秋の夜風と黒猫と
雪野うさぎ
第1話 秋風の涼しいころ
夏の暑さも鳴りを潜め、涼しい秋風を肌で感じる夕暮れにそれは現れた。
「にゃー」
電柱の陰から黒っぽいが、まるで影のようにぼんやりとした輪郭を持っている猫だ、よく見るとその猫は尾が三本もあり、毛だと思っていた黒い体は黒い靄のようにも見える。
聞いたことがある、この地域に古くからある伝承で夕方に尾が三つの黒猫っぽい生き物が現れることがあるらしい。夕暮れに猫ならざる者に声をかけられると魂を吸い取られてしまうらしい。
「どうしたんだい、君、一人ぼっちか?」
そう言って俺は声をかけた、少しびっくりしたのだがささくれていた心から発された言葉は存外前向きな言葉だった。
「にゃー、にゃー、ごろろ」
右手を前に出して屈むとその猫のような生き物は手にじゃれついてきた、感触は猫そのものであり、黒い靄のように見える毛並みもしっかりと柔らかい。
「そうか、俺も一人なんだ、君はうわさに聞く魂を持っていく猫なのかい」
「ぺろぺろ」
是なのか否なのか言ってることは分からなかったが差し出した手をペロペロと舐めている、正直この猫がどういう生き物だったとしても自分にとってはあまり関係が無かった。
「にゃーん」
満足したのかその生き物は踵を返すと走り出し、こちらを数度振り向いたがそのまま夕暮れの街へと消えていった。
俺はそれを見送った後そのまま帰路に就いた。
「ただいまー」
帰宅したが返事は無く、奥の部屋からは男女の喧嘩が聞こえてくる。互いに罵り合い、目的もなくいがみ合う。いつからだろうか、このような日々が続いているのは。
無感情にその声を聴きながら自分の部屋に入ってかばんを置いた、イヤホンを取り出し最近ハマっているとあるミュージシャンの曲をリピートで再生して課題をしようと鞄を取り出すと、窓際に謎のもやもやが座っていることに気付いた、先ほどの猫っぽい生き物だ。
「あれ、君はさっきの?」
窓を開けて声をかけるとその生き物はタンッと一足で飛び部屋へと入ってきた、よく見ると尾が一本無くなり二本になっていた、何処かで落としてきたのだろうか。
「にゃーん」
その猫は俺の足元に来ると、先ほどのようにじゃれてきた、屈んで左手を差し出すとまたペロペロと舐めだしている。
「お前、尻尾どうした?どこかに落としてきたのか?」
左手を差し出しながら右手であごの下をなでる、その生き物はくすぐったそうな、でもどこか幸せそうに喉を鳴らした。
「にゃん」
満足したのか猫はタンっと窓際へと飛んで行った、数秒俺の顔をジッと見たかと思うとそのまま夜の街へと消えていった。
「変な猫だ」
俺はそう独り言ちて課題を取り出して机へと向かった、階下から聞こえる喧嘩の声が最終段階を迎え、声だけではなく物を投げあう音、誰かが扉を強く締めて出ていく音が部屋へと鳴り響いている。
課題が終わり静かになった深夜に俺は1階へと降り、冷めた料理を腹に入れ、風呂に入った、この時間は静かで好きだ。
「おやすみなさい」
風呂に上がり部屋に帰り布団に包まると途端に睡魔に襲われ意識は闇の中へと消えていった。
夢を見ていた、いつもの夢だ、俺は両手を両親から引かれ街を歩いていた。二人は仲睦まじく話しながら俺の手を引いており、その両親の顔を見て笑顔で俺は歩いている、幸せだったころの夢であり、もう遠くに行った過去の話だ。
「にゃー」
その声は聞こえてきた、三人の前に一匹の猫が現れた、黒い毛並みで琥珀色の眼をしたその猫は俺の足元に近づくとじゃれついてきた、俺はその猫の頭を乱暴になでると満足したかのような鳴き声を上げ、足元を通り過ぎそのまま街へと消えていった。
母親はかわいかったねーと俺の頭をなでると横からさあそろそろ遊園地だと父親の声が聞こえてきてそれに答えた後また再び闇に戻っていった。
―――じりりりりりり
目覚まし時計の音を聞き、夢を見ていた気がする、どんな夢を見ていたか思い出そうとしながら布団から這い出るとあまりの寒さに一瞬にして目が覚めた。
「あれ?」
ふと違和感に気付いた、その違和感が何なのだろうと思いながら一階に降りて台所に向かうドアを開けようとして気づいた、毎朝聞こえていた喧嘩の声が無いのだ。
そういう日もあるのかと思いながらドアを開けると、二人の声が聞こえてきた。
「おはよう」
「おーおはよう」
久々におはようの声が聞こえた、しかも二人同時にだ、一瞬ドアの前で固まった俺に二人は?顔を浮かべながらも声をかけてきた。
「そういえばもう少ししたら結婚記念日よね、あなたまたどっか3人で出かけない?」
「最近あまりお出かけ出来てなかったしいいな、何処に行くか二人で決めておいてくれ」
「えーまた私が決めるの、たまにはあなたの決めたとこでもいいのに」
二人の仲睦まじい姿を見て思い出した、今日見た夢はこの二人と遊園地へと出かける夢だ。
「じゃあさ、今度三人で遊園地にでも行かない?」
熱に浮かされたように発したその言葉は両親のいいな、そうしよう!という声に包まれた。
明るい気分で学校に登校しているとその声は何処からともなく聞こえてきた。
「にゃー」
真っ黒な毛並みで琥珀色の眼をした猫だ、頭から1本の尻尾まで綺麗な毛並みをしたその猫は、俺を一瞥すると満足したかのように歩いて行った。
秋の夜風と黒猫と 雪野うさぎ @natunokoori1123
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