第5話 神無月

 神様が出雲へお出かけする神無月。私たちが逢うに相応しい季節なのかもしれない。

 ずっと想っていてもあなたの優しさが愛につながることもないとわかっている。その優しさは私の中で毒となる。『悪い女』なんて言葉ではかたづけられないこともわかっている。私は全てを失くすかもしれないし、あなたは全てを傷つけるかもしれない。

 いいえ…あなたは大切にしているものを傷つける前に私を切ることもわかっている。


「雨か…」

 あなたがポツリと言った。

「好都合じゃない」

 私もポツリと言った。

「なにが?」

「傘を差せば顔も見えにくいし…それに…」

「それに?」

「いろんなものを流してくれるわ」

「いろんなものって?」

 私はあなたの問いに答えなかった。

 どんなに勘が鈍い女だって、わかってしまう瞬間ときがある。どんなに抱きしめられても、優しい言葉をも心に染みることもなく、逆に不安や哀しみがつのることなんて、あなたにはわからないだろう。

 少し前まではあなたと逢うことに罪悪感で苦しくもあったが、今はあなたが私の中で毒になり心が麻痺してしまい、当たり前のような顔をして逢っている。だけど…鏡に映った私の後ろで帰り支度をしているあなたに「愛してる」と言っても、応える声は聞こえなかった。この瞬間、ただの『愚かなふたり』に墜ちたんだ。

「これから 仕事が忙しくなりそうなんだ」

「そう」

 私と逢う為の言い訳のひとつでもあるが忙しくなる…。『逢う気持ちがない』と宣言したも同然だ。

 平気な顔を崩さぬように最後となるだろう愛を告げてみた。

「愛してる」

「ん?なんか言った?」

 本当に聞き取れなかったのか、流したのか本意はわからないけど、

「なんでもない」と終わらせた。


 次の約束がない逢瀬なら、最後の日位、ひとつの傘でふたり肩を並べて歩きたかった。そんなことはすら叶わぬ縁だったのなら…今までの私を神様は許してくださるだろうか…。


 約束なんていらなかった。

 嘘でも良かった。一度だけでいいから「愛している」とあなたの声が聞きたかった。

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冴えない女の色恋沙汰は短編位がちょうどいい 一閃 @tdngai1

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