第3話 キャンプという択
家を出て森を歩む。
方角は北東、王国に入って街道まで出たら東へ進むルートにした。
真東へ道無き道を直進するルートもあるが、緑生い茂るだけの景色は飽きてくるためなしだ。
南東へ連合国内を進む選択肢もあるが、こちらは大きく迂回することになり、さらに時間がかかるためなしだ。
そういうわけで王国方面に進んでいると、でっかい熊と蜂が戯れているのに遭遇した。とは言え、そこからはまだ距離はある。
熊の方はグリズリー系統の魔物だろうか。蜂の方はたぶんハニービー系統の魔物だと思う。それぞれいくつか種があるのは知っているが、どれがどれに当てはまるのかは知らない。
魔物に関する図鑑には、それぞれの身体的特徴や生態、危険性に加えて、素材になる部位やその価値、あるいは食材になる部位やその価値などなど、その他あらゆる情報が記述されている。しかし、そこに付随する絵図の全てが精巧であるとは限らない。比較的、危険度が低く遭遇率が高い魔物などは、死体の状態が綺麗であったり、研究目的で生捕りされたりということがあるため、詳細に描かれる機会がある。一方で危険な魔物や希少な魔物は、そうした観察できる状態にあることがないに等しいため、伝聞や想像から模した絵図となることがほとんどである。
そのような理由から、おおよそ魔物の見当は付くがそれが正解かは不明なのだ。
まあ知らなくても困りはしないので、熊と蜂だと認識できていれば十分だろう。
思いの外、愛くるしい見た目をしているなとしか思わないし。
「目が血走っててもかわいいのなんなん。」
そんなことより熊と蜂が戯れているそこには、絶品であろう蜂蜜が見え隠れしている。
「遊んでいるところ悪いけど、貰うねそれ。」
「"shift"」
その言葉から一拍遅らせて、蜂の巣の方向へ腕を伸ばし指を鳴らす。
もちろん言葉も動作も不要なのだが、なんかかっこいいからやっておくのだ。
これは"active ability"のうちの1つ。対象を転移できる能力である。条件などは特になく、座標を指定すると正確性が増すくらいだろうか。
そうして、目の前に蜂蜜だけが現れる。
そのままでは地面に落下してしまうため、すぐさま虚空を展開する。
この時ばかりは言葉を発する暇もなかった。
...かっこよくなくて残念である。
それはさておき、蜂さんから蜂蜜を強奪、もとい分けてもらったため早々にずらかるとする。
幸いなことに熊も蜂も気づかずに戯れ続けていたため、悠々と歩いて撤退できた。
そんなこんなで歩みを進め、ワイバーンが騒いでいる真横を通り抜けたり、昼寝していたグリフォンを撫で回したり、襲ってきたウルフ系統っぽい魔物を駆除したり、崖を飛び降りてショートカットしたりと、とにかく直進し続けた。
そうして日が暮れてきたところでようやく足を止める。普通なら既にキャンプの準備を進めているところだろうが、何にせよ独りなのだ。キャンプしてもいいししなくてもいいのだ。
キャンプには風情があっていい面もあるが、なにかと面倒なのだ。襲いくる魔物の対処も、風呂に入れないのも、寝心地が悪いのも。
趣か快適か、天秤に掛けると刹那で傾く。
よし、帰ろう。
「"shift"」
能力を使い帰宅する。
明日起きたら元の位置に戻ればええねん。
キャンプという選択肢は今後も恐らくないのだろう。
まごうことなきパン屋でいたい ぽどろ @podromos
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