「少女と冬」

「雪が降っておりますね、、、。お嬢様、暖かくして行ってらっしゃいませ」

「えぇ、ありがとう」

お嬢様、と言われた少女は部屋の窓から外の景色を眺める。外は雪が降っており、道ゆく人々は暖かい外套を着たり着物を着込んだり、襟巻きをしたりと各自暖かい格好をしていた。家の中にいる少女も、火鉢を焚いて着物の上から羽織を着たりと、体が冷えないようにしている。しかし、部屋は暖かいため、そこまでしなくても良いのではないかと思う。けれど、これには理由がある。少女はある用事からタクシーに乗って出かけるのだ。今はその支度がちょうど終わったところである。使用人に身支度を確認してもらい、少女は玄関へと急いだ。


(寒い、、、)

外に出た少女は、強い風に吹かれ思わず目を瞑ってしまう。少女は上に来ている羽織をぎゅっと握りしめ、タクシー乗り場へと急ぐことにした。


数分歩き、タクシー乗り場に着くと、寒いからかタクシー乗り場でタクシーを待っている人はいなかった。きっとみんなは鉄道に乗ったか、家に帰ったのだろう。すぐにタクシーに乗れるため、ありがたいと思いつつも、なぜか無性に寂しくなる。人が少ないから孤独感を感じたのかもしれない。道を歩く人はごく少数だ。尚更孤独である。それでも、少女は行かなければならない。何せ、あの人と約束したからだ。


少女が数分待っていると、タクシーはいそいそとやってきた。やっときた、と思いつつ、少女はタクシーに乗り込む。

「おはようございます。よろしくお願いいたします」

少女は挨拶を済ませ、自分の目的の場所を伝える。目的の場所はここからだと歩いて十分ぐらいのところにある。いつもなら歩いて行ける距離なのだが、生憎今日は雪が降っているため、タクシーに乗らなければならない。タクシーの中は暖かく、どこか心地良いような気がする。少女は眠くなりながら、窓の外を見た。やはり、歩いている人は少ない。それとは反対に、まだまだ雪は降っている。いつか雪で自分が埋もれてしまうのではないか。そんなふうに思ってしまう。その時は、誰かに見つけてもらって温めてもらいたい。そう思いながら、タクシーに揺られること数十分。タクシーはある屋敷の前で停車した。少女は運転手にお金を渡し、地に足をつく。外に出た瞬間、寒さが少女の身体にまとわりついた。外套を着ているものの、それを通り越す風。首から頬が特に凍てつくような寒さだ。何せ、極寒がりの少女であるから、早くあの人に会いたいと思う。冷たい風に吹かれながら、目の前にある屋敷へと一歩ずつ踏み出した。歩くたびに、ズボっという音がする。雪が悲鳴をあげているようだ。そんな悲鳴に耐えながら、屋敷の目の前に着いた。屋敷は大きくもなく、小さくもなく、ちょうど良い感じの大きさである。少女は屋敷にある玄関に手をかけ、鈴を鳴らした。すると、中から背の高い男の人が出てきた。柔和な顔つきで、とても優しそうな好青年である。

「いらっしゃい。待っていたよ。外は寒かったよね。おいで」

「お邪魔致します」

彼に手を引かれ、少女は屋敷の中に入る。

(あたたかい、、、)

彼の手から少女の手へと熱が伝わる。また、手から全身へと熱が行き渡っていく感じがする。先程まで寒かったのが嘘みたいだ。どこからか、暖炉の火が燃えている音が聞こえる。もはや、ここは別世界である。そんな少女の心はなぜかふわふわとしてくる。すると、突然彼が立ち止まった。

「!?」

「頬が冷たいね、、、。こうすれば、あたたかくなるよ」

何かと思えば、彼はなんと、自分の温かい手を少女の頬にあてたのだ。少女の顔は、彼の手によって包み込まれている。

「あ、あたたかいです、、、」

恥ずかしさのあまり、少女の声は尻すぼみになる。

「可愛いね、ほんと」

彼は今なんと言ったか。今、可愛いと言わなかったか。頭の中ではっきりと理解した今、急に頬に熱を持ち始める。

「あ、あれ、頬が熱いね?暖かくなってきたかな?」

彼は別の理由で急に熱くなった少女の頬に手で触れながら、そんなことを言う。のんびりとほんわかしている彼を横目に、少女の心拍数はだんだんと早くなってきた。不正脈ではないはず。

「さぁ、冷えないうちに、暖炉のそばで暖まろうか」

「、、、」

こくりと頷いた少女に、彼はにこりと微笑み、少女の頬にいた手を下ろし、手を引いた。


暖炉の前で暖まり始めた少女に、後ろから彼がお茶を差し出してきた。

「熱いから気をつけてね」

そう言って渡してきた湯呑みは本当に熱く、一口飲むと、今度は身体の中からじっくりと温まってくるのを感じた。暖炉も彼の気遣いも行動もとても暖かくて、心までぽかぽかとしてくる。そんな時、耳元で彼は囁いた。

「こっちにおいで」

「、、、」

耳を赤く染まらせる少女を見て可愛いと言わんばかりに、彼はふふっと笑った。と、彼は一体誰なのか。彼は、少女の婚約者である。

「耳元で囁かれるのは、反則です、、、」

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一話完結短編集 花霞千夜 @Hanagasumi824

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