[一部公開]瞳は世界を惑わせる[続きは文学フリマ東京40]にて

森月 優雨

瞳は世界を惑わせる(先行公開部分)


 嘘。偽り。捏造。

 これらは悪、と断定して良いのだろうか? それとも必要悪ってやつ? そもそも悪ではない?

 私にはわからない。

 魔法使いになって、他人の嘘を見破れるようになった今でも、私にはわからない。


 この世界には「魔法」という不可思議な力がある。魔法を扱えるものを「魔法使い」と呼び、世界の裏側でひっそりと、正体を隠しながら生きている。

 私の両親は、共に魔法使いだった。それを知ったのは近所の保育園から通学距離が倍になった小学校にあがって、暫く経ってから。その日は雨が降っていて、場所は自宅から少し歩いた裏山で。傘に当たる雨音、濡れた地面の匂い、黒色に限りなく近い灰色の重たそうな空。いつもより陽気な父と、少し緊張した面持ちで白い息を吐き出す母。あの日の情景は、今でもハッキリと覚えている。それは当然の事だった。だってあの日、私の世界は崩壊したから。ようやく常識なんてものを少しづつ知ってきたばかりの頃の私。これからも私に積み上がっていくはずだった常識。


「真実乃(まみの)。この世界には魔法というモノがある。そして、私と母さんは魔法を扱える魔法使いなんだ」

「……マホウ?」

「そう、魔法だ。魔法は根絶されてはならない。後世に残さねばならない素晴らしいモノなんだ。だから、これから真実乃には魔法を教える。そして、立派な魔法使いになって欲しい」


 そうして私の常識には「魔法」という非常識が擦り込まれていった。アニメの世界が現実に混ざり込んできた。当時の私は、胸を高鳴らせていて、思わず持っていた傘を落としそうになったぐらいだ。

 始まったのだ。「魔法使いとしての私」が。

 魔法使いになれる、というのはとても魅力的なモノだったが、簡単に、それこそ握手ひとつで成れるようなモノではなかった。魔法とは想像力であり、創造力であり、イメージの世界だ。自分が確実に「出来る」とイメージ出来なければ扱えるモノではない。魔法という非常識を受け入れなければいけないのだ。初めに教わった基礎の魔法、「雨粒を操る魔法」を扱えるようになるまで一月掛かった。それも、両親が手本として見せてくれた操り方とは程遠い小さな力で。個人差はある様だが、魔法を覚える、というのは時間の掛かるものだそうだ。それが一般的な魔法使いになるまでの過程。見て、認知して、受け入れて。繰り返し、繰り返しイメージする。

 但し、何事にも例外はあるものだ。

 

 私の、私だけの魔法が扱える様になったのは中学三年生の冬だった。

 まず、魔法使いの血筋を継いでるからといって、両親の魔法を簡単に引き継ぐ、なんてことは一般的(既に非常識な話の中ではあるが)に出来ない。因みに、父の得意とする魔法は「人に触れると相手の感情、心の中が様々な色で視える」というもの。母の得意とする魔法は「相手と視線が合うと、相手の直近の過去がフラッシュバックする」というものだった。……どちらもイメージしにくい。だが、両親が得意とする魔法を視覚的にも情報的にも教わり続けたおかげなのか、それともやはり血筋のせいなのか。

 ある日、私は「他人の嘘を見抜く魔法」を身につけた。見抜く方法は簡単で、相手の瞳を見ること。その相手が嘘をついていれば、相手の瞳が赤く光る。嘘をついていなければ瞳に変化はない。これは無意識に常時発動するものの様だった。これは便利なものだ、そう当時の私は喜んだ。両親も、新たな魔法の発現に喜んでくれた。両親の喜ぶ姿を見るのは嬉しかったし、誇らしかった。私は立派な魔法使いへの一歩を踏み出せたのだ。


 これが私の過去。苦悩して、投げやりになって、絶望するまでの私。

 ただ、せめてもの救いがあった。

 これは魔法の根源、大前提のルール。制限と言い換えてもいいかもしれない。

 どんなに優れた魔法使いでも、魔法は雨が降っていなければ使えない力なのだ。

「……はぁ」

 雨音により目覚めた私は、いつものようにため息を吐いた。

 何もかもが億劫で、再び目を閉じたくなるが、私自身の何かがそれを許さない。

 惰性で体を動かす。一階の洗面台へと足を運び、顔を洗って歯を磨き、最低限のナチュラルメイクを済ませる。再び階段を上がり、まだシワの少ない清潔な制服に身を包む。あまりにも無意識に体が動くものだから、まるでロボットみたいだな、なんて苦笑しながらリビングへ。

 両親は不在。昨夜から魔法使い同士の会合があるだとかなんとか言って、帰りは今夜になるらしい。これは好都合なのでは? 学校なんてサボってしまい、家に引きこもり、怠惰に過ごす。そんな誘惑が私をほんのちょっとだけ惑わせるが、直ぐに誘惑を振り払う。

 私は両親が好きだ。魔法で嘘を見破れる様になった今でも、両親からの愛を確かに感じている。だから両親には心配をかけたくない。

「……はぁ」

 思わず漏れてしまうため息は、もはや癖であり習慣だ。

 軽い朝食を済ませ、玄関から家を出ようとしたところで、大事な忘れ物に気づく。二階の自室へ戻り、既に亡くなった祖父がかけていた古臭い眼鏡を手に取る。これは雨の日に外へ出る際にかける、度の全く合っていない私の小さな防衛術。その場でかけてみると、視界がぼやけて頭がクラクラする。うん、やっぱり気持ちが悪くなる。直ぐに外して元の良好な視界へ。これをかけるのは人と会う時だけ。そもそも私、視力は共にクラスでトップだから、本来は必要のない代物だ。ポケットにそれを忍ばせながら、家を出る。灰色の空からは絶え間なく雨が降り注いでいる。

「……はぁ」

 ため息を吐きながら傘を差し、進学したての高校へと向かった。


 眼鏡をかけて下駄箱へと向かうと、クラスで隣の席に座る女子生徒に声をかけられた。

「おはよう、真実乃。そうそう聞いてよ。昨日学校帰りにナンパされちゃってさあ」

 はい、嘘確定。度の合っていない眼鏡をかけていても、この距離相手の瞳は赤く光っているのがわかってしまう。

「へえ、どんな人だったの?」

「それがさあ、メッチャスタイルのいいイケメンでさあ。『お茶でもどう?』なんて言われたんだけど、私緊張しちゃって。とりあえず連絡先だけ交換してきた」

 彼女の瞳は依然赤く光っている。私は適当に相槌を打ちながら教室へと向かう。

 どうしてこんな下らない嘘を平然と吐き続けるのだろうか。それともあれかな? 嘘がわかる私だからそう感じるだけで、これが世間一般の女子高生達の世間話ってやつなのだろうか? 私にはわからない。思わず漏れ出しそうなため息を押し殺しながら、二人で朝から賑わっている教室へと入る。 

「…………はぁ」

 やっぱりここでは我慢できずに漏れてしまった。

 眼鏡をかけていても、それでもぼんやりと見えてしまう。教室内にいるクラスメイトの半数以上の瞳。それがぼんやりと赤く光って視える。

 そう、そういうものなのだ。人間というのは、世界というのは嘘に塗れている。私は絶賛、世界に絶望中の身だ。


 この魔法が発現した中学三年生の頃、私は面白くて、便利で、素敵な魔法だと思っていた。魔法を発現してから最初の雨の日、通学の電車内、混雑した駅前の人だかり、学校の教室内。私は、想像以上に嘘に塗れた世界を楽しんでいた。担任の生徒がなんだか偉そうなことを言う度に、その瞳が赤く染まっていたのにはつい笑ってしまった。

 もしも時を遡る魔法があるのだとしたら、当時のそんな私をひっぱたいてやりたい。

 もしも発現した魔法を失くす事が出来るのだとしたら、私の大好きなクレープを一生食べれなくてもいい。



 

 私が素敵な魔法に絶望を感じるキッカケになったのは、中学の卒業式でのことだった。

 当時の私には、幼馴染の親友が一人いた。名前を光希(みつき)と言う。名前の通り、光のように明るく、希望に満ちた女の子だった。

 卒業式が終わり、仲の良い友達同士で記念写真を撮った後、光希とベンチに腰掛け自然と二人きりになった。

「進学先、離れちゃったね。しかもミツ(光希は自分の事をミツと言う)は寮生活になっちゃうし……ちょっと不安だなあ」

「美術の専門だよね。光希はさ、昔から絵を描くのが上手だったから、絶対上手くいくよ」

「そんな顔で言われると、照れちゃうなあ。……でも、そうだね。不安なんて私らしくないし。真実乃がそう言ってくれるなら頑張れるよ」

「大丈夫だよ! 親友の私が信じてるから」

「うん、離れてもずっと親友のままでいようね、真実乃」

「もちろんだよ! 光希の個展、楽しみにしてる」

 昔話や、将来の夢について、二人で語り合っていた。


「そういえばさ、私の気のせいかもしれないけど」

 気づくと、晴天だった空には灰色の雲が広がっていた。あんなに眩しかった太陽は、今や雲に覆われて見えなくなっていた。

「去年の冬ぐらいからだったかな。真実乃、何かあった?」

「えっと……どうして?」

「なんて言ったら良いのかな? 上手く言えないんだけど、普段と様子が違う、ような。そんな時があった気がして」

 私は返答に窮してしまう。まさかその頃に嘘を見破れる魔法使いになりましたー! なんて言えない。自らが魔法使いであること、その正体を魔法使い以外の人達に知られてはいけない。両親に教わった魔法使いとしての禁忌なのだ。

「しかもね、そう感じるのがいつも雨が降ってる時だけなんだよね」

 ドクン。鼓動が大きくなるのを感じる。

「えっとね、ちょうどその頃から雨を題材にした映画にハマってて。それでかな?」 

 違和感なく話せているだろうか。不安になる。

「あー、なるほどね。てか、そんなにハマってるならミツにも教えてよー」

 どうやら私の取り繕った嘘はバレていない様だった。

「うん、また今度ね。教えてあげる」


 ──ポツン。


 灰色の空から冷たい粒が落ちてきた。

「げ、あんなに晴れてたのに雨なんて」

「雨……」

 私の鼓動が速まる。何故かわからない。嫌な予感がする。

 直ぐにそこから離れろ。そう誰かが心に直接伝えてくる、そんな気がした。

「ミツ、傘なんて持ってきてないよー。真実乃は?」

「私も持ってきてない」

「だよね。予報でも言ってなかったし。なーんか降りが強くなってきそうだし、そろそろ帰ろっか。これが今生の別れでもないしね」

 そう言って光希は立ち上がる。「ほら、真実乃も濡れちゃうよ」そう言って差し伸べられた手を握って私も立ち上がる。

「じゃあね、真実乃。また今度!」

「またね光希! 光希……応援してるから。頑張ってね!」

「もちろん、頑張るよ!」









 そう言って明るい笑顔を見せた彼女の瞳は、赤く光っていた。










──私は、わからなくなった。何もかも。恐くなった。何もかも。ぐちゃぐちゃになって、世界が崩れる音がした。









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