聖女のおまけ? いいえ、私は勇者です

椰子ふみの

第1話

 部活の帰り、私はゆっくり歩いていた。薙刀部なので、持ち帰る時の荷物が多い。人に当てないように気を付けて歩く。


「助けて」


 いきなり、誰かに手首を捕まれた。


「沙也加?」


 同級生の沙也加はおしゃれで私とはタイプが違って、そんなに親しくない。それなのに助けを求められて驚いていると、沙也加が光に包まれ始めた。足元を見ると魔方陣が広がり、そこから上へ向かって、光が伸びている。

 つい、見とれていたら、私まで光の中に包まれてしまった。

 やばい。

 そう思った時には手遅れで沙也加と私は城の中の大広間にいた。


「成功だ!」


 歓声が上がる中、金髪の美男子が近づいてきて、沙也加に手を差し出した。


「ようこそ、美しい聖女様。私はこの国の王太子、ジョージだ」


 沙也加は私の手首を離すと、ジョージの手の上に自分の手をのせた。


「私は沙也加」

「可愛らしい名前だ」


 見つめ合う美男美女。

 うわ、異世界召喚って奴?


「あのー、すみません、私、関係ないんなら、元の世界に戻りたいんですけど」


 私が手を挙げると、みんなが一斉にこちらを見た。


「なんだ、この少年は?」


 二人の世界を邪魔されたことが不満なのか、王太子は眉をひそめる。沙也加がくすりと笑った。


「私のお友達ですの。これでも女性なんですよ」


 こっちは友達なんて思ってない。ただの同級生。私の髪は短いマッシュルームカットで色気もないかもしれないけど、運動部の高校生はこんなもんだ。


「私についてきたんですね」


 困ったわというように沙也加はため息をつく。おい、お前に引っ張られてこんなところに来たんだぞ。


「なんだ、おまけか。悪いな。召喚された人間は元の世界には戻れないんだ」


 全然、悪いと思っていない様子で王太子が言うと、まわりがどっと笑う。人を勝手に連れてきておいて、馬鹿にしやがって。

 くそー。こいつら、殴ってやろうか。私は担いでいた薙刀の袋を下ろした。こう見えても、インターハイの試合競技、個人三位だぞ。

 そう思うだけでじっとしていたのは、ほとんどの人が腰に剣をぶら下げていたからだ。斬られたら、おしまいだ。


「可哀想だから、追い出したりはしないでね」

「ああ、もちろん。ジルト、面倒を見てやれ」


 沙也加の言葉に王太子は部下の一人に命じた。二人は見つめ合いながら、部屋を出ていく。その後をみんなゾロゾロついていった。


「なんて、運の悪い。聖女のおまけの面倒を見る羽目になるなんて」


 バーコード頭のジルトというおじさんはずっと、ぶつぶつ言っていた。




「馬鹿やろう、くそったれ、馬鹿やろう、くそったれ」


 薙刀を振りながら、声を張り上げる。まったく。異世界に来てから、私は柄が悪くなってしまった。

 あれから、一週間、私はお城の庭の小屋で生活している。昔の庭師が住んでいたというボロボロの小屋だ。ジルトというおじさんは厄介ものを押し付けられたという気持ちらしい。日に二回粗末な食事が運ばれてくるけど、それ以外は放置。掃除や洗濯を自分でやるのは電気製品に慣れた人間にはつらい。着替えもないので、制服と道着を交互に着ている。

 広大な庭の隅で人目がないのをいいことに薙刀の練習をすることだけが気晴らしだ。体を動かすとまずいご飯も美味しく食べられるし、すぐに眠ることができる。


「面白い武器だな、なんて言うんだ」


 いつのまにか、そばに赤毛の男の子が立っていた。私と同じくらいの歳だろうか。痩せているが、背は高い。


「薙刀」

「ちょっと、貸してみろ」


 伸ばしてきた手を軽く叩くと、男の子は驚いたようだった。


「返事も聞かずに取ろうとするなんて、失礼な」


 そう言うと、男の子はにやりと笑った。


「じゃあ、ちょっと、俺と勝負しないか。俺が勝ったら、貸せよ」

「私が勝ったら?」

「何でも願いを一つ聞いてやる」


 おおっ、言ったね。やる気が出る。


「女に怪我をさせたら、怒られるから、防護をかけるぞ」


 男の子が何か唱えると、一瞬、体が温かくなった。魔法か。さすが、異世界。


「自分にもかけときなさい」

「いつでも、かけてるさ」


 男の子が大きな枝を拾い上げた。


「これで行くぞ」

「どうぞ」


 速い!

 あっという間に距離が詰まる。相手の枝が胴に入った。あまり痛くはない。確かに防具を付けているような感じだ。

 型も何もかも忘れて、薙刀を振るった。男の子がそれを避けて、飛び退いたのを見て、少し気持ちが落ち着いた。

 薙刀と初めて対戦する人はそのリーチの長さに気づかないことが多い。だから。私は上段に構えた。隙があるように見えるかな。

 釣れた。また、距離を詰めてくるところをすね打ち。

 足が止まったところを胴打ち、続けて、こて打ち。枝を取り落としたところにさらに面打ちをしようとした。


「参った」


 男の子がどしんと腰を下ろした。


「お前、強いな。俺はエドワルド。お前は?」

「坂崎志乃。坂崎は家名、志乃が名前」

「じゃあ、シノ。何か願いを言ってみろ」


 私はエドワルドの隣に腰を下ろした。

 願いは一つ。ただ、元の世界に戻りたい。でも、それが不可能なら……。


「ここから外に出たいです。この城は嫌」


 そんなつもりはなかったのに涙が出てきた。この世界に来て、初めて、私の願いを尋ねられた。ずっと、無視されていたのに。聖女のおまけでなく。私を強いと言ってくれた。嫌味ではなく。


「ど、どうした。痛かったのか。すまない。俺の防護の魔法が弱かったか? 大丈夫か? 泣くな。これからは俺が守ってやるから」


 エドワルドは慌てて慰めてくれた。




 エドワルドは辺境伯の息子で代理でこのミドルカ王国の都に来ていたらしい。私が異世界から連れてこられた上、放置されていたのを知ると、すごく怒って保護すると言ってくれた。私は城からも沙也加からも離れられるなら、それで満足。一緒に辺境領に行くことになった。歳は私の一つ上の十七歳だって。辺境領に帰るのにみんな騎馬だけど、馬に乗れない私のために馬車を借りてくれた。乗っているのは私一人なので、この隙に確かめたいことがある。

 聖女のおまけが辺境領に行く、これって、おまけが本物の聖女だったというのが異世界ものによくあるパターンじゃない。

 小声でつぶやく。


「ステータスオープン」


 パッと目の前に画面が現れる。どれどれ。

 名前 シノ

 年齢 十六歳

 そして、職業は……。


「はあ?」


 思わず、変な声が出てしまった。

 そこには勇者の文字があった。




 辺境領ではすごく歓迎された。頻繁に魔獣が出るので強さは正義らしい。

 異世界の武道に興味がある人がたくさんいて、私は講師として働くことになった。薙刀に刃を付けて実戦に使えるようになり、一年後には女性の薙刀部隊もできた。

 私を召喚した人たちには恨みがあるけど、この地の人たちはみんないい人ばかりなので、守りたいという気持ちも生まれてきた。

 ここで生きていくなら、勇者の力が必要かもしれないし、頑張って強くなるぞ!

 薙刀以外でも、トレーニング方法やスポーツ医学や食事の知識は好評でどんどん取り入れてくれた。

 毎日、大勢でプランクやスクワットをするので壮観。治癒魔法と組み合わせるとどんどん強くなる。

 ところで。


「ステータスオープン」


 こっそり、エドワルドのステータスを確認すると、筋力が私より上なのは仕方ないとして、全項目で上になっているのはどういうこと? 最初に見た時は敏捷性とか、私が上の項目もあったのに。

 強さが爆上がり過ぎる。


「なぜ、私よりエドの方がこんなに強いの?」

「シノを守るって約束しただろ。少なくとも、シノより弱かったら、話にならないからな」


 私の職業が勇者というのは変わっていないのにそれより強いというのはおかし過ぎる。


「そういえば、シノを放置していた王太子が廃嫡されたらしいぞ」

「え、なぜ?」

「魔獣の暴走が一年以内に都を襲うと言って、異世界から聖女を召喚しておきながら、何も起きなかったからな。虚言で国を惑わせた罪で幽閉されているらしい」

「じゃあ、沙也加は?」

「聖女を笠に着て、贅沢三昧、まわりの人間を苛み、複数の男たちと淫らな行為に耽っていたということで修道院行きだ。本来なら処刑されるところ、異世界に召喚した責任があるから、減刑されたらしい」


 うーむ。沙也加って、やりたい放題だったんだ。


「だから、もう心配することはない」


 確かに何か、無茶を言ってくるんじゃないかと心配だった。

 あ、魔獣の暴走は心配してない。だって、辺境領のみんなで狩りまくっているから。


「ということで、そろそろ返事をもらえないか」


 エドワルドが私の顔をのぞき込むから、ドキリとする。


「シノ、愛してる」


 なぜか、プロポーズされたので保留にしてたんだけど、エドワルドはいつも私に甘くって。一緒に訓練して、一緒に戦って、私が女らしくないのがわかっているのに。

 そう、自分の世界に帰れない辛さもエドワルドなら癒してくれる。


「エド。私も愛してる」


 エドが喜んでギュウギュウ私を抱きしめてくる。


 エドのステータスの称号には「勇者の最愛の人」と書かれていた。

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聖女のおまけ? いいえ、私は勇者です 椰子ふみの @yashi23no

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