2-68:夏の再会
毎日そわそわしつつも、夏の遊びをそれなりに楽しみながら待つことしばらく。
そんな日々もようやく終わりを告げ、待ちに待った日がやってきた。
「そら!」
「りく!」
春と同じように幸生と雪乃に連れられて駅にやってきた朝、装甲列車から降りてきた家族を、空は大喜びで出迎えた。
真っ直ぐに自分のところに駆けてきた陸と今度はぶつからずにぎゅっと抱き合い、それから体を離して顔を見合わせる。二人は全く同じ満面の笑みを浮かべ、手を取り合ってぐるぐると子犬のように回った。
「こら、陸ったら、先に行かないの!」
飛び出した陸を追いかけてきた紗雪が、荷物を下ろして陸を軽く叱った。
「まま! おかえりなさい!」
「空、ただいま!」
紗雪はパッと顔を輝かせて空に手を伸ばした。空も喜んでその腕に飛び込む。紗雪は空を軽々と持ち上げ、高く上げてその重さに目を細めた。
「空、ちょっと大きくなった? 重くなったかも!」
「せがちょっとのびたよ!」
そう言って笑う空を紗雪はぎゅっと抱きしめ、次に横で待っていた隆之にそっと手渡す。
「空、重くなったなぁ。元気そうで良かった!」
「うん! ぱぱもげんき?」
そう聞くと隆之は明るく笑い、頷いた。
「もちろん元気だよ。空の顔を見たから、もっと元気になったかもな!」
隆之は空の背中をポンポンと優しく叩くとゆっくりと下ろした。地面に下ろされると順番待ちをしていた樹と小雪が空の顔を覗き込む。
「ホントだ、空、おっきくなったな!」
「良かったね! ね、またいっぱい遊ぼうね!」
「うん! おにいちゃんとおねえちゃんも、おかえり!」
空のその言葉に、樹たちはただいまと元気良く声を揃えた。東京に家があるけれど、おかえり、ただいま、という言葉が何だか自然と馴染んできている。
家族は春以来の再会を喜び、尽きぬ話を楽しみながらバスに乗り込んだ。
「ね、そら。まいにちなにしてた? なにしてあそぶ?」
陸は空の隣に座って、嬉しそうににこにこしている。空はそんな陸の顔を覗き込み、頷いた。
「あんね、ぼく、ほいくじょにいってるんだよ! げんきになったから、いけるようになったの!」
「そうなの!? すごーい! よかったねぇ」
「うん! ぼく、ごはんいっぱいたべるから、おひるまでだし、まいにちじゃないけど……でも、たのしいよ!」
空がそう言うと、陸の顔に一瞬だけ寂しそうな表情が浮かんだ。しかし陸はすぐにそれを消し去り、また笑顔を見せる。そんな陸の気持ちがわかり、空は慌ててまた口を開いた。
「そんでね、えっと、ほいくじょでやったあそびとか、りくといっしょにしたいんだ! ふだのえをあてるやつとか!」
保育所で泰造と遊んだ、込められた魔力の違いから絵柄を当てるカードは村の雑貨屋でも売っていた。空は皆が来たら一緒に遊ぼうと、雪乃に強請ってそれを買ってもらったのだ。
「空、それ以外にも、皆とやりたい事沢山あるんでしょ?」
「うん! じぃじのはたけのおやさいとったり、すいかとりにいったり、かわあそびしたい!」
空がそう言うと、話を聞いていた樹たちも声を上げた。
「えー、自分でスイカとれるの? 私、やってみたい!」
「川遊びってしたことない! 泳げるの?」
「じぃじのやさいってどんなの? とっていいの?」
東京ではなかなか体験出来ない遊びに子供たちは興味津々だ。そんな子供たちを祖父母や両親は可愛くて仕方ないという眼差しで見つめていた。
「とりあえず、まずは家で一休みして……アオギリ様にご挨拶に行くのが先かしらね?」
「アオギリ様……変わりはないかしら?」
「げんきだよ! みんなをつれておいでって!」
春にはまだアオギリ様は寝ていたので、紗雪たちは会っていない。紗雪は何だか懐かしそうな、けれどどこか後ろめたそうな表情で外を見た。景色はちょうど魔砕村に入った辺りで、遠くにアオギリ様の神社がある森が見えている。
「アオギリさまってだーれ?」
「アオギリ様はね、この村の守り神様なのよ」
雪乃が陸の問いに答えると、兄弟は目を丸くした。
「かみさまって、どんなひと?」
「会えるの? すっげー!」
「神さまって強い? かっこいい?」
好奇心が刺激されたのか、子供たちの質問は次から次へと出てくる。
それらに答え終わる頃に、バスは米田家に到着したのだった。
米田家に着いた後はまずはお昼ご飯を食べることになった。
ヤナが大鍋でお湯を沸かして待っていてくれたので、夏らしくそうめんを茹でて皆で食べる。
そうめんは魔砕村では外からの輸入品で、遠くから運ばれてくるせいか含まれている魔素が少なめだ。ヤナは皆の現在の魔力などを確かめ、おかずなどと合わせて魔素を調整していった。
「そうめんはほぼそのまま食べられそうなのだぞ。出汁やおかずは多少調整しておいたから、安心して食べるとよい」
そうめんのお供には夏野菜の焼き浸しや、そのままでも美味しいトマト、キュウリを味噌で和えたものなどが並んでいる。どれも簡単な料理だが、素材が良いので何でも美味しい。
「おいしーい!」
「うまっ! このトマトすっごい甘い!」
「キュウリもおいしい! 私、これ好き!」
「じぃじのおやさい、おいしいよね!」
トマトやキュウリを子供たちが大喜びで食べる様子を見て、幸生は既に天を仰いでいる。
紗雪や隆之も素朴だが美味しい昼食を楽しみ、全員がいつもより大分多く食べた。
「ふむ。皆、春よりまた少し魔力が増えたかの? 食べる量も増えている気がするのだぞ」
ヤナの見立てに紗雪は少し考え、頷いた。
「そうかもしれないわ。最近、子供たちがよく食べるから作るご飯も増えてるし」
「そうすると滞在中の食事の量や魔素の調整も、少し考えねばならんかの……」
「それはまた後で相談しましょうか。ご飯を食べたら、午後はアオギリ様の所に行って……コケモリ様へも挨拶に行ったほうがいいかしら?」
コケモリ様、という名を聞いて空はあの森を思い出す。巨大なキノコが所狭しと生える森なんて、皆を連れて行ったら喜びそうだ。
空が呼ばれた時はビクビクしていたけれど、もう怖くないし、兄弟たちとなら絶対楽しい気がする。
「コケモリさまもいいとおもう! きっとたのしいよ!」
パッと手を上げて提案すると、紗雪や雪乃も頷いた。
「じゃあ別の日に皆で訪ねましょうね」
「うん!」
どうやら、そういう予定になりそうだ。
今頃遠い苔山では、コケモリ様がクシャンと胞子を飛ばしているかもしれなかった。
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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。 星畑旭 @asahi15
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