第44話:多分、平穏な日々?
恐らく、私は平穏な日常を手に入れた。
魔術師組合からの依頼で結果的に『真実同盟』の縮小に一役買ってしまった一件。あれがとても良かったらしい。
あれ以降、何度か組合に顔を出して仕事を貰ったが、やったのは実験の手伝いや簡単な採取ばかり。魔術師用の依頼なので、単価が悪くなく、一人で生活するうえで十分な収入を得ることが出来ている。
今のところ、他の魔術結社などの活動に巻き込まれず、市井のいち魔術師として暮らすことに成功している。これは大変な進歩だ。このまま魔術機によって進歩して快適になった時代を楽しませて貰おう。これまでちょっと仕事をするだけで魔術師絡みの争いになっていて、正直困っていたんだ。
そんな風に、私は穏やかで静かな暮らしを送れることを密かに喜んでいた。
「ところでイロナさん、これは何かな?」
「もちろん、カレーですよ!」
今、私の眼の前には緑色の液体が注がれた器が置かれている。
イロナさんはカレーと言うが、あまりにも深い緑色の液体と浮かんでいるチーズの主張が強い。これは……その……なんというか……自然のままに見えるんだけど。
「む。さてはマナールさん、見た目で警戒していますね? 大丈夫。これはほうれん草とチーズです。怪しいものではありません」
「そ、そうなのかい?」
「ここのお店のはマイルドな辛さと濃厚な味わいで、わたしの好みなんですよねぇ」
そう言いながら、イロナさんはスプーンで緑色の液体をすくって口に運び始めた。その動きに迷いはない。それどころか、口に含んだ瞬間、なんとも満足げな笑みすら浮かべて見せた。
「ほら、マナールさん、大丈夫ですって。おいしいですよ?」
「そうだね。イロナさんがそう言うなら」
あまりにも鮮やかな緑色に意表を突かれてしまったが、漂う香りは実に芳醇だ。とりあえず、一口、食べてみる。
「……美味しいね、これは」
「でしょう! マナールさんなら気に入ると思っていました!」
初見は見た目にちょっと驚いたが、味は素晴らしい。まろやかかつ、濃厚な味わいが舌に広がる。スパイスが控えめなのではなく、しっかり味付けした上で何か加えているのだろう。残念ながら、料理に詳しくない私にはそれ以上の分析はできない。
いや、今は分析はしなくていい。この食事を楽しもう。
「イロナさんは色んなお店を知っているねぇ」
「ふふ、食べ歩くのが結構好きなんですよ。お爺ちゃんはなかなか付き合ってくれませんから……」
「それは、そうだろうね……」
しょんぼりして言うイロナさんだが、アルクド氏に孫の食べ歩きに付き合えというのは無理な話だ。年齢的にもう沢山食べられない。
それになにより、イロナさんはカレー狂なのだ。
出かけた先で食べるものは基本的にカレー。ミュカレー名物なのもあって、様々な種類と店舗があるから、食べまくっているらしい。
出かける度に食べるものがカレー固定というのは、さすがに辛いものがある。正直、私もだ。
「イロナさん、今度はカレー以外の店も教えてほしいんだけれど」
「えっ、まだまだ案内し足りないくらいなんですよっ。マナールさんには是非ともミュカレーのカレーの深淵を見て貰いたいんですっ」
嫌な深淵だ。
「…………」
「いや、ほら、私としてはせっかくこの町に来たから、色々なものを食べたいというだけだよ。別にカレーが嫌になったというわけじゃない」
「そっか。それもそうですね! つい先走ってしまいましたっ」
よし、何とかなった。一瞬不安そうな顔をされた。初めて会った時もそうだったけど、イロナさんは基本察しが良い。
「問題ないよ。それより、午後からは楽しみにしているよ」
「はい、わたしの魔術をお見せできますよ!」
今日は午後から、イロナさんが学んだ魔術を見せてくれる日なのだ。
◯◯◯
私に出会ってから程なくして、イロナさんは回復した祖父にして師であるアルクド氏から、魔術を教わるようになった。
元々、そういう話で一緒に暮らしていた二人だ。アルクド氏の体調が回復してから、それは自然と行われた。口には出さないが、メフィニスがイロナさんを利用する可能性が無くなったのも大きいだろう。
私がミュカレーに来て三十日ほど、イロナさんが魔術の勉強をし始めてほぼ同じくらいの時間だが、既に成果が出たそうだ。
「じゃあ、見ててくださいねー」
今、私はアルクド氏と共に、工房の外に用意された魔術実験用の庭にいる。イロナさんはいつもの格好だ。魔術機士用の杖は、そのまま魔術師の杖にも転用できる。
実験用の庭は広く、何もない。周囲は頑丈な石壁に囲われており、今日は離れた場所に的代わりの丸太が置かれている。
「では、いきます! ……あまねく万物に宿る魔力よ、火の根源よ、我に答え、呼び来たらん……ファイアアロー!」
イロナさんの呪文に答えるように、杖の先から火の矢が飛び出して、丸太に直撃した。
ファイアアローと呼ばれた魔術は丸太に当たって分散することなく、そのまま火炎となって覆い尽くし、火柱を作った。
「へぇ、大したものだね。あの呪文はなんだい? アルクド氏が考えたのかい?」
イロナさんが紡いだ呪文も、ファイアアローという名前も、私には聞き覚えがなかった。
「いえ、標準魔術策定協会という組織がありまして。そこが出している魔術書のものです」
「標準魔術?」
「ようは呪文や魔術などを共通のものにすれば、新人教育をしやすいという発想ですな」
「なるほど。色々と考えるものだね」
魔術というのは魔力を操れればいいわけで、呪文や手段は派閥ごとに違う。それが、私の認識だ。これは魔術師によって得手不得手の差が大きくなり、新人教育にも大きな差が出ていた。
しかし、魔術の教科書とでも呼ぶ書物が存在し、それが一般化して、その教育方法が確立していれば話は大きく変わる。
「本に書いてあるようなことのできる魔術師は育成しやすくなりそうだね」
「専門分野をどう学ぶかは別に課題ですがな」
学びやすいのは良いことだけど、画一的な魔術師だらけになるかもしれない。そこはまあ、教える側の問題かもしれないな。一緒に自分の得意分野も仕込めばいいわけだし。
「イロナさんに標準魔術を教えたのには理由が?」
「基本は抑えておりましたので。試しにやってみたら驚くほど早く習得したのですじゃ」
「それは、標準魔術の本が良かったのかな?」
「いえ……恐らくは孫の才能ですのう」
どこか恐れすら含んだ目つきで、自分の孫を見つめながらアルクド氏は小声でそう呟いた。
私達の前では、イロナさんが次々に標準魔術を披露していった。
次の更新予定
生まれ変わった最強魔術師は普通の暮らしを求めます みなかみしょう @shou_minakami
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