第4話
まず、今日は来てくれてありがとう。スマホも渡せたし、試食もしてもらえて。それから、帰る時に、気が利いた事が言えなくてごめん。何て言ったらいいか分からなくて、ずっと考えた。
けど、これだけは言いたい。寂しいのは、空手部の部員も同じ。それから、凛が怪我をしてショックを受けたのも同じ。空手は勿論、歩くことも出来なくなった先輩を見て、どうしたらいいか皆分からなかった。ただでさえショックを受けてる凛を、自分達の軽はずみな言動で傷つけたらどうしようって悩んでた。でも、それを相談する相手がいなかった。こういう時に頼りにしてたのは、他でもない凛だから。
クラスや部員の接し方が変わって辛いと言ってたけど、それは凛は誰かのちょっとした様子の変化や雰囲気の違いに敏感だから。だからこそ、部長として部員が困っているのにいち早く気づいて声を掛けられる。部活の事だけじゃなくて、勉強や友達の事も全部、凛に聞いてもらえるとスッキリする、って皆が言う。部長を引き継いだけど、そこは未だに真似できない。ミッキーには「お前は鈍感すぎ。先輩の爪アカ煎じて飲め。」って言われる。
話を戻す。俺も含め、悩んでいるうちに察知した凛が部活を辞めた。連絡も通じない。部員は落ち込んでたし、片山に至っては「先輩に嫌われた」と泣いてた。けど、凛に限ってそれは無いと俺は思った。むしろ、皆に余計な気を遣わせたくないから部を去ったんだって。ガサツそうに見えて、凛は人一倍優しい。人の不安に気づいて、元気づける達人だ。
俺も、凛のその優しさで、合検して、ここにいるんだから。
「字、違うって―の。」
読み進めていた凛は止まってしまった。笑いながら泣いている。脳裏に、三年前の風景が去来する。
「あけましておめでとーう!」
「わ!?」
初詣に来た凛はお参りを済ませた後、絵馬を書く翔太の姿を見つけた。後ろから軽く背中を叩いて声を掛けたら、翔太がひどく驚いた声を上げてペンを落とした。その顔がひどく暗いので凛は気になった。
「あ、ごめん。もしかして字ずれちゃった?」
「違う……。」
「声小っさ。」
翔太は普段から声が決して大きい方ではないが、その時は一段と声がしぼんでいた。気になった凛が絵馬に目を留める。「北高に合検出来ますように」と書かれていた。
「翔太北高なの?もっと空手の強い高校だって推薦狙えるじゃん。ここ、運動部はあんまり強くないよ?」
「いい。ここがいい。……でも、もう駄目かも。」
「字間違えたから?」
「……うん。」
「声小っさ。」
そう言いつつ、珍しいなと凛は思った。というのも翔太は、おまじないやゲン担ぎなどを信じていない節がある。七夕の短冊にも願い事を書かないし、流れ星を見ても「ふーん。」でおしまい。小学校の頃凛と一緒に空手の大会に出た時などは、勝つにちなんでカツカレーを持ってきた凛に「相手選手もやってるから意味無い」と言い放ち、大喧嘩になった。その翔太が絵馬を書いている時点で意外なのに、誤字をしたから受からないかも、と不安になっているのは信じられないことだった。
「……じゃあ、正しい字は分かる?」
「ん?うん……。」
翔太は凛に言われるまま、「合格」と書いた。
「正解。ちゃんと覚えてるじゃん。じゃあ、もう大丈夫。」
「え。でも」
「だって、もう絶対間違えないでしょ。こんだけショック受けたら頭に残るじゃん?きっと、神様が事前に練習させてくれたんだよ。だから、本番は大丈夫!」
冗談めかして笑う凛を、翔太は呆然と見ていたが、急にうつむいた。ズッ、と鼻をすする音がする。
「え!?翔太、泣いてる!?」
「泣いてない。」
「いやでもさ」
「絵馬、掛けてくる。」
「ちょっとー!!」
顔を確かめようとする凛をかわしながら、翔太は絵馬を掛けた。他の絵馬より高い位置に括りつけられた絵馬は「合検しますように」が塗りつぶされ、「合格する」の文字が書かれていた。
「よく覚えてんなぁ。今の今まで忘れてたよ。」
翔太があの一件をそんなに感謝していたとは思わなかった。受かった時のラインは「無事受かりました。」の一文だけだったのに。鼻をかみ涙をごしごしぬぐいながら、凛は続きを読んだ。
幼稚園の時は俺が泣くたびに飛んできてくれた。小学校で少年団に入った時は、口下手で人付き合いも苦手な俺と他の子との間に入ってくれてた。その時出来た友達とは今でもずっと仲良くしている。凛がいなかったら、俺の小学校生活はもっと辛いものになってたし、それが中学高校まで続いたと思う。でも、俺は凛に助けてもらってばかりだ。凛みたいに、相手が何に困っててどう助けたらいいかすぐに判断出来るほど器用じゃない。けど、俺も力になりたい。だから、もっと自分勝手になってください。明日も、会いたいです。
「……。」
翔太が口下手で、この文章もきっと何度も推敲したのだろうというのは想像がついた。「ガサツそうに見えて」とか、「もっと自分勝手になって」とか、推敲してこの表現かよ!と突っ込みたくなる部分は多々ある。でも、それ以上に一番最後の部分が気になった。
「会いたいですって……告白かいっての!」
口に出したら、耳の先までかーっと熱くなるのを抑えきれない。翔太とは幼稚園からの付き合いだ、弟みたいと思う事はあっても、そんな、恋愛感情は
「ない!ないないない!」
ピコン
「え?」
吹き出しの葉が落ちてきた。今度は短文だ。
凛には悪いけれど、皆にせがまれたので凛のミルフィーユスマホの連絡先を部員全員に渡しました。俺で助けにならなくても、他の部員になら出来る事があるかもしれないから。凛の事も構うので、皆の事も構って下さい。
「こ、こら翔太―!?」
言っている傍から通知音が立て続けに鳴り、葉がひらひらと舞い落ちてきた。一枚を読み終えぬうちにまた次がやってくる。机の上はあっという間に葉っぱだらけになった。
「わーー!どれが誰のか分かんなくなっちゃったー!」
メッセージを整理しようとして、一旦手を止める。ミルフィーユスマホのラインを起動し、翔太のトーク画面を開く。まずは、このメッセージに返信しよう。文面を考え、推敲し、打ち込んでみたものの、何だかまどろっこしく感じてしまった。ラインなのだし、もっと簡潔に書くか。
「ラインありがとう。言いたい事はいっぱいあるけど、まどろっこしいので直接言った方が早いと思う。だから明日、格技場で会おう?」
日用(不要)品劇場 根古谷四郎人 @neko4610
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。日用(不要)品劇場の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます