第2話 便利だからよし


目的地の中立自由都市ブルクまでは、直線距離にして約2000kmある。道のりなら当然それ以上なわけで、まあ考えたくもないくらい遠い。順調に進むと仮定して、馬車で1ヶ月半ほどだろうか。


こんな辺境に馬車などあるわけもなく、利用するのなら最寄りの村まで行く必要があるが、そこまでそもそも200kmくらい離れている。しかもそこから出る馬車は定期便ではない。村に住む人々からすればそれでも十分に便利な存在なのだろうが。


そんな馬車を利用するのか。

否。

あんなものただでさえ尻が痛くなるらしいから乗りたくないのに、それがいつ乗れるかもわからないときたら尚更である。


ではどうするか。

歩くのだ。

2000km以上の道のりを。


そもそも200kmほど歩くことが確定している時点で、あとはもうノリと勢いである。


何日かかるのかなあ...。


実のところ、もっと時短できる方法はある。

だがしかし、万が一の辻褄合わせのために歩くのだ。そう、友人ができて話題に上がった時のために。

友人ができるかどうかは知らん。希望的観測だがそれでいいのだ。そうならなくても歩くことに価値があるのだ。


なんか趣あるかも知れないし。

そう、趣だよ趣。




...飽きたら時短しよう。





そんなこんなで家を出た。


装いは、アイボリーのクルーネックシャツ、カーキグリーンの裾までゆったりしたジョガーパンツに黒いスニーカー。そこに、黒いオーバーサイズのアノラックパーカーと、全体的にダボっとしたスタイルだ。

普段着かつ一張羅である。

暖かいときはパーカーを脱ぎ、パンを焼くときは黒いエプロンを着ける。

あとは、気温によってシャツが長袖か半袖かの違いくらいだろうか。


ちなみに全て、迷宮から出土する迷遺物と呼ばれるものである。

自浄作用と自動修復機能、快適温湿機能が付いているらしい。なんちゃらかんちゃら言うそれぞれの名称も含めて、付属の説明書に記載されていた。

至れり尽くせりである。



この世界に存在する迷宮というのは、多くの魔物が存在し非常に危険である反面、迷遺物が出土したり、鉱物を採掘できたり、植物を採取できたり、食用動物がいたり、魔物そのものも素材になったりと、正に宝の山である。

そのため、迷宮が存在する付近には街が造られ、そうした資源を求めて冒険者や商人が集う。

迷宮によって採れる資源が異なるため、一つの迷宮に冒険者が偏るといったこともない。

こうした背景から、迷遺物もかなりの数が世に出回っているのである。


ちなみに迷宮から出土するお宝を迷遺物と呼ぶのは、いつの時代か不明な、過去に存在したであろう文明の遺物が、迷宮に迷い込んだがために真相までも迷宮入りしてしまった、という考古学的見解からだそうだ。


...駄洒落か?

そういうことしちゃうのは、心はおじさんな天才美女って相場が決まってるんだよな。知らんけど。



それはさておき、そんな迷遺物を見に纏ってはいるものの、手荷物はない。

なにもかも、全て収納してあるのだ。

迷遺物で......はなく、己の能力で。



この世界には、魔法やら魔術やらスキルといったなんかすごい力が存在する。


魔法とは、体内の魔力を消費し、超常の現象を発現させるものである。

魔術とは、体外の魔力を利用し、超常の現象を発現させるものである。

詠唱や魔導陣など何かしらの術式を介して魔力に干渉し、操作し、構築し、変換し、発現させるのだ。

ただし、魔術であってもその起動には体内の魔力が必要となるが。


このように大きく異なるのは魔力供給源くらいで、似通った存在であることから、魔法と魔術は総称して魔導とも呼ばれる。


また魔導には、属性というものが存在し、それとの相性には個人差がある。

そのため魔法や魔術の習得難度はこれに依存する。

一般的には、同じ属性ならば魔術の方が難しいとされており、魔法が使えるものを魔法使い、両方を使えるものを魔導士と呼ぶ。

中には、魔導士ではあるものの、魔法がアイデンティティの者は魔法師、魔術がアイデンティティの者は魔術師と自称する者も存在する。



スキルとは、魔法や魔術のみならず、剣術や槍術などの戦闘技術、薬師や鍛冶師など職業技能、料理や掃除などの生活技能、そうしたありとあらゆる技がスキルとして昇華されたものである。

スキル化したものは、極僅かな体内の魔力を代償に、その成功率や効果、速度、強度などに補正が乗るようになる。


また、例えば料理スキルを獲得した場合は、料理の過程その全てに補正が乗るが、調味スキルのみ獲得した場合は調味のみに補正が乗る、といったようなスキルの互換性も存在する。



ちなみに、俺はそのなんかすごい力の根源となる魔力を持っていない。

故に、魔法も魔術も使えるわけがないし、スキルを獲得することもできない。おまけに魔導具とかいう便利グッズの恩恵に与ることもできない。

ままならないものである。



では、俺の能力とはなんなのか。

説明はできない、というかよくわからん。

魔力に依存しない異質な力とでも言おうか。

なぜそんな力を使えるのか、使えることがわかったのかもわからない。

それを知ろうというつもりもないが。


なんか便利でいいじゃんって思ってる。


そのよくわからん力を能力と勝手に呼んでいるのだ。


能力は大きく2つに分類される。

常時発動タイプと、それを便利に使えるように機能を選択し構築した任意発動タイプだ。

便宜上、前者を"passive ability"、後者を"active ability"と名付けている。


そして今回、荷物を収納している能力は"active ability"のうちの1つ。


「小腹が空いたしパンでも食べるか〜」


「"void"」


能力名を口にして、掌をかざした方向に虚空を展開する。

虚空内は時間経過がなく、無限に空間が広がっている。鞄代わりによく使う便利機能だ。



実のところ、言葉も動作も不要だ。

でも気分が良いときは、なんかかっこいいからやるのだ。


そうして虚空に手を入れ、たぶん、おそらくきっと昨日焼いたであろうパンを取り出す。


...別に昨日のパンじゃなくてもいいのだ。どうせ時間止まってるし。

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まごうことなきパン屋でいたい ぽどろ @podromos

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