第6話 とあるHCU(高度治療室)での夜

 

 ゴールデンウィークで、みんなが楽しそうにしているさなか、小麦のアレルギーでアナフィラキシーを起こし、救急車で大きな病院に運ばれたらん


 アレルギーを抑える点滴ですぐに症状は緩和され、大事にはならなかったものの、アレルギーの症状は数時間後にぶり返すこともあるとのことで、大事をとって一晩入院となります。



 不安な気持ちのまま、私はひとりHCU(高度治療室)残されました。



 夕食に病院食が出ましたが、何のアレルギーかも判明していないので、怖くて今までのように食べることができません。

 なんとかスポーツドリンクだけを恐る恐る飲むと、不安が押し寄せぽろぽろと涙が出ました。


 夜に薄暗くしてもらっても、眠ることなどできません。


 昼間に発疹が出たせいか、それがおさまっても体が火照った感じがし、それがまるで体の中で何か災いの火種がくすぶるよう思えて怖くてたまりません。


 何も特別なものを食べたわけでもないですし、特別なことをしたわけでもないのに、急に具合が悪くなって死にかけた。

 そのことがあまりにも衝撃的すぎて、これから何を食べて、どうやって生きて行けばいいのかと頭の中は恐怖と不安だけです。


 単純に『生きのびた、やった! 万歳!』とは、思えませんでした。


   *


 HCU(高度治療室)は、一般病棟よりもより注視しないといけない患者さんが入院する場所です。


 看護師さんもより手厚く様子を見に来てくれますし、部屋の近くでは色々な気配を感じるので子供みたいに泣きじゃくることもできません。


 私の部屋は静かなものですが、扉の外では苦しそうな人のうめき声や慌ただしい看護師さんの足音。緊急性を知らせる甲高いアラーム音が引っ切り無しに響いています。


 私は助かったけれど、苦しんでいる人は周りにいて、そしても自分もいつそちら側になるかもわからない。

 そう思うと、不安のゲージが一気に駆け上がり、涙が止まりません。

 もっと苦しい人がたくさんいるのに、良くなった私が騒いて手を煩わせるわけにはいかないと、声を殺しているとだんだんと息苦しくなってきました。


(どうしよう……。なにか後遺症なのかな? 息苦しいし、手がしびれてる。手のしびれって脳の病気なんだっけ??)


 不安が突き抜けてしまった私の頭には死への恐怖しかありません。

 息苦しさで、ハアハアしていると巡回に来た看護師さんが声をかけてくれました。


『発疹は出ていないですが、息苦しそうですね……。他に症状はありますか?』


「手が、しびれてるんです。私、大丈夫、ですか……?」


『あっ、過呼吸ですね。ハアハァ浅く息をするとなるので、ゆっくり息をしてくださいね』


 息苦しいのに、ゆっくり呼吸なんて出来るわけないよぉぉ。

 それでも、背中をさすってもらっていると少しずつ呼吸が安定しましたが、手のしびれはとれません。


「まだ、手がしびれてるですけど……」


『先生に言って、お薬出せるか聞いてきますね』


 看護師さんが去って行くと、代わりに宿直の医師がやってきました。


 歳は私より少し上かなと思う感じの、男性医師です。


『天城さん、どもー』


 随分と明るいというかチャラい感じの先生です。

 だて眼鏡のような大きな黒いメガネが、少しお笑いの芸人さんを思わせます。


『なに、眠れないの?』


 私は、うんうんとうなずきます。

 声を出してしゃべるとまた苦しくなりそうだから。


『手がしびれるって、どのくらい? 物が持てないくらい?』


 ただ、ジンジンするだけで物が持てないというほどではありません。

 私は、首を横に振ります。

 先生は、私の腕の内側と首もとなどに発疹のないことを確認して。


『うん。アレルギーの症状は治まってるから大丈夫だね。過呼吸から来るしびれだから、緩和するお薬出すよ。それ飲んだら良くなるから』


 過呼吸でそんな症状が出るのも知らなかったし、それを緩和する薬もあると聞いただけで少し緊張が解けます。


 すると、去り際に先生が思いもよらない言葉を言いました。



『ま、今晩は俺がいるから大丈夫だよ。何があっても助けてあげるからさ☆』



 指を二本立ててスチャッとハンドサインなんか出して言うものだから、私は目をぱちくりするしかありません。


 こんな人生の大ピンチの時あたったお医者さんが、こんな軽っるい感じの人でいいのかな??



 リアルでこんなこと言っちゃう人がいるんだと、ちょっと飽きれて驚いて……。


 でも、なんだかホッとしました。




 ほどなく届けられた薬を飲みながら、


(あんな恥ずかしいセリフ漫画でしか聞いたことがないよね)


 と、思い返してクスッと笑ってしまいました。


 第一印象がチャラいお笑い芸人みたいだと思ったのに、なんだか少しキュンとしてる私もいて、これが世に言う『つり橋効果』なのかと思ったり。




 その後、何年もその病院に定期的に通っていたのですが、ついぞその先生に廊下でばったりというロマンスはありませんでした。


 ちょっと残念。


 夜間救急の当直の先生であって、皮膚科医ではなかったんでしょうね。



 今考えれば、過呼吸を起こすほど緊張していた私を安心させるため、笑いをとってリラックスさせてくれようとした言葉だったのかも知れません。



 そう分かると、HCU(高度治療室)での一夜も人生最悪の日ではなかったかもと、さほど悪くない思い出にすり替わるのでした。


  お わ り



* * *



 本編はこちらです。

【カクコン10エッセイ】小麦転生☆米粉無双~小麦のない世界に転生したぽっちゃり女子の私は米粉で無双する!/天城らん - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16818093088239046043/episodes/16818093088241488597


 おまけの方は、これでおわりとしましたが何か質問やリクエストがあれば、本作(おまけ)はカクコンにエントリーはしていませんので(文字数制限がないので)、フォローなどしていただけると、追記の通知が行くと思います☆

 

 では、本編ならびにおまけ編の読了をありがとうござました!






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【おまけエッセイ】小麦転生☆米粉無双!のおまけだお。 天城らん @amagi_ran

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