*5-2


 私の家も、未玲の家も、この結田の町の外れの方にある。

 小学校までもけっこう遠かったし、町なかにある結田高校からは歩いて1時間近くかかる距離だ。他の町から、電車通学してる子たちよりは近いけど。

 だから、帰り道には二人だけになることが多い。私の心は、まだもやもやしてる。未玲は気にしてないように見えるから、余計にそう思っちゃうのかも。

 芙美香ほどじゃないけど、白黒はっきりしないとウズウズしてしまう私の性格だし……



「ねえ、未玲。やっぱりこのままじゃ私ムリだ」


 部活帰りの夕方。いつもみたいに何気ない話をしてた未玲を遮って、私は叫びに近い声を上げた。

 今日は、今日こそはちゃんと言わなきゃって思ってた。だから思い切って。

 にっこり。振り返って未玲が微笑む。

 未玲、何かちょっと、雰囲気が変わった……?


「由貴子ちゃん、まじめだもんね。いいよ。あそこの公園に行こう」


 未玲の指さした先には、人気のない児童公園。さすがに夕方のこの時間には小学生もいなくて、確かにゆっくりと話はできそうだった。

 小さな東屋の屋根の下、木製のベンチに未玲が腰掛けた。夏服の袖からのぞく未玲の白い腕が夕陽に照らされている。


「ごめんなさいっ。本当は、もっと早くにちゃんと謝らなきゃいけなかった」


 スカートの前でぎゅっと手を握りしめて、それから未玲に頭を下げた。

 ありがとうとごめんなさいは、まっすぐに言いなさい。父親と母親に子供の頃から厳しく言われてきたから、言葉と一緒に自然と体が動いていた。

 ふう。私に聞こえるように息をついて、座ったままの未玲が私の手を取った。


「座って、由貴子ちゃん。ちゃんと話そう」


 手を引かれて、未玲の隣に腰掛ける。私も未玲も背の高さは同じくらいだから、視線の高さも一緒。言わなきゃいけないコト。私は大きく息を吸い込んだ。


「……色々考えたんだけど、やっぱり私、ひどくない!? 未玲は気にしないでって言ってくれるけど、私、芙美香と紗菜の方が大事だって言って、それから二人とけんかして、ぼっちになったから未玲と友達に戻りたいなんて言ってるんだよ……? ずるいし、もし自分がそんなことされたら、きっと許せないと思う」


 くすり。私の言葉に未玲が軽く笑った。


「確かに、そう言われるとそうかもね」


 未玲の肯定の言葉に、私の心も勢いづく。


「でしょ!? やっぱり私、許されちゃいけないんだって思う。助けてくれたのはホント、嬉しかったし、あのまま続いてたらどうなってたかってゾッとするけど、でもこのまま未玲に甘えるの違うって思うし……」

「由貴子ちゃん」


 やんわりと、私の言葉を未玲が遮った。このタイミング、まるで魔法みたいだ。


「困ったときはお互い様、って言うでしょ?」

「そりゃ、確かにそうは言うけど……」

「あのね、由貴子ちゃんは憶えてないかな……。中学校の頃、私がいじめに遭いそうになったとき」



 ――数年前の悪夢に似た記憶が、一気に甦る。

 中学2年の冬、荒れに荒れたクラスで始まった女子どうしの口論。未玲が巻き込まれて、私がそれを止めようとして、でも上手く行かなくて、今度は私に敵意が向けられて……



「憶え……てるよ」

「良かった。あの時のこと、私は忘れてない。由貴子ちゃんが私を、守ろうとしてくれた」

「でも! あれ全然ダメだったじゃん! 私もあいつらに言いすぎたけどさ、ケンカも収まらなかったし、いっぱいいっぱいで、ちゃんと未玲のコト守れなかったし……」

「ううん、そうじゃない。私は、すごく嬉しかった。何も言い返せなくて、みんなから責められそうになって、でも由貴子ちゃんが私をかばってくれて」


 どこか懐かしそうに、未玲がそう言って遠くを見た。それから視線を、私に戻す。


「由貴子ちゃんは違うって言うかも知れないけど、結果だけじゃないんだよ。由貴子ちゃんだって、きっと怖かった。だけど私のために、あんな風に言ってくれた。ちょっとくらい意地悪されたって、あの時に嬉しかったこと、忘れたことなんてないよ」


 じんわり。目の奥から、熱いものがこみ上げてくる。


 あの頃の私は、はっきり正しいことを言えば正しい結果になると信じていた。未玲を助けるのは義務だと思って、でもそれが裏目に出て……

 痛い経験をして、賢く、計算高くならなきゃって思い込んだ。そのために要らないモノを捨てて、必要なモノだけを大事にして……

 そんな私なのに。あの時の、不器用で考えなしの小さな正義感を、そんな風に思っててくれたなんて――



「未玲、ずるいよ……。私、嫌なヤツなのに、なんか未玲を助けたみたいに聞こえちゃうじゃん……」


 頬を伝うのは、温かい涙。未玲の優しさが胸にしみて、高校に入ってから頑なに凍り付いていた私の心を溶かした、そんな涙だった。


「由貴子ちゃん、気が強いのに昔から涙もろかったよね。はい、ハンカチ」


 ちょっとおどけた様子で、未玲がハンカチを手渡してくる。淡い柔軟剤の香りに、心がすっと軽くなった。


 未玲は私が泣き止むまで待っててくれて、それからまた、色々な話をする。私の心の中にあるのは、簡単には説明が付かないごちゃ混ぜの感情だけど、未玲は辛抱強くそれを聞いてくれた。

 話しながら、未玲がそれに返してくる言葉を聞きながら、未玲とまた一緒にいていいんだって、ちょっとずつ実感が湧いてきた。



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