楽しい感想会
エンドロールが終わり、誰かの溜息が漏れた。
ジャンプスケアらしきシーンはなく、大きな音が突然鳴ったと言えるのは、邸内で男子部員が悪戯をして扉を突然閉めたシーンと、部室で喧嘩しているとき男子部員が机を殴りつけたシーン、その直後に『最低』と言い放った女子部員が出て行くときに部室の扉を叩き閉めたシーン程度だった。喧嘩のシーンでは、演者の声も大きかったお陰で唐突感がなく、つまり心臓に悪いのは最初の一回だけだった。
派手な盛り上がりがなかったこともあって刹那も比較的静かに観賞しており、普段心臓のストックが切れそうになっている美魚と結月も「すっごく怖かったね」「でも面白かったね」と楽しそうに囁きあっている。
「普通に面白かった! これ評判いいのわかるなー」
「ストーリー自体はマジでネットとかで百万回見たやつなんだけどな、演出がかなり良かった」
「猫ちゃん出てきたけど、猫ちゃんが無事だったのも良かった」
「わかる。レビューでもそれ言ってる人いたわ」
「いま見たら、犬が死ぬ映画チェックリストのサイトに死なない映画で載ってた」
「マジか。てかそんなんあるんか」
刹那と陽和の会話に、うんうん頷く紡。
中段と上段にいた八人もテーブル周りのソファに移動し、各々キッチンから軽食やお菓子、飲み物を持ってきた。
「ヒロインと主人公が安易にくっつかなかったのもいいよな。リアルで」
「あんだけ目の前で派手に喧嘩して、事故とはいえ顔面殴られたらなあ……」
「序盤ヒロインも主人公のこと気にしてるっぽい雰囲気あったけどさ、あれで好感度爆速マイナスになった感あるっしょ」
紡、刹那、陽和の感想に、聡一郎が静かに頷く。持っているグラスの中身はただの炭酸水のはずだが、彼の手にあると何故かアルコールの気配が感じられる。
「碧乃さんはどうでした?」
「んーとね」
咲人に振られ、碧乃はチョコチップクッキーをかじりながら映画を思い返す。演技云々は碧乃にはわからない。全体的な演出に関しては男性陣が語っていた。それなら一つ、誰も言っていないことを言ってみようかと思い立った。
「館探検のとき、居間で一瞬写真立てが映ったじゃん? 親子三人のやつ。男の子がギリ小学生くらいでさ、その前に出てたネットの噂と同じだーって思ったんだ」
「うーん、そんなものあったかしら。お姉さんてば役者の子ばかり見ていたのよね」
「アタシは暗くてよくわからなかったわ。良く気付いたわねえ」
首を捻る水那子と、素直に褒める伶桜。
伶桜の大きな手のひらに頭を撫でられながら、碧乃は続ける。
「十年前に心中した家族の子供が五~六歳くらいだったから、成長したら高校生で、主人公たちと同じくらいだなーって。最後に消えた部員ってそういうことじゃん? そういう意味怖的な、地味だけど気付いたら怖い演出が好き」
碧乃以外の十一人が、固まって手を止める。
真っ先に再起動したのは、ピンクイルカのマリネちゃんを抱いている美魚だった。
「えぇ~美魚ちゃん気付かなかったぁ」
「碧乃ちゃん、さすがいつもホラーゲームとか配信でやってるだけあるね……観察眼すごいな……私、全然気付かなかったもん」
「あの少年が屋敷の関係者なのは普通にラストの描写通りだけどさ、思い返すと結構匂わせあったじゃんってなったんだよね」
「わあぁ、碧乃ちゃんすごぉい……!」
美魚に同意する形で、結月が「はわぁ……」と感嘆の吐息を漏らす。
刹那が紡に「気付いてた?」と問えば、紡は黙って首を横に振った。そんな、皆のやり取りを黙って聞いていた咲人が「そういえば」と口を開いた。
「パソコンで屋敷の噂を眺めているシーンのとき、ネットニュースの記事画面が一瞬映りましたよね? そのとき、見出し一覧に会社員男性の首つり記事があったような気がします。聡一郎さん、それ見ていませんでしたか?」
「序盤ですよね。……思い出してみます」
グラスを両手に、聡一郎が暫し黙り込む。
それからふと顔を上げて「確かに」と零した。
「主人公の少年が見ていた屋敷の記事の右カラムにありました。正確には会社員男性首つり状態で発見。自殺か。という記事です。その下には、都内のキャバクラで働く二十代女性が何者かに刃物で刺され重傷という記事もありました」
一度見たものを完璧に記憶する聡一郎の能力は、本当に一瞬でも目に映っていれば発揮される。映画本篇でもネット記事の見出し部分が映ったのは一瞬で、他の面々は思い出そうとしても『見出しっぽいのは横にあったかも?』程度のものだった。
「俺も見たときはリアリティを出すための舞台装置くらいにしか思っていなかったんですけど、碧乃さんの話を聞いて、もしかしたら関係あるのかもと思いまして」
「それはあるかもねー。だって奥さん不倫されてたってあったじゃん? あれ確か、相手は水商売の女の人だったし」
「それはアタシも覚えてるわ。其処だけ設定が昼ドラだったんだもの」
「あたしもなんかその辺は覚えてるねえ。別に一家心中の四文字だけで充分凄惨さは伝わるはずなのに、ネットの噂って形でわざわざ不倫やらなんやらの背景まで見せるなんて、変わってると思ったんだよ」
静かにじわじわと、足元を冷気が這い寄ってくるように、異変が侵蝕してくる。
そんなホラーだったからか、細かいところに間違い探しのようなささやかな異常が描写されていた。これは初見だけでなく二度目以降も、ネタを知った上で答え合わせ視聴をしても充分楽しめる作品だと思った。
「私、今日皆で見られて楽しかった……」
「ぼくも。次は全員揃うの半年後くらいかな。暫く刹那が忙しいみたいだし」
「ふふん、俺も映画撮ってるからな! 次の次くらいに見てもいいんだぜ」
刹那がふんぞり返って言う横で、咲人がなにやら検索をしている。すると来春公開映画バーニングバレットの予告記事を発見した。主演の欄に書かれた、射手矢刹那の文字が、見慣れた五文字のはずなのに知らない人の名前のように感じられた。
「凄いですね。主演ですか」
「そー! 日曜朝にやってるやつの映画版な! あのスーツマジあっちーの!」
「まあ、秋になったって言ってもまだまだ暑い日が続くからねえ。お疲れ」
「あんがとなー!」
咲人に褒められ、陽和に労われた刹那が、うれしそうに笑う。
その太陽のような笑顔に心を射貫かれた視聴者は多い。所謂リア恋勢や同担拒否と呼ばれる強火のファンがいることも、本人以外が知っている。
「じゃあ、フリフリに入ったら鑑賞会しようぜ!」
「フリックフリークスで配信されるのは確定なんですか」
「たぶん! どっかの独占って話は俺も聞いてねーし」
月額五百八十円のサブスクリプションで、登録されている全映画見放題のサイト、フリックフリークス。全員での鑑賞会や普段の映画鑑賞で使用されるこのサイトは、大手人気映画は勿論、フィルムがすり切れていそうな古いモノクロ映画、公開当時は不人気であっという間に公開停止となった所謂B級映画の類いまで多種多様の映画が毎月数十単位で公開されている。
碧乃、刹那、紡が稀に『目を瞑ったまま矢印ボタンを押しっぱなしにして止まったところの映画を見る』という遊びでも使っており、うっかりサメ映画を引いて、妙な笑いが暫く止まらなかったことがあった。
他の配信サブスクリプションサービスと比べても、その種類は豊富。人気ニチアサシリーズの映画版ともなれば、十中八九追加されることだろう。
「それはそれとして、ぼくは円盤も買うけどね。特典ほしいし」
「マジ!? すげーうれしい!」
両手で碧乃の手を取り上下にぶんぶん振る刹那の顔は、散歩に出かけた犬のよう。喜びが全面に溢れていて、いっそ眩しいくらいだった。
「うふふ。見終わったばかりでもう次の予定が出来ちゃったわね」
「いいんじゃないかい。目標があったほうが張り合いがあるだろさ」
やったー、と声を上げて喜ぶ刹那と、彼に抱きしめられて死んだ魚の目をしている碧乃。そんな二人を微笑ましそうに見つめる水那子と砂羽。他の面々もうれしそうにしている刹那を温かい気持ちで見ている中、一人感情のやり場をなくしている紡。
十二人十二色の映画鑑賞会は、ホラー映画を見たとは思えないほどほのぼのとした空気で幕を閉じた。
十二宮シェアハウス 宵宮祀花 @ambrosiaxxx
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。十二宮シェアハウスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます