第36話 心の寿命

 * *


 失われていた記憶が蘇ったところで、海斗や美咲の声が聞こえてきた。気を失っていたのだ。しかし当時の俺たちは何て短絡的だったのだろう。生きていなければ意味が無いのに。それなのに、全てを勝手に自分のせいにして償おうとした。楓が自分を主犯だと言っていたのは薬を持ってきたのが楓だったからか。そして俺が皆より記憶を多く失っていたのはきっと追加した一粒が原因だろう。飛び降りた栞も薬で死のうとした俺たち五人も、六人全員命を取り留めていたのは本当に奇跡だったと思う。美咲の言う通りこれは思い出したくない記憶だ。けれどいつかは思い出さなければいけなかった記憶でもある。

 

 眩しさに慣れてようやく目を開けることができた。その瞬間に美咲の透き通る声が耳に飛び込んでくる。

 

「あ、壱希起きたよ!ねえ大丈夫……?」

「だ、大丈夫。」

「ごめん、私の言葉がトリガーになっちゃったよね」

「そうかもしれない。でもありがとう。正直思い出せないものって諦めてたから」

 楓の言葉のおかげで今まで思い出せる気もしなかった記憶が全て呼び起こされた。感謝しかない。

「それで、どのくらい思い出せたの?」

「多分全部。中学に入ってから俺たちの関係が歪んでいって、それから自殺未遂するに至るまでの出来事全部思い出した。」

「そっか、それは良かった」

 

「俺たちも壱希が意識失ってるうちに色々話して思い出したんだよ」

 颯がそう言った。海斗も隣で頷いている。

「でもこれからはそういう過去とか全部取り払ってやっていかなきゃね。」

「そうだな、この世界に心を持ってる一般人は俺たちしかいないんだから」

「全くおかしな話だよ」


 栞は学校の屋上から飛び降りることを直前になってやめようと思ったこと。しかし強風に煽られ転落、奇跡的に一命を取り留めたものの重症を負ったこと。俺たち五人が薬を服用した後、行方不明のニュースを見て真っ先に秘密基地へ駆けつけるが案の定俺たちは冷たくなって倒れこんでいたこと。その様子を見て自分のせいだと思った栞は責任を取ろうと薬を手に取ったが、その瞬間足音が聞こえたこと。そこで出会った男によってPMO、過去管理機関に入れさせられたこと。そしてそのPMOこそ並行世界を作り上げ、人々を元の世界から移すプロジェクトを行った組織であったこと。栞はPMOの初期の方のメンバーとしてかなり多くの役割を任されており、権限もそれなりにあったそうこと。おかげで俺たちがこうして記憶を残したままこちらの世界に来ることができたということ。栞から話されたそれらの内容は本当に現実離れしていた。

「……なんか、栞。とんでもないことやってない、?」

「俺も流石にこんな怒涛の人生聞いた事ねえよ」

「そうかな……でも、そうするしかない。をずっと積み重ねてきた結果でしかないんだよね。私もこうやって皆に話して初めて、自分でも信じられないくらいの人生だったんだなって思った」

「それにしてもすごすぎでしょ、ほんとに」

 見事に栞の濃すぎる内容に面食らった俺たちは、すごい。やばい。というような言葉しか口に出せなかった。

「だけど皆を私の勝手な正義感に巻き込んじゃって申し訳ないなとは思ってるの」

「え?何でそんなこと言うのよー」

「……だって皆この世界来て正直絶望したでしょ」

「そ、……」

 美咲が栞を庇おうとしたが、後が続かなかった。他の四人もその問いかけをきっぱりと否定することは出来なかった。

「いいんだよ、気遣わなくて。」

 栞も俺たちと同じ気持ちなのだろう。何か変えられると思ってとった行動で何も変わらなかった絶望は計り知れない。

「ごめんね栞。確かに正直なところ私はこの世界が怖い。皆心を失っていて、でもどこかからずっと監視されていて。何をすればいいかも分からないし、このまま死ぬまで窮屈な肩身で過ごさなきゃなのかなって考えるとそれだけで寒気がする。」

 楓がか細い声でそう言った。

「一週間しか経ってないのにこのストレスだもんな」

「んー、これからどうしよっかね」

 

 結局その日は朝食だけ食べて解散となった。しかし夜になって美咲から六人のメッセージグループに連絡があった。監視の目が強くなってきているとのことだった。海斗、楓、颯も同じことを感じたらしい。実際に俺もそうだった。どこからか目線というか見られている感じがする。しかしいざ視線を感じた方向を向くと何も異常は無いのだ。昨日美咲と楓が言っていたことがようやく理解できた気がした。

「もうバレてるのかも」

 六人で繋いだ通話の中で栞はそう言った。

「え、それってもしかして朝言ってたPMOに?」

「……うん」

「やっぱり俺たち指名手配犯だったかぁー」

「向こうは証拠こそ無いけど、私たち六人のことをマークしてると思う。私なんてめちゃくちゃ顔見知りだし、一度見つかったら操作網から外れるのは相当大変なんだろうなあ」

「それって、もし捕まったらどうなるんだよ?」

「殺される」

「ま……」

「冗談ではないよ、私二回銃口突きつけられたことあるから」

「ここ日本だろ?そんなの許されるのかよ……」

「ここは並行世界なの、もう法治国家じゃない」

「まじで無理ゲーすぎだろ」

 海斗の言う通りだ。こんなの攻略しようがないゲームだ。そもそも何を攻略しようとしているのかも分からない。

「ねぇ提案があるんだけど、」

 美咲が不安そうな声で言った。

「二人でペア作って行動しない?今のままだともし一人の時に何かあったら誰も連絡しようがないじゃん。栞の話聞いてる感じ結構危ない状況みたいだし」

「いいと思う、でも組むならバランス取るために男女で組んだ方がいいんじゃないかな」

 他の皆も颯の意見に賛同し、俺と楓、海斗と美咲、颯と栞で組むことになった。基本的に二人で行動し、毎晩六人で通話を繋ぐことにした。

 

 こうしてこの世界の仕組みを解明するためにそれぞれ手がかりを探す日々が始まる。PMOとやらに狙われている俺たちはいつまで生きていられるだろう。

 

 そんなことより、いつまでこの生きた心を胸に留めておけるだろう。

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