*5-3
「でもさー、私、クラスでこれからしばらくは浮くわけじゃん? なんか一緒にいて、未玲は大丈夫?」
未玲を傷付けたり、芙美香に誤解されたり、紗菜から責められたり、そんなコトに比べれば小さなコト。だけどどうしても気になって、ここまで来たら未玲には全部話しておこうって思った。
「確かに、浮くよねー。でもそれ言ったら、私ももっと浮くし」
夏休み明け。ホームルームでのあの一幕は、確かにインパクトがあった。いつもは大人しい未玲がやっただけに、驚いた子も多かったはずだ。
「そうだよ、つーか未玲ってみんなの前であんな風に話せたんだ。私、それにもびっくりしたよ」
「あー、あれは……ね」
未玲がちょっと恥ずかしそうに俯く。
「あれはね、『もし由貴子ちゃんがみんなに責められたら、こうしよう』って……そうだなあ、脚本? みたいなのを考えてたの。これは劇か何かで、好きな人がピンチの場面で、主人公がばっと立ち上がって……みたいな」
「うそ、それであれが言えたの? あんな空気だったのに?」
「そうだよ。だからあの時は、小説とか、劇の一部になってたの。私、脚本は書けるかなって思ってたけど、もしかして演劇も向いてるのかも」
心持ち胸を張って、未玲が得意げな表情になる。演劇……演技か。担任もいたしみんなの目の前だったのに、未玲って意外に大胆……。
「あと、芙美香に言ってたのは? あの人がどうとか、付き合ってる人とか」
「ああ、あれね……」
今度はちょっと、いやだいぶん言いにくそうに、未玲が言葉を濁す。
「夏休みの終わりにね、西野から告白された。塾の帰り」
「……マジか」
あんぐり。思いもかけない事実に、私は言葉を失っていた。
でも、今なら心当たりがある。夏祭りの時の、西野の態度と言葉。なんだ、未玲に告る準備で私に近づいたのか…! 全然気付かなかったから、まあいいけど。
「でも、断ったよ。好きな人がいるからって。だから多分、西野にはまだ彼女はいないと思うんだ」
「そうなんだ……」
西野と交わした夏祭りでの言葉と、それから芙美香から受けた仕打ちを思い出して、私はぼうっとしてしまってたらしい。
「もう。由貴子ちゃんって本当に鈍感。私、今も頑張ってるんだけど!」
「何がだよー」
「だから……ね」 未玲がちょっと恥ずかしそうに俯く。「だから、あの時、『由貴子』って呼び捨てにしちゃった……。なんか願望? とか入ってたのかも……」
*
生まれ育った、小さな町から抜け出したくて
その思いは、いつかこの町を嫌う気持ちになり
ずっと身近にいた、大切な人を傷つけて
打算で作り上げた友情には、しっぺ返しを食らわされて
周りからも孤立して
私は、変わってしまったと思ってた。だけど変わったのは、私だけじゃなかった。
今、傷つけたはずの幼なじみに救われた私がいる。
幼なじみの未玲――私から突き放し、私の言葉で傷つけた、だけど私の手を離さなかった、しなやかで強い未玲の言葉と態度に。
もう終わり!
未玲は小さく叫んで、それから立ち上がった。本当に恥ずかしかったのか、両手を頬の辺りでぱたぱたさせている。
「由貴子ちゃん。私もこれから、一緒に浮いてあげるよ」
おもむろに振り向くと、私の心配を吹き飛ばすように、未玲が笑いながらそう言った。
――そしたらさ、私たち、付き合っちゃおうか
その言葉を口にした次の瞬間、私が声を上げるよりも早く、未玲の両手が私の頬にそっと添えられていた。驚いて目を上げた私の視界に、未玲の顔が近づいてきて……
それから、唇が触れる。
「ごちそうさま。これで、全部許してあげる」
「ちょっ……、ええっ……、ええっ!? い、今、未玲…… 私…… キス……?!」
「知らなーい。早く帰らないと、遅くなっちゃうよ」
夕焼け空。逆光の中に駆け出していく未玲。顔が紅く見えるのは、あれは――。
すとん。
こんな不意打ちを食らってめちゃくちゃ混乱してるのに、心のどこかに何かがしっくりと収まった、そんな気がしてる。
これは気のせい。ただの思い過ごし。
高校時代は大学に入るまでの準備だけだし、私はこの町からきっと出て行くし。
だけど明日から。未玲と私は、どうなっていくんだろう?
「待って、未玲! ねえ、ちょっと待ってったら……」
「いやですー。由貴子ちゃん、意地悪するもん」
「ひどっ。つーか、えっ、やっぱり意味わかんないんだけど!」
未玲を、私の唇を奪った未玲を追いかけながら、私の心は少し躍り始めている。好きじゃなかったはずの幼なじみと、これからどうなって行くのかなって――。
私は彼女が好きじゃない 黒川亜季 @_aki_kurokawa
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