第4話 春よ来い

 細長い簡易テーブルの向こうには着飾った人たちが行き交っている。私も着飾ってはいるけれど…、テーブルのこちら側に立っている。

「なんで 俺たちここにいるんだよ」

 隣に立つあなたが ボソッと言った。

「なんでって 結婚式の受付だからでしょ」

 私もボソッと言った。

「だから なんで俺たちなんだよ」

「知らないわよ 私だって今日言われたんだから」

「さっきから何してんだよ」

「つま先立ち」

「 なんでだよ」

「足首細くしたいし 体幹鍛えたいし」

 本当は何かをしてないと落ち着かないからだ。

「今やることかよ」

「今でしょ」

「いいじゃないクロスでヒール脱いでるのも見えないし」

「アホか」

「本日はおめでとうございます」と招待客に声をかけられる。

「ありがとうございます」

「こちらにご記帳お願いします」

 一連の流れを終え

「お時間まであちらのお部屋でお待ちください」と〆る

「素晴らしい営業スマイル」

 また、あなたがぼやく。

「おそれいります」と私が返す。

「なんで 嫁さんの友人が来ないんだよ」

「普通 両家の代表が立つもんだろ」

「今朝知ったんだって」

「何を?」

「受付が必要だって」

「はあっ!?」

「アホかって言わないの?」

「 それと嫁さんの関係者が来ないのが関係あるのか?」

「レンタルしたウェディングドレスが…」

「が?」

「レースがほころんでいたりで…」

「で?」

「こんなはずじゃなかったってすねてるから」

「なぐさめてるってか」

「ドレス以外もほころんでるっちゅうの」

 式の時間が近づき、受付に来る人もまばらになる。

「で なんで おまえが堂々と受付に立ってるんだよ」

「数時間前に言われたから」

「来るとは思っていなかったけど」

「ご招待されましたから」

「招待する方もアホだし 来るおまえもアホだな」

「なんで?」

「なんでって そりゃあ」

「私がふられたと思っているでしょ?」

「違うのか?」

「ふられる以前のお話しです」

「え?どういうこと?」

「付き合ってないもん」

「まてまて 整理させてくれ

 」

「年がら年中一緒に居たよな?」

「そう見えたろうね」

「実際 居たし」

「やつのお袋さんとも仲良くしてたよな?」

「うちには女の子が居ないから~って言われてね」

「で?」

「何が で?なの?」

 あなたが声をひそめて私の耳元で

「してねーのか?」と言った。

 私はあなたの顔も見ずに

「してねーよ」と言った。

 そんな私を見てあなたが

「男まえ~」と大袈裟に言った。

「ご祝儀いくら包んだんだよ」

「もう さっきから下品なことばかり言ってるし」

「おまえだから心許してんだろ~」

「この束でどこまで行けると思う?」

「ん~警察の留置所」

「冗談だよ」

「わかってます」

「良かったんじゃねーの」

「何が?」

「ハレの舞台の受付忘れる男と結婚しなかったことがさ」

「え?」

「小さなことを大切にできるやつの方が信用できるって」

「ご祝儀 かっぱらわない人とかね」

「冗談だって」

 なんだか心が軽くなった。好きだったから一緒に居られたけど、彼の好きと私の好きは違っていたんだ。

「なんなら 試しに俺と付き合ってみるか?」

「…。」

「どーよ?」

「バーカ バーカ バーカ」

「3回も言うな!」

「でもさ 真面目な話し やつの結婚式の受付にちゃんと立ててるのはスゴいと思うよ」

「なんも知らないくせに」

「知らなくていいことだってあるさ」

「そうか そうかもね」

「ひとつだけわかったことがあるの」

「何?」

「彼は泣き虫が好きなんだって」

「そっかぁ だよな」

「式が始まる前にすねる嫁さんだもんな」

「男性から見たら可愛いんじゃないの?」

「まあな 受付でつま先立ちしてる女よりはな」

「本気で言ってる?」

「でもさ 男にも好みとか相性みたいなのはあるからな」

「ふ~ん 好みと相性か」

「俺だったら つま先立ち女かな」

「なぐさめてる?」

「いやあ 相性的にだよ」

「おそれいります」

「どういたしまして」なんて会話をした後での チャペルの式で、彼の顔を見て

「だらしなっ」とつぶやくと、隣に陣取っていたあなたが笑った。

「なんで隣に座ってるのよ」

 何気なく言うと

「神様のいたずらかな」と応えた。

「へぇ~そんなことも言えるんだ」

「見直したか?」

「別に…」

「かわいくねぇな」と言いながらも、柔らかい表情で笑うのを横目で見て、正直、ほっこりとした。

 きっと、ふざけているようでも、彼と私の共通の友だちとしての長い付き合いの中で、色々見てきたし、察してくれての優しさなのかもしれないと感じた。

 式も終盤になり中庭でブーケトスが行われた。独身女子が前に出て行く。

「行かないのか?」

「行かないよ」

「なんで?」

「幸せのおすそわけなんていらないから」

「かわいくないでしょ?」

 と、あなたの顔を見ると、

「男まえだなあ」

 と、さっきと同じ柔らかな笑顔を見せてくれた。

「春は来る いつかきっと来る」と自分に言い聞かすように言うと

「来るさ 必ず」とあなたが言った。

「さあて 今夜は朝まで呑みますかぁ」

「私はてきとーに帰りますけど」

「冷たいなぁ つきあえよ」

「夜更かし 深酒は肌に悪いので」

「女子みたいなこと言うなよ」

「立派な女子ですけど!」と笑いあった。


そんなふたりが同じ春の景色を見ることになるなんて…

それも神様のいたずらなのかもしれない。

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