しろ、瞬き
こえの限り、叫ぶ。あたまからつま先まで震えるような自身への怒りに、あごすらも限界を知ることなく開け放たれ。
どうにも届かぬその背中に、抱きついてやりたかった。平然と歩く彼女の靴音はどんどんと薄らな音を立てていく。
脳内に煌々と現れる『動かない』の文字。しかしからだ中が、そんな事は構わぬと、しびれた感覚に塗れたあしを一歩一歩と踏み出してゆくのだ。
彼女がこちらに振り向いて、指を広げた。添えるように私のあたまをなでる。こえとは、何か。いつものように彼女を求め、ないていたこえはどこへやら。のどから這い出るはずのちいさな音さえも潜んでしまっていた。
少しだけ、あと少しだけ、時が余っていたなら。こころの壺に入りきらない感情すべて、すうっと消えていたのだろうか。
「ありがとうね」
久しぶりに彼女の声などというものをみみで受け取った。思うように開かない視界も、地面に這いつくばったままのからだも、いまはどうでもよかった。
心地のよいその声が、聴けたならそれでいい。
私はそれだけがこころ残りだったから。うまく、めが働かないが、笑い声がする。今の私は、誰が見てもわかりやすく喜んでいるだろう。
私という者に似合わず、こんな事を求めてしまって申し訳ない。
けれども、できる事なら。どうか、私の灯火が消える前に。
「サチ」
彼女はたしかに、私の名前を呼んだ。笑っているに違いない。顔を見ることは叶わないが、肩が揺れている。彼女は豪快に笑う者であった。
ああ、勝手にしっぽが揺れる。遠い、どこか記憶の彼方。彼女が私の名前の由来を話している声。
私たちも、やがて命が尽きるものですから。
動かなくなり、こえもなく、静かになるのは同じですから。
彼女の笑う顔を、映すだけで私はとても居心地がよかった。
彼女の記憶のなかで、私が生き続けていれば。それだけで私はよいのだ。
「サチ」
交換する部品がなくなった犬のロボットは、完全に停止。柔らかなカーペットのうえで静かな時を迎えた。
指同士で潰せるような心 匸凵 @kamikirez
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