冴えない女の色恋沙汰は短編位がちょうどいい

一閃

第1話 青い春の約束

 冬の公園のベンチは陽だまりに包まれて、束の間、寒さを忘れさせてくれる。

 あなたとこのベンチに座って、テイクアウトしたコーヒーを飲んだり、膝の上に小さなお弁当を広げて、ささやかなお花見をしたりした。久しぶりに独りで来てみたけど…。隣にあなたがいないだけで、こんなにも寂しい風景になるなんて思ってもいなかった。一緒に歩いた遊歩道、一緒に見た桜並木、一緒に乗った池のボート、夕暮れに話しをしながら揺られた小さなブランコ。いつも一緒だったのに、今はどこを探してもあなたを見つけることができない。

 独りで来たことを悔やむほど、あなたはまだ、思い出にもなっていなかった。


 私たちはまだ若く…若いと言うより青かったのかもしれない。それこそ「青い春」の真っ只中に居たのかもしれない。

 夢も見ていたし、欲しいものも沢山あった。嫌なことも沢山あったけど、無責任な自信を持ち、自分自身を過信して怖いものなどなかった気がする。そう、全ては自分次第と信じていたのかもしれない。


「おまえの夢って何?」

「夢?」

「そう、夢だよ夢」

「ん~あなたにって呼ばれないことかな」

「なんだよ、それ」

「今の時代にはないわよ。時代錯誤だと思うけど」

「古い男ですいませんね」

「あなたの夢は?」

「オレ?」

「参考にしたいので聞かせてください」

「オレは…」

「オレは?」

「秘密だよ」

「なんでぇ、自分のは言わない気ぃ?」

「おまえだって、おまえと呼ばれないことなんて誤魔化しただろ」

「えぇ~ホントの夢かもよ」

「な、わけないだろ」

「ま、あれだな」

「あれ?」

「おまえが夢破れたとしても、オレが居るからいいか」

「何それ、なんで私の夢が破れるって決まってるみたいな」

「たとえばだよ、たとえば!」

「夢は見るものじゃなく、叶えるものっていうだろ」

「周りから見れば今は無茶に見えても、夢は見たもん勝ちなんだよ」

「なんでよ?」

「夢を見なきゃ現実化できないだろ?」

「無茶に見えるような大きい夢を見てるってこと?」

「まあな」

『私は…平凡でもいいからら、あなたとずっと居られたらいいな、なんて言ったら…どうする?』

「で?」

「えっ?」

「夢だよ、おまえの夢」

「ん~、私も秘密にしておこうかな」

「そっか、お互い秘密か」

「オレは、必ず夢を叶えるから」

「そして、おまえと…」

「私と?」

「おまえを幸せにするから」


 あの頃…あなたが見ていた夢がなんだったのかは今もわからないままだ。バンドを組んでライブハウスで唄っていたし、小さな部屋で資格試験の勉強もしていた。他にもあなたは色んなことに顔を出し、手を出し世界を広げていた。私はそんな傍らで、ライブハウスに通ったり、夜更けに夜食を作ったり、私はあなたが夢を叶える為の手伝いをしているつもりだった。支えていこうと思っていたし、それが私の夢を叶えるためでもあった。

『あなたとずっと一緒にいる』と言う夢を。


 自分のために、自分だけのために好きなように使える時間は少なくなってきていた。社会に出るためのミッションは自分の都合を配慮してはくれない。期日を指定され、ページ数を指定され、テーマを指定され…。あなたはそんな日々に疲れたと言うよりは落胆していた。夢を語るより腑に落ちない世間の当たり前をなじることが多くなっていた。それでもお互い、ミッションをクリアして、いわゆる『社会の枠組み』の一員になったある日、あなたが言った。

「おまえの夢って何?」

「えっ?」

「てか、おまえは自分ていうものを持ってる?」

「酔ってるの?」

「かもな。でもこんな時でもないと言えないのかもな」

「どういう意味?」

「…重たいんだよ」

「重い?」

「あなたのため、あなたのためって、まるで世話焼き女房みたいにさ」

「それはそれでありがたいと思っていたさ。だけど、おまえは?」

「私?」

「おまえは誰で、何がしたくて、何を夢見ていたんですか!ってこと」

 段々と語気を荒げていくあなたが怖いのと同時に悲しくなった。

「私は、ずっとあなたと居たい、だからあなたが夢を叶えることが私の夢だったの!」

 今まで、ずっと言えなかったことが言えた…そのことで心がすっと軽くなり涙がこぼれた。あなたは大きく息を吐いた。

「それが重いんだよ。まるでオレがおまえが夢見ることを邪魔してるみたいだろ」

「そ、そんなことないもん」

別離わかれの予感』が心をよぎった。

「そんなことあるんだよ!」

 きっと、社会の中で上手くいかない事にぶつかる苛ただしさや、私とは逆にバリバリとキャリアを積む女性ひとの魅力を目の当たりにして、一気に感情が爆発したのだろう。

「なんで…今頃そんなこと言うの?」

 涙を止められずにいるけど、これが最後かもしれないと言葉を探す。

「あなたには平凡に見えて物足りないかもしれないけど、私はそれで幸せなの」

「あなたを失くしたくなかったの」

「わかるよ、オレもそうだった」

「えっ?」

「自分の夢を叶えて、おまえと幸せにと思ってた頃もあったよ」

「だけど、どうしても、おまえはそれでいいんですか?何者になりたいんですか?とおもっちゃうんだよ」

「大きくなくてもいいから自分の夢のために動いて、ふたりで切磋琢磨していけたらっておもっちゃうんだよ」

「もしも、もしもだよ、オレが夢を叶えられなくて朽ち果てた時に、オレの夢が夢だと言うおまえはどうするんだよ」

「一緒に朽ち果てますって言われて嬉しいと思うか?」

その言葉にドキッとした。まさしく心にあった言葉だった。

「本心では嬉しいと思うかもしれない…どんな時も一緒に居てくれるって」

「でも、それがお互いの幸せですか?とおもっちゃうんだよ」

「結果、そういや、どんな時も一緒だったねって言うためにはオレもおまえも、しっかりした生き方みたいなものを持った方がいいんじゃないですか!って話し!」

もはや、私にはあやしいセミナーのテーマにしか聞こえない。

「そうかもしれないけど、私は平凡でも、たわいなく思われても…あなたと一緒に居るのが夢だった」

あなたが「だから…」と言葉を続けようとしたのを遮り私は言った。


「だって、幸せにするって言ったじゃない」


あいかわらず、私は平凡な毎日を暮らしている。こんな陽だまりにホッとしたりしている。青い春の約束なんて、思い出にもならないんだよと、あの頃の私におしえてあげたい。

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