品を見せた際に、「先輩は我慢しすぎてる」って言った水上の言葉が、ずっと頭の中で響いていた。あれは、ただの冗談じゃなかった。
「うん、今日はちょっと真剣に描いてみるよ」と、俺は決意を込めて言った。
水上はにっこりと笑った。「頑張ってください、先輩!僕も応援してます!」
その笑顔が、俺を後押ししてくれた。俺は、自分のやりたいことをやろうと決めた。それがどんなに遠回りに思えても、もう他人の期待に沿って生きるのはやめる。
だが、決意を新たにしても、すぐに現実は俺を試すようにやってきた。あの後、晴人から届いたメールを見たとき、俺の心は完全に打ち砕かれた。
タイトルは「ゴメン」だった。
何だ……??と思い、恐る恐るメールを開くと、以下の分取尾が送られてきていた。
「本当にごめん。謝らなきゃいけないことがある。実はお前に黙ってこっそり編集に俺だけ呼び出されて、次回からはお前がストーリーから全部作ってこいって言われたんだ。だからもうお前とは組めない。本当にごめんな。」
メールの内容が理解できた瞬間、頭の中が真っ白になった。あの時、晴人が直接俺に言わずにメールで伝えてきた理由はなんだろう? 何もかもが冷たく、唐突で、正直、納得できなかった。
その一言が、俺を本当に孤独にさせた。俺たちはずっと一緒に頑張ってきた仲間だと思っていた。それなのに、こんな形で別れるなんて…。
「なんでこんな形で……」
俺は椅子に座り込んだ。目の前が暗くなり、何も見えないような気がした。晴人に裏切られたのは、痛み以上に、心の中でずっと信じていたものが壊されたような気持ちが強かった。
―そして、数か月後、晴人がストーリーから作画からすべて担当した作品が月例賞で大賞を取った。
数日後、俺はまた一つ決意を固めた。晴人の代わりに、今度は自分の手で絵を描き、ストーリーを形にする。もちろん、晴人のように上手い絵は描けない。だが、それでも俺には自分だけの絵がある。それを使って、どんな小さな一歩でも踏み出さなければ、何も始まらない。
その夜、俺は一気に原稿を書き上げた。徹夜して何日もかけて描き上げた作品は、晴人に頼ることなく、自分一人の力で作ったものだった。内容は、俺自身の物語だった。天才に見捨てられた、哀れな漫画家志望の凡人の話だった。
「これで、少しでも前に進めたらいいな」と、俺は深呼吸をしてから、完成した原稿を水上に見せることにした。
「先輩、これ、すごく良かったっすよ!」水上は満面の笑みで言った。
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に込み上げてきたものがあった。自分の思いを込めた作品が、誰かに届いた。それがどれほど嬉しかったか、言葉では言い尽くせないくらいだった。
「ありがとう、水上。君に見せてよかった。」俺は、目に涙が浮かびそうになるのを必死でこらえた。
水上は、またにっこりと笑って言った。「先輩が描きたいもの、しっかり描いていけば、必ず誰かが共感してくれますよ。」
その言葉が、今でも心に深く残っている。
その後、俺は何度も作品を作り続け、ネットに投稿していった。まだまだうまくいかないことも多いし、挫けそうになることもあった。でも、今はもう「諦めない」という強い気持ちを持っている。
晴人との関係は、正直言って今も複雑だ。だが、もう過去に執着することはない。俺は俺のやり方で、漫画家という夢を追い続ける。誰かに理解されなくても、見捨てられたとしても、俺はこの道を歩み続ける。
「自分を信じて、前に進んでいこう。」──その言葉を胸に、俺は今日も新たな漫画を描き始める。
これが、俺の本当の物語だから。
壊れた原稿 みな @minachancute
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