中篇◆映画鑑賞会
ホラー映画を見よう!
十二宮シェアハウスには、ホームシアターがある。
紡の提案で半地下に作られたそれは、十二人が同時視聴をしても耐えられる巨大なスクリーンと拘り抜いた音響設備、長時間座っていても疲れないソファが備えられた完璧な環境である。
一列四人、全三列。階段状に後方が高くなったソファ席と、鑑賞後の雑談のためにしつらえたコの字型のソファに、ローテーブル。いつも映画を見終わるとテーブルにピザやお菓子を広げて、何処が良かった其処が面白かったと語り合うのだ。
本日、久々に十二人全員の休暇が揃ったため、おやつのついでに鑑賞会をしようということになった。映画は今夏話題になったホラー作品。ヒロイン役が売り出し中のアイドルで本読み演技であることを除けば、概ね評判のいい和製ホラーだ。
「最近のホラーって『結局一番怖いのは人間の悪意でした』オチが多いけど、これはどうだろうね」
配信サイトを開いて目的の映画を選択しながら、陽和が言う。タイトル画面は古い洋館をバックに、高校生の少年少女が不安そうな顔で映っているというものだった。
「ぼくは物理攻撃効かない分、お化けのほうが怖いと思うなー」
「そうかい? わりと気合い入れればいけるよ」
「砂羽姉はそうかもだけど……」
ソファの上で膝を抱えながら碧乃が言えば、砂羽が「こう」と言って素振りをして見せた。一瞬風切り音が聞こえ、碧乃の逆隣で見ていた咲人が眉根を寄せた。咲人の顔には「その勢いで殴られたら生死問わず霧散するでしょうに」と書かれている。
「話せばわかってくれる者も案外おります。其処は人も霊も大差ないかと」
「そうねえ。誠意が通じなかったらそのときは地獄へお帰り頂くだけですもの、一応話してみるくらいはいいと思うわよ」
聡一郎らしい誠実な意見が出たと思えば、同意している振りで少々物騒な物言いの水那子が微笑む。
「日本のホラーかぁ……美魚ちゃん、手ぇつないでていい?」
「美魚ちゃんもお願いしようと思ってたの」
結月が手を差し出すと、美魚はしっかり握り返した。まだ始まってもいないのに、美魚は既にピンクイルカのぬいぐるみを抱きしめている。
二人はホラー映画自体は好きでも嫌いでもないのだが、静まり返っていたところへ大きな音響が響く演出が苦手で、アクションやホラーのときはいつも寄り添い合って見ることにしていた。
音夢はこのときのために作った山盛りのポップコーンを抱えており、アメリカンなカラーリングの紙バケツからはキャラメルの甘い匂いが漂っている。時折碧乃の口に放り込んでくるので、碧乃は黙ってそれを受け入れつつ『ウーロン茶持ってきといて良かった』と思っていた。
席はいつの間にか決まっていて、自然といつも同じ並びになっている。
聡一郎、刹那、紡、陽和。
水那子、美魚、結月、伶桜。
咲人、砂羽、碧乃、音夢。
前列は、リアクションが大きい二人を落ち着いた二人が挟む布陣。
真ん中はくっついて見たい二人を視野の広い大人の女性が挟む布陣。
最後は大きな音が苦手な美魚と結月が驚かないよう静かに観賞出来る四人。
鑑賞会を始めた当初は特に席も決まっておらず適当に座っていたのだが、たまたま美魚や結月の後ろに刹那がついたとき、映画の演出以上に彼の大きなリアクションで心臓を爆発させてしまったことがあった。映画館ではないので、騒ぎながら見ること自体は何の問題もない。静かに見たい映画がある人は最初からそう申告して、同じく静かに見たい人同士で集まって見るのだから。ただ、姿が見えない真後ろから不意に大声がすると、自分でも想像していなかったストレスがかかることに気付いた。
そんな経緯があって出来上がったのが、いまの指定席だった。
「ほいじゃ、始めるよー」
「はーい」
陽和がリモコンで再生を押し、映画が始まった。
映画研究会という部活に所属する高校生の主人公が、自作動画の再生数を求めて、部員たちと共に心霊スポットとして有名な廃墟『旧鶴丘邸』を訪ねることから全てが始まる。
再生数に伸び悩んでいる主人公がノートパソコンに向かっていると、部員の一人が横から覗いて『旧鶴丘邸はどう?』と囁いた。
いったいどんな場所だろうと検索してみれば、いかにも雰囲気がありそうな洋館の画像と地方の噂話を乗せた小さなネット記事が出てきた。
其処は一家心中が起きて廃墟となった洋館で、件の記事では首を吊ってる男の霊が窓に映るのを見ただとか、男性が館に入ると父親に殺された子供が父親と思い込んで憑いてくるだとか、不倫された挙げ句に殺された妻の怨念が一番ヤバいだとかいった真偽不明の噂が書かれていた。
それを見て、主人公は密かに想いを寄せているヒロインを主演とした映画を撮り、もし本当に怖いことが起きたら颯爽と助けて彼女に惚れられちゃったりなんかしてと妄想を巡らせるのだが――――そんな浅い企みを吹き飛ばすほどの怪異が身の回りで起きてしまう。
大まかな物語は良くある定番ホラーとジュブナイルの組み合わせで、メイン二人を中心に展開していく。そして面白いのが、映画には明確な化物が出てこないこと。
いつの間にか投函されている謎の手紙。人の形に腐食している床。部室に何者かが侵入したような、得も言われぬ違和感。窓などに赤い手形がべったりつくのではなく不注意で汚れた手で触れてしまったような、自然な手指の跡。時折挟まれる物陰から登場人物を見つめているかのような、まるで視聴者が亡霊になったかのようなカメラアングル。
主人公が勉強中にうたた寝して目覚めたらノートに見知らぬ文字が書かれているといった出来事もあった。それも『死ね』『呪われろ』などの、あからさまな文言ではなく。友人が残した伝言と言われたら信じそうになるような『先に帰るね』や『外で待ってるよ』といった、ごくありふれた一言。だがこれを霊が書いたと思うと、先に家に帰られても外で待たれても、恐ろしい以外の何物でもない。
ヒロインもまた、帰宅途中に何度も人の視線を感じたことがあり、それは帰宅後も入浴中もベッドに入ってからも、絡みつく蜘蛛の糸のように消えなかった。
一つ一つは小さなことで、だからこそ積み重なるストレスもじわじわ大きくなる。振り向いたら派手な音響と共に化物がどアップで登場、悲鳴を上げ倒れるヒロイン、流れ出す悲劇的な音楽――――といった典型的ジャンプスケアがないことが、却って生々しく見ている側のざわざわする不安感を煽る。
感受性の強い女子部員が一人不登校になってしまい、更に続けて館の呪いを恐れて部室を飛び出した男子部員が、足を滑らせて駅の階段から落下、大怪我を負う。最早なにが呪いでそうでないのか、誰もわからなくなりつつあった。
やがて映画研究会もギスギスし始め、ある日部員の一人が主人公を責めた。
『なんでこんなことになったんだよ……俺たちはただ映画が撮りたいだけなのに』
『そんなの、お前があんなところ行こうって言い出すからだろ?』
『そうだよ! 最初にお前が言い出したんじゃん!』
『ハァ!? 俺のせいだって言うのかよ! 皆だって反対しなかったくせに!』
『あんな場所だって知ってたら俺だって賛成しなかった!』
『俺はちゃんとネットの噂とかもお前らに話したはずだ!』
『ネットの話なんか鵜呑みにする馬鹿いるかよ!』
売り言葉に買い言葉。ヒートアップする男子部員たち。
あわや掴み合いになろうというところでヒロインが割って入るのだが、勢い余って振り上げた手が顔に当たってしまい、殴られた形になる。固まる男子部員を余所に、ヒロインの友人が彼女を庇いながら『最低』と一言残して、ヒロインを連れて部室を去って行った。
友人の少女の台詞はヒロインに比べてだいぶ少ないが、それゆえに演技の巧みさが引き立っていた。ゴミを見るような目で主人公を見ながら放った『最低』の台詞は、ご丁寧に字幕までつけられてネットでミームになっている。
最終的に、部員全員でお祓いに行って怪奇現象は収まるのだが、不意にヒロインが意味深なことを言った。
『ねえ、主人公くんにあの屋敷を薦めたのって誰? 人に勧められたって、あのとき言ってたけど……』
『え? 誰って、確か部員の――――』
部室を見回す主人公。
だが其処に、あの日『旧鶴丘邸はどう?』と主人公に伝えた少年はいない。
部室に怪奇現象が起きていたときも、男子たちが喧嘩を始めたときも、彼は確かに画面の中に映っていた。だが部員全員でお祓いに行くシーンから、その部員は画角に映らなくなっていたのだ。
なによりその部員は、口元より上が映ったことがない。他の部員と普通に会話しているシーンはあるものの、後ろ姿だったり手元だったりと、不自然にならない程度に画角が調整されていた。
部員たちも、その部員の顔を思い出そうとしても思い出せない。
何とも言えない雰囲気の漂う部室を映し、最後にナレーションとして差し込まれたヒロインの独白『あの屋敷は、いまでも新たな来訪者を待っている。そんな気がしてならなかった』という台詞で、映画は静かに終わる。
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