ポリ鬼

翡翠

110番通報

 この前、数人で飲み会をした時、友人の牧野翔太まきのしょうたは悪ふざけで110番通報をしてみようなんて言い出したんだ。


 最初、そんなのやめとけって軽く止めたんだけど、酒やその場のノリもあって皆んなでやろうってなった。


 俺はそんなにノリ気じゃなかったけど、結局その場に流されてしまった。


 翔太はスマホを取り出して笑いと震えを堪えながら警察に通報する。



「助けてください!友達が刺されました!」



 真剣な表情を作って状況を説明していた姿が酷く滑稽こっけいで、俺たちは溢れそうな笑いを腕で抑えながら、その様子を見守ってた。


 通報が終わると、翔太は満足げな顔で通話を切る。


 その直後、吹雪の中に立ってるかと思う様な寒くて強い風が室内に吹きつけて、なんとなくこの状況に気味悪くなって、急いでこの場を去ろうとしたんだ。


 時を待たずして、後ろからドンドンと足音が聞こえてきて、俺らが振り向くと、制服姿の警察官が立っていたんだ。


 でも、そいつの顔は無表情で目に生気が感じられない。俺たちはそれを見て虚偽通報した事に対して罪悪感が滲んできちゃって。


 すみませんこれは… と何とか弁解しようとしたんだけど、無言でこっちをじっと見つめたままこれっぽっちも動かない。


 俺たちの後ろに誰かいるかのように、その視線は俺たちを通り過ぎた奥に注がれていたんだ。


 翔太がすみませんちょっとふざけただけで…と謝罪したその瞬間、警察官が呟いた。



「君たち、まだ気づいてないのか?」



 どういう事だ?って思ったよ。その言葉に背筋が凍りついたのを覚えてる。


 そいつはゆっくりと後ろを指さしたんだ。


 その先には、血だらけで少し俯きながらこちらを鬼の形相で睨む…


 俺たちが虚偽通報ででっちあげた“被害者”そのものだったんだ。


 その場から全力で逃げ出した。


 でもどこへ行っても足音がついてくる。そして、何度振り向いても、あの血だらけの“被害者”が立ってるんだ。


 警察官もいつの間にかいなくなってて、俺たちは暗い道をただ逃げ続けるしかなかった。


 その日以降、翔太は連絡が取れなくなった。あの時、俺たちが見たものが何だったのか、未だに分からない。


 今でも夜道を歩いていると、後ろからあの足音が聞こえてくる気がするんだ。そしてあの警察官の言葉が何度も頭に響くんだ。



「君たち、まだ気づいてないのか?」って。



 もしかしたら、俺たちはあの日、何か禁忌きんきを踏み越えてしまったのかもしれない。

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ポリ鬼 翡翠 @hisui_may5

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