まごうことなきパン屋でいたい

ぽどろ

第1話 旅立ち

ここは大陸べネルニア。その西の辺境に位置し、王国との国境沿い、一応は連合国に属する渓谷から僅かに海へはみ出た岬。村でもなければ、集落もなにもない地だ。


岬の先端、崖際まで足を運ぶ。

ただ一羽、風を浴び帆翔し滑翔する海鳥に目を奪われ感嘆する。

その優雅さと自由さに想いを馳せ、水平線目掛けて叫ぶ。

「ついに!ようやく!この日が来た!!!」



5歳の時に祖父母が亡くなり、それ以降はひとり暮らしだった。

両親は知らないというかおそらくいない。そうした話題が起こることもなかった。

気遣い故か、気にも留めなかったのか。それをもう知ることはできないが。

しかしよくよく考えてみると、亡くなった当時の祖父母は共に95歳で、明らかに離れすぎているのだ。2世代続けて遅くにできた子、という可能性も否定できないがまあそれはないだろう。

要するに、捨て子だったのを拾って育ててくれたのだろう。90歳にもなるのに。


5歳から10年間ひとり暮らしができたのは、己の持つ能力によるところが大きいが、祖父母との思い出からなる将来の夢というのも、精神面では大いに支えてくれた。


つまるところ、祖父母に大感謝だ。


ちなみに将来の夢というのは、パンを焼き、読書を趣味に暮らすことだ。祖母が作ってくれたパンの味と祖父の趣味を引き継ぐのだ。そしてできることなら、少しでも多くの人に思い出の味を共有したい。まじ美味いんだよあれ。



だから今日、この地を旅立つ。


ついに夢を叶えるときが来たのだ。



祖父母が遺してくれた家を出る寸前、意気揚々と独りごちる。

「準備よし!忘れものなし......たぶん...まあ忘れててもなんとかなるか!」



目的地は、大陸中央に位置する"中立自由都市ブルク"。

そこは商業都市、学園都市、迷宮都市などの別名でも呼ばれるように、議会制民主主義、自由経済、最先端の研究教育機関、大陸最大級の迷宮などの特色がある。また中立都市であることから、大陸中から人々が訪れる。

そして当然、そこに集う商人も職人も学生も研究者も冒険者も最高峰の実績や才能を有し、人材の宝庫でもある。

そうした人材や彼らが産み出す成果を求めて、またさらに人が集まる。その連鎖で、人も物も潤っている都市なのだ。


この地を選んだのは、身分が明確でない者でも不動産を購入できること、税の負担が少ないことなどが理由である。

また大陸中の人々が集うというのも都合が良かった。

不動産の購入にはもちろん条件があって、その一つが成人していることだった。

今日まで待ったのはこれが理由で、15歳になってようやく条件をクリアしたのだ。



「いざ行かん!パン屋への道!!!」

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