光の勇者シャーロット

みつまめ つぼみ

光の勇者シャーロット

 この国の義務である十二歳の魔力測定。孤児の私も例に漏れず、町にやってきた検査員に魔力を測定してもらっていた。


 検査員の魔導士が、私の前で粉々に砕けた水晶球を呆然と見つめている。


「あの……すいません、検査器具を壊してしまって」


 私がおずおずと告げた言葉で、検査員の魔導士はようやく我に返ったようだった。


「――君! 名前は?!」


 さっきも言ったじゃない。なんで覚えてないの、この人。


「リーゼルハイム孤児院のシャーロットですけど……」


 検査員の魔導士が、私の両肩をがっしりと両手で掴んできた。


「君の魔力は規格外だ! 七色に輝く魔力は神に祝福された勇者の証!

 君こそは魔王を倒すために生まれてきた勇者だよ!」


 そんな興奮して言われても、こっちはドン引きなんですけど。


「勇者とか知りませんし、検査が終わったなら帰ってもいいですか?」


「駄目に決まってるだろう?! なにを言ってるんだ君は!

 これから王宮に君を連れて行くから、一緒に来てくれ!」


「は?! 嫌ですよそんなの!

 今日の夕食は久しぶりにお肉の入ったシチューなんですよ?!」


「四の五の言わずに、付いてきなさい!

 ――おいお前たち、この子供を取り押さえろ!」


 私は周囲に控えていた兵士たちに囲まれ、逃げることも許されずに王宮に連れて行かれた。



 こうして孤児のシャーロットだった私は、大貴族の一人ルーウェンルフト辺境伯の養子にされた。


 これが『光の勇者シャーロット』の誕生秘話である。





****


 それからの私の毎日は地獄のようだった。


 魔族対策を叩きこまれ、戦闘技術を叩きこまれ、魔法の使い方を叩きこまれた。


 まだ私は子供だというのに、王宮が用意した教師たちは加減というものを知らない。


 食事だけは立派なものが与えられたけど、朝早くから夜は日が落ちても私の訓練は続けられた。



 そうして十五歳を迎えたある日、王様が私に告げる。


「勇者シャーロットよ!」


 吹き出す笑いをこらえる声が聞こえた。


 ……まぁそうだろう。私はあれから背丈も伸びていない。


 友人の居ない三年間で、性格もすっかり暗くなったように思う。


 冴えない黒髪と群青の瞳、申し訳程度に肩で切りそろえられた髪の毛は、まるで男の子のようだ。


 鍛えても筋肉が付かなかった私は、見るからにみすぼらしい。


 そんな女の子が『勇者』とか、私だって鼻で笑ってしまう。


 王様が再び声を上げる。


「時は来た! 我が息子ルーカスを連れ、魔王を討伐して参れ!」


『え、嫌です』


 喉まで出かかった言葉を、私はぐっと飲み込んだ。


 ここで逆らっても、無理やり力づくで追い出されるのが落ちだ。


「同行するのはルーカス殿下だけなんですか?」


「いや、二年前に見つかった聖女ブリギッツも同行させる。

 新進気鋭の天才魔導士、レナート・シューマッハ伯爵令息もな」


 聖女なんていたのか……全く知らなかった。


 天才魔導士ってのも初耳だ。


 ルーカス殿下は剣士として高い腕前を持つらしいし……私なんて、要らないんじゃ?


「あの、王様? 私もどうしても行かないとダメなんですか?」


 王様が呆れたようにため息をついた。


「何を馬鹿なことを言っておるのか。

 お前は魔王を討伐するために神が使わした勇者。

 お前が行かずに、誰が行くというのか」


 だって、そんな豪華メンバーなら私が居なくても倒せるんじゃないの? 魔王くらい。


 王様が私に向かって腕を振りかざして声を上げる。


「では往くが良い!

 出立は明朝! それまでわずかな休息を取るが良い!」


 王様は言うだけ言うと、謁見の間から去っていってしまった。





****


 そして明朝、明け方から馬車を用意して待っていると、私の前には三人の若者が姿を見せた。



 一人は眠そうなルーカス殿下。


 金髪碧眼の第一王子で、今年十六歳だ。


「ったく、なんで俺様がこんな朝早くに起きねばならんのだ」


 不機嫌そうに愚痴をこぼすけど、集合時間から三十分は遅れてるからね?



 一人は澄まし顔の女の子。たぶん同い年前後だろう。


「聖女ブリギッツです。よろしく」


 私にはあんまり興味がなさそうにブリギッツが告げた。


 彼女の視線はルーカス殿下に注がれている。


 翡翠のような瞳を潤ませて見つめているあたり、憧れでもあるんだろうか。



 最後の一人は生意気そうな青年だ。


 年上なんだろうけど、慢心しているのが手に取るようにわかる。


「俺様が居るからには、お前らは何も不安に思うことはないぞ」


 消去法で、こいつが伯爵令息のレナートだろう。


 新進気鋭の天才魔導士って言ってたから、天狗にでもなってるのかな。



 私は小さく息をついて告げる。


「全員そろったね? じゃあ馬車に乗りこんで」


「――ちょっと待て! このグループのリーダーは俺だぞ?!」


 ルーカス殿下が不満気に声を上げた。


 私は心底どうでもいいので、ここは譲ることにする。


「では殿下、号令と指示をどうぞ」


「うむ、では皆の者、馬車に乗りこめ! 魔王討伐に出発するぞ!」


 ほんと、めんどくさい人だ。


 ルーカス殿下が最初に乗りこみ、次にブリギッツが殿下の手を借りて乗りこんだ。


 続いてレナートが乗りこみ、私は最後に誰の手も借りずに乗りこむ。


 扉が閉まると間もなく馬車が走り始め、車内でルーカス殿下が陽気に告げる。


「次に帰ってくるときは魔王を倒した後だ! お前ら、俺の足を引っ張るなよ?!」


 はいはい、殿下の活躍する場を取るなと、そういうことですね?


 私は小さく息をついて、足りない睡眠時間を馬車の中で取ることにした。





****


 馬車は王国の端、国境付近で降りることになった。


 さすがに魔王領を馬車で旅するなんてことはできない。


 魔族たちは強い魔力を持ち、独自の魔法を使って襲ってくる。


 人間たちはなんとか魔族の侵攻を食い止めているけれど、何百年という長い戦いは未だに決着がついていない。


 そんな魔族たちの王、魔王を倒すのが今回の旅の目的だ。



 馬車を降りて歩き始めると、さっそく三人の傾向が見えてきた。


 明るく自慢話を続けるルーカス殿下。


 彼の話に笑顔で相槌を打つブリギッツ。


 なんとかブリギッツの気を引こうと、あの手この手で話題を提供するレナート。


 ……こいつら、真面目に魔王を倒す気があるのか?


 私は呆れながら、三人の後ろを歩いて行った。





****


 魔王討伐の旅は二年に及んだ。


 時には魔王領に住む人間の村を守った。


 時には大量に襲い来る魔族の群れを返り討ちにした。


 時には幹部級の強敵が差し向けられるのも、また返り討ちにした。


 その全てを、ほとんど私が一人で処理していた。



 ……こいつら、使えねぇっ!


 ルーカス殿下は『人間の中では』剣の腕が優れているけど、魔族に物理攻撃は通用しづらい。


 人間たちは数で魔族に対抗していたけれど、このグループはたったの四人。


 剣での攻撃が通用しないとわかると、ルーカス殿下はさっさと敵の前から逃げ出して私の後ろに隠れていた。


 仕方なく、私は叩きこまれた剣術を駆使して魔法を絡めて魔族を倒していく。



 レナートは天才魔導士と言われるだけあって、高度な魔法を使って見せることが出来た。


 だけど使う魔法が大技過ぎて、一回魔法を使うと魔力切れを起こしていた。


 魔族だってそれなりに数を揃えて襲ってきてる。一発の大魔法だけで戦いが終わるわけじゃない。


 魔力が尽きたレナートは、敵の前から逃げ出して物陰に隠れていた。


 私は習った中級魔法を連打して、魔族の数を削っていった。



 ブリギッツは癒しの奇跡を使えるけど、その対象はルーカス殿下だけに限られるようだった。


 レナートが必死に頼み込むと、渋々といった様子で彼の傷も『ちょっとだけ』癒してくれる。


 私なんて、傷だらけの血まみれになろうとブリギッツには無視され続けた。


 仕方なく習った治癒魔法で自分を治して旅を続けた。



 なんなのこのグループ。魔族とまともに戦えるのは私だけじゃん!


 しかも誰一人として私にお礼とか感謝とか表してこない。


 まるで私が魔族を倒すのが当たり前、といった風情だ。


 三か月も経つ頃には、敵が現れると三人がまとめて後ろに引っ込み防御を固め、私が一人で前に出て魔族を蹴散らしていった。



 そんな長い旅路も終わりを告げ、私たちは魔王城の前に居た。


 魔王城を守っていた魔族の大軍も、私一人が片付けた。


 ルーカス殿下が意気揚々と告げる。


「さぁ魔王城だ! 魔王の首を取るぞ!」


 殿下に応えるブリギッツとレナート。


 ……あの、できれば私の息が整うまで待つとか、できないんですかね。できませんか、そうですか。


 私は疲れ切った身体に鞭打って、魔王城の中に入っていくルーカス殿下たちの後を追った。





****


 魔王城の謁見の間、玉座に腰かけた魔王が楽しそうな笑みで私たちを見つめていた。


「よくぞ来たな、人間の勇者よ」


 ルーカス殿下が勇ましく剣を魔王に向けて叫ぶ。


「――魔王! その首、もらい受ける!」


 ギロリと、魔王の赤い目が殿下を睨み付けた。その瞬間、飛び掛かろうとしていた殿下の動きが止まっていた。


「貴様には言っていないぞ、愚かな人間よ」


 魔王の魔力は強大だ。その圧力と威圧感で、ルーカス殿下やブリギッツ、レナートは完全に委縮して足が止まっていた。


 平気なのは、同じくらいの魔力を持つ私だけみたいだ。


 魔王の目が、今度は私に向けられた。


「勇者よ、よくぞここまで辿り着いた。

 貴様の実力を、余は高く評価している」


「そう? ありがとう。

 そう言ってくれたのは人間を含めてもあんたが初めてよ、魔王」


 私は剣を構え、魔王の隙を窺った


 さすがに魔族の王を名乗るだけあって、簡単に切り込ませてはくれないか。


 魔王が私に笑みを向けて告げる。


「勇者よ、余の軍門に下れ。

 さすればお前の望みのものをくれてやろう」


「……悪いけど、魔族とは取引をしないことにしてるの」


 教師から『魔族は嘘をついて人間の心を惑わす存在だ』と教えられてきた。


 だからこの二年間、命乞いをする魔族の一匹だって許したことはない。


 私が隙を窺っていると、魔王が私に告げる。


「まぁ聞け、人間の勇者よ。

 このままお前が私を討伐したとして、お前は何を得られる?

 名誉か? 富か? それとも地位か?

 ――そのどれも、お前は手に入れられまい。

 それどころか、用なしになったお前を、人間どもは排斥するだろう。

 これはかつての人間の勇者たちが辿った道のりだ」


 私は剣を構えながら応える。


「……それくらいは予想がついてるわ。

 だからってあんたを放置する理由にはならない」


 魔王が私に手を差し出して告げる。


「だが余は違う。

 お前には望みのものをくれてやる。

 人間どもと違い、お前を大切に扱ってやれる」


 私は鼻で笑いながら応える。


「私の望み? そんなものが、あんたにわかるの?」


 魔王が目を見開いて声を上げる。


「三食昼寝付き! 労働と納税の義務なし!」


「――っ!」


「お前が望む相手との縁談も、余が直々に手はずを整えよう!」


「――っ!!」


「我が国から俸禄を出し、貴様には何一つ不自由のない暮らしを約束する!」


「卑怯なっ! そ、そんな言葉に私は惑わされないわよ!」


 魔王がニヤリと不敵に微笑んで告げる。


「疑うなら、≪誓約≫の魔法を交わしても良い。

 貴様の先代、そして先々代の勇者は、そうして我が国で平穏に暮らし、天寿を全うした。

 貴様はどうする、勇者よ。

 虐げられる人間の世界で暮らし続けるか。

 それとも厚遇される魔族の世界で暮らし続けるか」


 私は動揺する心を必死に抑え込みながら声を上げる。


「――魔族は人間の村を虐げていたじゃないか!」


「あれは納税の義務を果たさぬが故の懲罰だ。

 奴らは人間の国を追われた犯罪者たち。

 そんな奴らにも生存権を与えているだけ、我が国は温情があると思うが?」


「私は、魔族を数えきれないほど殺して来てるのよ?!」


「人間と魔族の生態は違う。

 魔族は肉体が死んでも蘇ることが出来る。

 魂が滅ぼされない限り、魔族は不滅だ。寿命を迎えるまでな。

 貴様は自分が殺した魔族の事を気に病む必要はない」


「……人間の国に攻め込んできてるのは、どう説明するの?!」


「先に攻め込んできたのは人間側だ。

 戦争する国同士が、勝手に戦いを止める訳にも行くまい。

 何度も使者を送り出しているのだが、話を聞く前に殺されてしまうのでな。

 停戦交渉にならんのだ」


 くっ、言うことがいちいち筋が通ってる!


 動揺する私の心を見透かしたように、魔王が再び告げる。


「今なら、貴様の疲れ切った身体が癒えるまで毎日の全身マッサージも約束しよう! 余が自らな!」


「――?! そこまでするというの?!」


 私たちのやりとりを唖然として見ていたルーカス殿下が、とうとう私に告げる。


「なぁシャーロット、お前は魔王の言うことを本気で信じるのか?」


 私は魔王とルーカス殿下の顔を見比べて応える。


「……少なくとも、殿下の言葉よりは信頼できると思います」


 ≪誓約≫の魔法は魂を縛る契約。絶対に背くことが出来なくなる魔法だ。


 そんなものを使ってもいいと言うのだから、魔王の言葉に嘘はないように思える。


 なにより――


「私は殿下たちのこと、仲間だと思えたことが初日以来ないので」


「――なっ?!」


 魔王が楽しそうに笑い声を上げた。


「ハハハ! ここで貴様たちの旅の様子を見ていたぞ!

 勇者を利用するだけ利用して、魔王討伐の名声だけ自分たちがせしめようという卑しい心根!

 魔族を蔑む前に、己の卑しさをもっと自覚すべきではないのか!」


「まったくですよ。この二年間、何度殿下たちを見捨てようと思ったか。

 私の負担を増やすだけ増やして、これなら一人で旅をしていた方がマシってもんです。

 ここまで殿下たちは、一匹の魔族でも倒したことがあるんですか?

 レナートの魔法だって、魔族の足止めをすることぐらいしかできてなかったですよね?

 ブリギッツに至っては、初日以来言葉を交わしたこともない。

 いったいどこが旅の仲間だって言うんですか」


 魔王が納得するように頷いていた。


「実に醜い人間どもだ。

 だがそんな人間どもでも、国外まで無傷で送り届けてやろう。

 ただし勇者よ。貴様が我が軍門に降るのであれば、だがな」


 ――魔王と私の実力は、たぶん互角。


 私たちが戦えば、ルーカス殿下たちを守りきることが出来ず、彼らは命を落とすだろう。


 気に食わない三人だけど、彼らの命を助ける方法も、一つしかないのか。


 私は渋々、魔王の差し出した手を取った。


 ルーカス殿下が私に厳しい声を上げる。


「シャーロット貴様、人間を裏切るのか!」


「そういう訳ではありませんが、今はこれしか選択肢がないので」


 あんたら、命を懸けてまで魔王を倒そうとか思ってないでしょ?


 どうせいつも通り、私一人が戦うだけで全てが終わると思ってるでしょ?


 今はそんなぬるい状況じゃないんだけど、理解できてないみたいだな。


 ブリギッツやレナートも、殿下に続いて私を非難した。


 彼女たちの声を、魔王が大きな声を上げて止めた。


「騒ぎ立てるな小物共が!

 これは余と勇者の問題、貴様ら羽虫のような存在は、疾く国外へ去るが良い!」


 魔王が腕を振ると、ルーカス殿下たちの身体が闇に包まれて消えて行った。


 静まり返った謁見の間で、私は緊張しながら告げる。


「……殿下たちは無事なの?」


 魔王がニッと笑って片手を出し、その手のひらに映像を映し出した。


 王国の国境付近で周囲を見回している、ルーカス殿下たちだ。


「余は嘘は言わぬ。

 さぁ、≪誓約≫の魔法を交わすとしよう」


 私は緊張を解いて小さく息をついた。


「そんな魔法、要らないわ。

 あんたは確かに言った言葉を守った。

 殿下たちの命を救えたなら、もうそれでいいわよ」


 私は旅の疲労が一気に襲ってきて、その場に腰を下ろした。


 持っていた剣も投げ捨てて、うつむいて告げる。


「……このあと、殿下たちはどうするのかな」


「おそらく、『魔王を討伐してきたが勇者は戦死した』と吹聴するだろう。

 先代や先々代の勇者の仲間がそうであったようにな」


「……やけに詳しいわね」


「我が母が、その先代の勇者だ。

 そして祖母が、先々代の勇者。

 余は人間と魔族の混血なのだ」


 私は驚いて顔を上げ、魔王の顔を見つめた。


「まさか、勇者が魔王と結婚したとでもいうの?」


「余の言葉が信じられぬのか?」


 私はその血のように赤い瞳を見つめ、少し考えてから微笑んだ。


「……いいえ、あんたの言葉なら、信じてあげる」


 魔王がついっと視線をそらして告げる。


「それでだな、貴様の縁談相手なんだが、一人心当たりがある。

 試しにその男と婚約をしてみぬか」


「……まさか、そこで自分が名乗り出るつもり?」


「……悪いか」


 私はまじまじと魔王の顔を見つめた。


 一人の男性として見れば、並外れた美貌に誠実な人柄、何より私を想ってくれてるらしい。


 結婚相手としては、悪くない相手かもしれない。


 私はニコリと微笑んで告げる。


「最初の相手はあんたで妥協してあげる。

 それで駄目なら、ちゃんと別の人を紹介してよ?」


 魔王が不満げに唇を尖らせた。


「余を前にして、そうも生意気な口をきけるのは、さすが勇者だな」


「――私はシャーロット。ただのシャーロットよ。あんたは?」


 魔王が私の目を見つめ、静かに口を開く。


「余の名は――」





 その日以来、『光の勇者シャーロット』は居なくなった。


 魔王を討伐して凱旋したルーカス王子は、聖女ブリギッツと婚姻して王位を継いだ。


 だが彼の治世は荒れ、人間の王国内は荒廃していった。



 反対に魔王領は、平穏な日々が続いた。


 人間たちには、魔王領に攻め込む余裕がなかった。


 魔法で私たちの目から隠されていた魔族の街並みは、穏やかに暮らす魔族たちで溢れていた。


 私は約束通り、三食昼寝付きの生活をしていたのだけれど、それだけでは退屈で飽きてしまう。


 やがて魔王の公務を手伝うようになり、魔族の国が栄える手伝いをしていった。



 それから一年後、私と魔王は結婚した。


 四人の子供に恵まれた私は、子供たちに精一杯の愛情を注いで育てた。


 魔王も子煩悩ぶりを発揮し、臣下たちから心配の声が上がるほどだった。



 小さい子供を抱きしめながら、私は魔王に告げる。


「いつか、人間との戦争は終わるのかな」


 魔王は赤ん坊を抱えながら応える。


「奴らが魔族を対等な存在として認める日まで、それは続くだろう。

 お前のように魔力が強い人間を勇者に仕立て上げるようでは、まだまだそんな日は遠いだろうがな」



 結局、魔族たちに人間を滅ぼそうとする意志はなかった。


 人間たちが勝手に魔族と敵対しているだけだ。


 それを人間たちが自覚するまで、あの国は魔王領に攻め込んでくるのだろう。


 そんな人間たちに負けない強い魔王に、子供たちを育てないとね!

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