第36話 アオガネ

 店の電話が鳴った。狭間が不在なのでアオガネが出なければいけない。衝立の向こうから、ぬっと姿をあらわしたアオガネは音もなく移動すると電話を取った。


「……はい、質屋です」


 言葉遣いは丁寧だが、淡々としており、やる気のない声だ。


『ほ、宝石を売りたいんだが……』

「すみませんが店主は不在にしているので、折り返します」


 アオガネは命じられた通りの受け答えをする。突き放した硬い口調なのは、わざとではない。申し訳なさそうに話すという芸当ができないだけだ。


『いっいや、いい。またかけ直す!』


 命令通りに答えたのに、電話は切れてしまった。店番をしていると、こんなことばかりだ。アオガネはまた、のっそりと衝立の向こうへ戻る。

 しばらくすると狭間が戻ってきたので、アオガネは電話のことを伝えた。しかし狭間は興味がわかなかったようで、詳しくは聞いてこない。

 だからアオガネも電話のことをすぐ記憶の片隅へ追いやった。そして指示された宝石の整理を始める。


 アオガネが整理を始めてだいぶ経ってから、また電話が鳴り、今度は狭間が取った。狭間は質屋だヨ、という愛想もなにもない応答をしている。


「あァ……あんたはたしか、クリソプレーズの」

「クク……そうかィ。あんたには荷が重かったようだ」

「わかった、引き取ろうじゃァないか」

「そうさな、買い取り価格は……」


 狭間の声だけが店内にぼそぼそと続く。仕事の電話らしい。その中でもアオガネにわかるのは宝石の名前くらいだ。

 クリソプレーズの市場価格は、ダイヤモンド等と比べると、あまり高いとはいえない。しかし狭間の宝石となると別だ。クリソプレーズには『いい記憶』がつまっていると狭間はいう。そういう宝石はたいてい高値がつくのだ。


「アオガネ、仕事だヨ」


 電話を終えた狭間に言われ、ひとつうなずく。


「愚かでも無謀でもねェが、利口とも言いがたい、ってところか。おもしろいモンが見られるかと思ったが、期待外れだったな」


 金庫から金を出して数えながら、狭間がぼやく。返事を期待していない独り言のようなものだ。だからアオガネは黙って宝石を片づける。


「米田がいた街で、最初からやつを知っていた男がいただろゥ」

「いたな」

「そいつのところに行ってきてくれ。いつも通り影を通してやりとりする」

「わかった」

「持っていきな」

「わかった」


 狭間がポケットからスマートフォンを引っ張り出すと、アオガネへ渡す。受け取られたスマートフォンは、ぬるりとアオガネの中に消えた。

 一度衝立の向こうに消えてから、アオガネは灰色の小鳥になり、小さな音をたてて開いた窓から飛び立つ。狭間はそれを見送ってから、


「そば茶を頼んでからにすりゃァよかったな……」


 小さく呟いた。



★★★



 アオガネは一ヶ月前にも来た街まで、まっすぐ飛んだ。前回は狭間といっしょに地上移動だったが、今回は空を飛んでの移動なので、とても早い。

 探すと男は、前回アオガネが男を見つけたときと同じ建物にいた。しかし今回は駐車場ではなく、地上四階にいる。窓の落下防止柵に留まるとアオガネは中を覗き込んで、クチバシでコツコツと窓を叩いた。


「……ん? 鳥? なんでこんなところに……」


 気づいたのは窓際に座っていた年配の男だった。この会社では窓際に部長席があり、配下の机が出入り口側に向かって並べられている。つまり年配の男は部長だった。

 アオガネはさらにコツコツと窓をつつく。目的の男が気づいてくれないためだ。


「部長、資料の確認を……どうしました?」


 次に気づいたのは、若い女だった。


「この鳥が窓をつついてくるんだよ」

「あら、かわいいですね……なんていう種類の鳥でしょう」

「鳥には詳しくないから、わからんな。これは開けてやったほうがいいのかね?」

「どうなんでしょうか……」


 ふたりがそんな会話をしていたら、ほかの者も集まり始めた。若い女が窓を開けてもアオガネが逃げないので、ペットとして飼われていたのではないかという意見が出始める。

 それでも目的の男が気づかないため、アオガネは飛んで室内をバサバサと一周した。そこでやっと男はあげた顔をこわばらせる。アオガネの目的が自分であるとわかったからだ。

 あわててガタンと立ちあがる。隣の席にいた若い男がそんな男を見あげた。


「どうかしましたか、越智さん」

「っあ、ぁー、いや……タバコ吸ってくる」

「? そうですか」


 それだけのことに、どうしてあわてた様子だったのか。若い男はそう感じたが、指摘せずに部屋を出ていく男……越智おちの背中を見送った。そしてすぐに興味をなくしたように仕事へ戻る。

 アオガネも目的を果たしたので、窓から外へと飛び出した。残念そうにいくつかの声が追ってくるが、すぐに聞こえなくなる。以前と同じ駐車場へ向かうと、すぐに越智があらわれた。

 車の影からぬるりと小鳥から成人男性に変化したアオガネがそれを迎える。そして取り出したスマートフォンで連絡を入れた。


「早すぎるぜ……はー、びびった……」

「ついた」

『宝石の確認が先だ』

「わかった。……宝石を出せ」


 アオガネがスマフォを持っていない手を差し出すと、越智はうなずいて懐から袋を取り出した。複雑に結われた紐をほどくと、中からクリソプレーズを取り出す。


「……これだ」

「狭間、問題ない」

『いつもの場所に置いてあるヨ』


 アオガネが自身の影に手を突っ込むと、現金を取り出した。金額を確かめ越智に告げると、越智は問題ないとうなずく。そして宝石と現金の交換が行われた。

 アオガネはすぐにまた影へ手を突っ込んだ。宝石を狭間へ送るためだ。


「たしかに受け取ったぜ」

『……こっちも問題ねェ』


 双方の声を聞いてアオガネはうなずくと、通話を切った。これで仕事は終わりである。


「助かったぜ、ありがとな……って、おい!」


 越智の声を最後まで聞かずにアオガネは小鳥になると飛び立った。もうここにいる意味はない。

 駐車場を出ると、アオガネは帰る前になんとなく司口の家へ向かった。一ヶ月前、人形をすべて壊したのはアオガネだ。宝石の回収は狭間が行った。

 そのせいか、事件は強盗としてあつかわれている。そんなことはアオガネの知ったことではないが。

 住民も手入れする者もいなくなった家は、たった一ヶ月で荒れていた。庭には落ち葉やゴミが溜まり始め、雑草がいたるところで生命力を見せつけている。締め切られた家の中は、よくないものが集まっていた。


 遅かれ早かれ、司口の家に溜まったよどみは爆発するだろう。そして制御を失い、表しか知らない人間には不可解な事件となる。だがそれはアオガネの気にすることではない。

 確認を終えるとアオガネはまた、まっすぐに狭間のところへ帰る。狭間のいるところがアオガネのいるべきところであり、アオガネは狭間のために存在していた。だから、あまり離れるべきではない。アオガネはそう考えていた。



★★★



 アオガネが店に戻ろうとしたとき、店の結界の外をうろつく浮浪者がいた。谷口である。かつて狭間に記憶を売り、妻に離婚された男だ。

 谷口は以前、佐倉のところまで行き着いたものの、結局その治療は受けなかった。そして佐倉の予想通りの末路をたどっている。

 谷口は再度また質屋を見つけようとウロウロしていた。しかし売る記憶を持たず、記憶を買う金も持たない谷口には店を見つけることができない。


 隙間町の脇道通りの裏に、一軒の古びた質屋がある。昔からそこにあります、といったたたずまいで、木の板に「質」とだけ書かれた看板が出ていた。それ以外にはなにも店とわかるものはない。

 そこへ小鳥状態のアオガネは降りていくと、遠目に谷口を一瞥し、するりと開いた窓から中へ入った。またすぐに窓が閉じると、後にはひっそりとした裏通りが残るのみだ。


「だから言ったんだ。本当に買い取っていいのかィ……ってねェ」


 アオガネにも外にいる谷口にも気づいていた狭間は、小さくつぶやいた。しかしすぐアオガネにそば茶を頼んだ。客ではない男を気にする優しさを狭間は持ち合わせていない。




 記憶を売るときは皆さまもどうか、お気をつけくださいますよう。









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これで物語は一応終わりです。読んでくださり、ありがとうございました。

三人称視点の練習と文字を書くリハビリを兼ねて、いつもは書かない一次創作(しかも恋愛がまったくからまないもの)を書いたので、せっかくなら放流しておこうということで、こちらに投稿させていただきました。


気が向いたら「読んだ」だけでもコメント(という機能があるのかよく知らんのですが)いただけると嬉しいです。感想や評価等はもっと嬉しいです。

(いつもスケベな二次創作ばかり書いていたので、楽しんでもらえるものになってるのか、よくわからず……)

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隙間町・脇道通り 〜記憶の質屋〜 @になれない @maruno

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