十二宮シェアハウス

宵宮祀花

短篇蒐◆各話完結

デカ盛りチャレンジ

 都内某所の、大衆食堂。

 其処では今日、ちょっとした人だかりが出来ていた。

 人気俳優射手矢刹那がいるということと、彼が地雷系女子のような謎の少女と共に飲食店を訪ねていることと、更に二人がチャレンジメニューに挑んでいること。その全てが噛み合った結果、イベント会場の様相となってしまっていた。


「プライベートだからあんま騒いでほしくなかったんだけどなー」

「仕方ないって。刹那は目立つから」


 白黒二色に染め分けた髪と白黒オッドアイを持つ少女、碧乃の言葉に、刹那は口を尖らせながら「えー」と不服そうな声を漏らす。

 いったいどの口が言うのかと、観客たちの心の声が一つになった。


「お待たせしましたー!」


 彼らの前に運ばれてきたのは、山のような料理というよりは、最早料理で出来た山そのものだった。三合のご飯にたっぷりのカレー、分厚いとんかつに、エビフライ。レタスにトマト、ゆで卵。まるで添え物のように盛られた焼きそばと、ナポリタン。どちらも当たり前の顔をして軽く一人前はある。

 総重量、約3.5キログラム。


「写真とか動画撮るなら、俺は別にいいけど隣の子は一般人だから画面から外したりモザイクかけたり気遣ってやってくれよな」

「はーい」


 その場にいた刹那のファンと思しき男女が、いいお返事をする。

 ストップウォッチを持った店主が「それじゃ始めますよー」と声をかけ、そして、威勢のいい「スタート!」の号令がかかった。


「頂きまーす!」


 声を揃えて手を合わせ、二人は同時にカトラリーを手に取った。

 碧乃はフォークを、刹那は箸を、それぞれ手に取り外側の麺類に挑む。

 一口の量が一般的な女子と然程大差ない碧乃に対し、刹那はいかにも大食いらしい頬張り方で、見た目には対照的に映る。だが不思議と食べ進める速度は互角で、まず焼きそばが二人の山から消えた。


「すげぇ!」

「射手矢くんがめっちゃ食べるのは知ってたけど、あの子何者?」

「大食い仲間とか? MyTuneチャンネルとか持ってないのかな」

「あんな目立つ子なら再生数伸びてそうだけど……ぱっと見大食い系チャンネルには見当たらないなぁ」

「マジ? もったいなー」


 テーブルの周囲が歓声に包まれる中、二人はマイペースに食べ進めていく。

 奥の席で食事をしていた人たちも、思わず手を止めて見入っていた。


「あ、ナポリタン美味しい。ケチャップ炒めてあるやつだ」

「だなー! これひよりんに言ったら作ってくんねーかな」

「言えばやってくれるかも。帰りにパスタ買って帰ろうよ」

「おー!」


 話す声も、食べ進める速度も、表情も、全く無理が感じられない。それどころか、いま食べている最中だというのに、同じものをまた作ってもらおうとしている。

 最初こそ面白い見世物が始まったと囃していた観客たちだが、いつの間にか固唾を飲んで見守っていた。

 スプーンに持ち替え、最後の山場であるカツカレーを切り崩していく。とんかつはスプーンでも容易に切れるほどやわらかく、衣は時間が経ってもサクサクと心地よい音を奏でている。カレーとの相性も抜群だが、やや辛めの中辛だったため碧乃が顔を手で煽ぎ始めた。


「ちょっと辛いよな、これ」

「ん……店長さん」

「あっはい! 何でしょう?」


 傍で時間を見ていた店主を呼ぶと、碧乃はドリンクメニューのマンゴーラッシーを指して「これください」と言った。


「はいただいま! マンゴーラッシー一丁! 急いで!」

「はいっ!」


 店主がカウンターに声をかけるとバイトの女性が威勢良く応答した。そしてすぐにマンゴーラッシーを作って人混みをかき分け、碧乃のテーブルに置いた。


「お待たせ致しました。おかわりもすぐ出来ますのでいつでもどうぞ」

「ありがとうございます」


 よく冷えたマンゴーラッシーを口に含むと、熱と辛さがスッと和らいだ。カレーを初めとするスパイスの辛さに水は逆効果で、飲むなら乳製品が良いとされている。

 辛味の中和剤も手に入ったところで、碧乃もスパートに入った。


「エビもおっきくて美味しい」

「このままでも美味いけどさ、タルタルソースほしくならね?」

「あーわかるー」


 そんな二人の会話を聞いた店主が、そっと「おつけしましょうか?」と訊ねた。

 瞬間パッと顔を上げて表情を輝かせたのを見て、クスッと笑いカウンターへと声をかける。たかがソースといえど増えたら不利になるのは向こうなのに、彼らは挑戦の前に食事を純粋に楽しんでいる。それが何だかうれしかったのだ。

 なによりエビフライ単品や定食には元々ついているのだから、いまつけたところで店としては何の問題もない。


「タルタル持ってきて!」

「はいただいまー!」


 小鉢に盛られた店主お手製のタルタルソースが二人分届けられると、碧乃と刹那は揃って「やったー!」と子供のような歓声を上げた。早速タルタルソースをつけて、思い切りかぶりつく。咀嚼する度に期待していた味が口の中に広がり、満足感が胸を満たすのを感じた。


「んー、美味しい」

「大きめに刻んであるピクルスがいいよな」

「ねー」


 まるで普通の食事風景のようにゆったり話しながら食べているものだから、彼らの前にある皿がキロ単位のチャレンジメニューであることを失念しそうになる。


「あーもうなくなっちゃう」

「美味しいものってなんで食べてるだけでなくなっちゃうんだろうな」

「なんでだろうねー」


 動画を撮影しながら見ていた人は、一瞬納得しかけてから「なにを言っているんだこの人たちは」と言いたげな顔になった。

 そうこうしているうちにカレーも底をつき、最後に残ったカットトマト一切れを、二人がスプーンに乗せて口に入れた。最後にさっぱりしたかったのだろう残し方は、彼らがこういった挑戦に慣れているのだと思わせた。


「ご馳走様でした!」


 手を合わせた瞬間、店主はストップウォッチを止めた。

 時間にして三十二分。最速記録ではないが、充分に早い時間だ。


「ありがとうございました。間もなくチャレンジ成功の報酬をお持ちします」

「やったー」


 この店のチャレンジメニューは、失敗すると一万円の支払い。成功者は食事料金が無料になる上、報酬としてその場で杏仁豆腐のサービスと、千円分の無料お食事券がもらえる。


「此方、成功された方へのサービスで杏仁豆腐で御座います」

「わーい、頂きまーす!」


 満面の笑みで受け取って小さなスプーンで食べ始める二人を、観客も店主もいっそ清々しい気分で眺めた。此処まで来ると信じられない気持ちも吹き飛んでしまう。

 店主はこれまでも何度かこのメニューに挑む客を見てきた。元々はパーティなどに向けたシェア用メニューだったのだが、それがSNSで注目を浴び、流行の後押しもあってチャレンジメニューとしても提供するようになった経緯がある。

 客足は増えたが、中には大して食べる気もないくせに動画映えのために注文して、九分九厘残して帰って行く配信者もいた。大食いを自称する人の中にも後半になるにつれて表情がつらそうになっていき、うんざりした顔で料理をつつき回す人もいた。

 チャレンジメニューとして提供する以上それらはリスクとして頭にありはしたが、実際自分の料理が大量の残飯として突き返されると、心に来るものがあった。

 だが彼らは、最後の最後まで美味しいの一言を欠かさなかった。

 見ているほうがしあわせになるような食べ方だった。


「これすっごい美味しい」

「持って帰りてーな」

「こういうのお鍋いっぱい食べるの夢なんだよねー」

「すげーわかる! バケツプリンとかな!」

「ねー」


 観客の中に「夢なのはわかるけどいまする話じゃなくね?」と、ドン引きしている人がいて、それまで二人の挑戦を普通の食事風景として眺めていた人たちもいくらか正気を取り戻し始めた。


「デザートもご馳走様でした!」

「そろそろ帰ろっか」

「おー。皆も飯食いてーだろうしな」


 揃って立ち上がり、モーセのように割れた野次馬のあいだを抜けて扉へと向かう。最後に一度振り返ると「お騒がせしました」と頭を下げ、店主と店員の「ありがとうございましたー!」という元気な声を背に、外に出た。


「パスタとケチャップ買って帰ろうぜ」

「陽和にメッセ入れとこ」

「てか甘いもん食いたくね?」

「さっきの杏仁豆腐でちょっとスイッチ入ったよね」

「アイスクレープがいいなー俺」

「じゃあ買い物したらクレープ屋さん行こ」


 手を繋いで、二人はショッピングモールへと消えていく。


 その日、SNSに上がった一つの動画が大バズりした。

 射手矢刹那の横で、大食いでも有名な彼とほぼ同じペースでチャレンジメニューを完食したあの少女はいったい何者なのか、と。刹那がお願いした通り、碧乃の顔にはモザイク処理がされている。だが皿の上からとんでもない早さで消えていく食べ物はそのまま映っているわけで。大食い配信者のコメント欄にも、SNSで話題になったあの少女と知り合いじゃないかといった内容が散見された。

 まさか大食い配信ではなくゲーム実況界隈にいるとは思われず、碧乃が自ら配信でネタばらしをするまで、誰にも気付かれなかった。

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