壊れた原稿

みな

壊れた原稿

 俺の名前は斉藤勇也。超名門・海蘭高校三年。ついでに漫画家志望だ。

 あの誰もが知る海蘭高校生なのに漫画家志望なんて珍しいじゃないかって? まあそうかもしれない。


 漫画家志望と言っても、俺が担当しているのはストーリーのみだ。ネームといって、簡易的な漫画の下書きのようなものを書くところまでが担当だ。

 俺の相棒、同じ高校の木崎晴人が、漫画の作画を担当している。


 俺たちは中学校の美術部で出会った。その頃から漫画家という夢を共にし、タッグを組み、そして誰もが知る海蘭高校に共に合格した。(そう、リアルバ◯マンである。)

 俺たちには担当編集も付いていて、今日は担当に漫画を見せに行く約束の日だ。


 担当編集者は漫画をパラパラと見ながら、小さく唸った。

「うーん……」

 早速の雲行き怪しい返事に、俺たちは少し身構えた。


「いや、悪くはない。悪くはないんだが、どこか人を惹きつけるものがないな。いや、絵はすごく魅力的なんだけど、話がね……」

 ーは、話……。俺の責任だ。

 俺たちは顔を見合わせた。


「とりあえず、この原稿は賞には出せないよ。また別の作品を持ってきてくれ」

俺たちはがっかりして出版社を後にした。



「いや、俺はお前の話すごくいいと思うよ! 編集の見る目がないだけだって!いつも感謝してる! ほんまありがとう!」

 晴人はそう言って俺を慰めてくれた。


「そ、そうかな……」

「絶対そうだって! それに、俺がお前を見捨てるようなことは絶対にないから信頼してくれよ! 俺たちは二人でビッグドリームをつかむんだらな!!」

 そう言って微笑む晴人に、少し安堵感を覚えた。



 数日後、以前行われた実力テストの結果が返ってきた。

 俺の成績は中の下。あまり良い出来ではなかった。おそらく、最近漫画に集中しすぎてあまり勉強していなかったからたろう。


 成績表をしまい、俺が教室で意味もなく窓の外を眺めていると、どこからともなく声が聞こえてきた。

「木崎、すげえなあ!」

 顔を上げると、黒板に張り出されている順位表の一番上に、晴人の名前があった。

「いや、まぐれだって笑」

「お前はいつもそういう言うよな笑」

 晴人は友人に囲まれ、尊敬の声を浴びていた。

 俺はそんなやりとりを横目で見ていた。


 晴人―木崎晴人は、髪を茶色く染めていて(自由な学校なので校則的には一応オッケーらしい)、運動部にいそうな、いかにも陽キャといった感じの奴だ。成績もトップクラスだ。

 そんな奴が俺と同じ美術部にいて、中学時代からの俺との夢を叶えようとしてくれてるのだ。感謝するしかないじゃないか。俺はそう自分に言い聞かせた。


 家に帰ると、部屋に入ろうとしたら母に呼び止められた。

「ちょっとあんた、待ちなさい」

「何?」

「何この成績?」

「あ……」

 どうやら、呼び止めた理由は、前回の実力テストの件でお怒りであるからなようだった。


「あんたはお父さんと同じようにお医者さんになるんだから、こんな成績じゃ医学部に行けないでしょ。何考えてるの?」

「で、でも俺には漫画が……」

「何言ってるの! そんなバカな夢は捨てて現実を見なさい。」



 入学した当初は、俺も晴人も成績はそう変わらなかったはずだ。(それどころか、俺の方が少し上で入学した気もする。俺たちは海蘭高校を上位で合格したのだ。)

 それが現在はこの体たらくだ。

 何よりも、親に何も言い返せなかった自分自身が一番惨めだと思った。



「先輩、何書いてるんですか?」

「わっ」

 美術部の部室でネームを切っていたらいきなり後輩に話しかけられた。

 こいつは一年の……水上だったか。


「へぇ……漫画描いてるんですね、先輩」

 俺は奴に自分達が漫画を描いている、という話をした。

「原稿見せてくださいよ、先輩」

「いいけど……。誰にも見せるなよ」

 俺は水上に前に編集部に持っていた原稿を見せた。


「うーん、なるほど……。確かに絵はいいけど話は平凡でつまんないですね笑」

「お前、先輩に向かってな……」

 水上は、すみません、と舌を出して笑った。

「僕には先輩はどこか我慢しすぎてるように思えますけどね。先輩の本髄はこんなもんじゃないっていうか。」

「……。」

「まあ、また何かできたら見せてくださいね!」

 そういって奴は去っていった。


 我慢しすぎている、か……。

 奴の発言がどこか腑に落ちたような気がした。



 それからというもの、俺は水上と仲良くなり(なぜかタメ語で話しかけられる仲になり……)、ネームを晴人よりも先に水上に見せるようになった。

「うーん。やっぱり前言った通りだね。どっか我慢しすぎてて、そのせいで平凡になっちゃってるっていうか?」

「うーん、そうか……」


 我慢しすぎている。

 まるで俺の人生じゃないか、と思った。

 漫画家になりたい夢を持ちながら、親の医師になってほしいという希望を叶えるために勉強も頑張ってきた。そして、いつしか、自分を見失っていた。


 そんな時、ケータイが鳴った。

 画面を確認すると、晴人からのメールだった。件名は「ごめん」。

 ―なんだ……?


 恐る恐る開けてみると、次のような内容が書かれていた。

「本当にごめん。謝らなきゃいけないことがある。

実はお前に黙ってこっそり編集に俺だけ呼び出されて、次回からはお前がストーリーから全部作ってこいって言われたんだ。だからもうお前とは組めない。本当にごめんな。」

 は……?

 俺は一瞬内容が理解できず頭の中が真っ白になった。

 ……そもそもこんな大事な内容を直接じゃなくてメールで伝えてくるなよ。

 大事なのはそこじゃないと思いつつも、そんなことしか頭に浮かばなかった。



 そして、数ヶ月後、晴人の次の作品、ストーリーから作画から何から何まで全て奴がやった作品が、月例賞で大賞を取った。



 俺は徹夜して何日もかけて原稿を書き殴った。「天才」である、信頼していた相棒に、編集に、裏切られたみじめな漫画家志望の凡人の話だ。

 数週間して、短い漫画が出来上がった。晴人よりもずっと下手くそな絵で、だけど自分の絵で、この作品を完成させたのだ。


 俺は早速水上に作品を見せることにした。

「……うん。すごくいいよ」

 俺はその言葉を聞いて、涙が込み上げてきた。

「……これからは全部自分で絵も描いて、ネットに作品をあげ続けることにするよ」

「……うん。そうだね。君にしか書けないものを書いてよ。」

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壊れた原稿 みな @minachancute

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