第40話 温泉旅旅 その2
「うわぁ!ぬるぬるする!」
露天風呂に体を沈めると、美奈は程良い肉付きの左腕を右手で摩る。
「ナトリウム炭酸水素塩泉……通称重曹泉の特徴ですね」
「りっちゃん詳しいね」
岩肌にもたれながら空を見上げるりっちゃんに翔子が感心の眼差しを向けた。そのすぐそばでは、黄色いアヒルさんがプカプカと水面を漂っている。
「ふふん、理科の先生ですから。ちゃんとした温泉なら壁に成分表が貼られてますよ」
「あれ全部読んでたんだ……」
まな板のような胸を張るりっちゃん。その並々ならぬ温泉愛に翔子は苦笑いを浮かべた。
「外みたいな匂いがしないのは、なんでなの?」
「ここだけ2km先から源泉を引いてるんだって。大浴場は硫黄泉みたいよ」
美奈の疑問にカレンは中居さんから聞いた話を伝える。
「へぇ〜、じゃあ、あとで大浴場にも行ってみよ」
美奈は肩まで湯に浸かると、ぼんやりと中空を仰いだ。透明な湯に肩まで浸かった裸体は、うっすらと赤く色づいている。
「先生も行きます」
プカプカと浮かぶアヒルさんを追いかけるりっちゃん。美奈と対照的な幼児体型。小さなお尻が水面に浮いている。
「先生、プールじゃないんだから」
その様子をカレンは呆れた顔で見つめる。モデルをしていただけあって、すらっと長い手足に引き締まった身体。胸は美奈より少し大きい。
翔子はそんなカレンに羨望の眼差しを向けていた。スレンダーと言えば聞こえが良いが、凹凸の少ない体型にコンプレックスを抱いていたのだ。
「……りっちゃん見てれば良いか」
翔子の心情を知る由もなく、りっちゃんはアヒルさんにご執心のようだった。
「そーいえば、さっきカレンの貸してくれた洗顔めっちゃいいね?どこで売ってるの?」
「通販だよ。スクラブだから毎日はダメだけどね」
「へぇ、いくらなの?」
「5000円くらいかなぁ」
「うわぁ」
「た、高いですね」
美奈とりっちゃんは驚きに声を上げる。翔子だけはふーんと聞き流しながら、先程の洗顔の効果を右手で確かめていた。
「先生は薄給なので常用出来そうに無いですぅ」
名残惜しそうに両手で顔を摩る。
「あたしんちも貧乏だから無理だわー」
「あはは……そうだよね」
二人の反応にカレンは愛想笑いで応えた。
「今度買ってみようかな……」
ただ翔子だけは違ったようで、水面に浮かぶアヒルさんを突きながら、ボソッと呟いた。
「マジマジ?翔ちゃん?」
驚く美奈に彼女は小さく頷く。
「良いと思うよ。翔ちゃん可愛いから、更に磨きがかかるね」
「か、可愛いかな?」
カレンは照れる翔子に微笑む。その微笑みに彼女は頰を赤くし、はにかんだ。
「うん、化粧も教える?」
「えぇ?似合わないよ」
困ったように眉を下げる。
「女子っぽい翔ちゃんも見たい!」
「えぇ……」
美奈の勢いにたじろぐ。だが、悪い気はしていないようだ。嫌なものは嫌とはっきり言う性格を知っている美奈とカレンは、嬉しそうに顔を見合わせるのだった。
***
日も暮れた頃、悠斗達はロビーから続く階段を降り『白夜の間』と書かれた扉を抜けた。そこは広々とした室内に広がる日本庭園。
傍には石灯籠が立ち並び、池に架かる橋の周りには真っ白な枯山水が広がっている。その見事な景観に言葉を失っていた。
「女将の湯山でございます。本日はお越し頂き、ありがとうございます。心ばかりのおもてなしでございますが、ごゆるりとお楽しみくださいませ」
橋の前に立つ女性が優雅に一礼する。
「あ、あの後で写真撮っても良いですか?」
「えぇ、先代の自信作なので喜ぶと思います」
美奈のお願いに女将は優しく微笑んだ。
「やったね、こばと」
「ああ、これは素晴らしい絵になりそうだ」
そんな二人と共に橋を渡ると、茶室のような建物に案内された。中は8畳ほどの和室で、中央には木製のテーブルが鎮座している。その奥には掛け軸と生け花が飾られていた。
窓からは庭園が一望でき、竹林が茂っている。悠斗達は中居さんに促されるまま、テーブルに座る。
既に先付けの前菜が置かれていた。お洒落な小鉢に盛られた色鮮やかな一品料理が視覚でも楽しませてくれる。
鍋料理も出てくるのか小さな陶器のコンロが各自の前に置かれていた。
「お飲み物はいかが致しますか?」
中居さんがお品書きを手に尋ねる。中を覗き込むと、地元の日本酒や焼酎からソフトドリンクまで幅広い品揃えが書かれていた。
「先生はビールです!大ジョッキでお願いします」
「りっちゃん、うちらといる時はノンアルって言ったよね?」
「えぇ!?酷いですぅ!先生、ちゃんと免許証持ってきたもん!」
免許証を片手に、うるうるの瞳で訴える。
「……はは、俺は烏龍茶で」
「僕も」
「私はノンアルコールカクテルにしようかな」
「オレンジジュースが良い」
そんな二人のやり取りを悠斗達は笑いながら見ていた。
「ビールもお出しできますが、いかが致しますか?」
中居さんは少し困った顔で、りっちゃんに尋ねる。
「先生はビールが良いですぅ」
「はいはい、仕方ないわね。あたしはリンゴジュースでお願いします」
美奈は懇願するりっちゃんに折れると、中居さんに向き直った。
「えへへ、今日はいっぱい飲みますよ」
嬉しそうに免許証をしまい込む。先付けを口にしてみれば、旨味が凝縮されたような豊かな味わいに悠斗達は思わず感嘆の声を上げた。
花形の人参も柔らかく、煮汁と絡んで上品な味わいを醸し出している。
「男湯はどうだったの?」
「ああ、もうずっとアニメの話ばっかだったぜ」
「いやいや、そうじゃなくて……」
美奈は苦笑いを浮かべる。
「ゆうちゃん、匂いとか景色の話だと思うよ?」
「ん?良かったよ。硫黄の匂いが濃くてさ、露天風呂もあったんだぜ」
もっとも小鳥遊の話を一方的に聞いていたので、のんびりとはいなかったが、それは仕方ないだろう。
「次は新作のギャルゲーについて語ろうではないか」
「勘弁してくれよ」
目を輝かせる小鳥遊に溜息を漏らす。先付けが終わると、続いては椀盛りの料理が運ばれてきた。同時に注文した飲み物が運ばれる。
時間がゆっくりと流れる中、ビールの減りだけは早く、りっちゃんは早々に三杯目に突入していた。
「うふふ、温泉って最高れすね~!」
刺身とすずきの西京焼きをつまみに、上機嫌でぐびぐびと飲んでいる。顔は赤くなり、呂律も回らなくなってきていた。
「りっちゃん大丈夫?」
「まだまだこれかられすよ~」
そんなりっちゃんを心配そうに美奈が見つめる。
「ストレス溜まってたのかもね」
「教師って大変なんだな」
働いていたカレンはりっちゃんの気持ちに共感できるのだろう。悠斗は同情の眼差しを向けた。
やがて、コンロに火が入り、鍋が煮える頃。りっちゃんはテーブルに突っ伏し、爆睡していた。
「まだステーキも残ってるんだけどな」
悠斗は困ったように頭を搔く。
「りっちゃんの分はあたしが食べるよー」
「みなっちまだ食べれるの?」
「胃袋の鍛え方が違うのだよ」
美奈の胃袋はブラックホールなのか。悠斗は苦笑いを浮かべる。その後もりっちゃんが起きる事はなく、最後のデザートを食べ終わる悠斗達。
「腹ごしらえも終わったし、こばと行くよ」
「うむ、撮影ポイントと構図は頭に入っている」
二人は立ち上がると、不敵な笑みを浮かべた。
「まさかコスプレする気か?」
「柊君、まさかもなにも、ここからが本番ではないか」
「なんだ?柊も手伝ってくれるのか?」
「いや、遠慮しておくよ……」
悠斗は苦笑いを浮かべると、二人を見送った。
「りっちゃん置いてく?」
「それは可愛いそうじゃないかな」
本気で言ってそうな翔子に、カレンが笑いながら答える。
「俺がおぶってくよ」
「ゆうちゃん、優し〜」
「悠斗、頑張れ」
悠斗はりっちゃんを背負うと、二人を追うように部屋を後にした。
「ねぇねぇ、この後は温泉街に行ってみたいんだけど、大丈夫?」
「ああ、良いぜ」
「うん、行ってみたい」
カレンの提案に、二人は首を縦に振る。
「とりあえず、この階段を登らないとな」
悠斗はロビーに続く階段を見上げると、重い息を吐いたのだった。
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全肯定の美少女が幽霊なんて些細な問題だ! 少尉 @siina12345of
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