失火
春嵐
失火
彼女が死んで、3日経った。
自殺だった。いつもふたりでいた屋上から、飛び降りたらしい。死体は見ていないけど、ぐちゃぐちゃすぎて綺麗だった頃の面影はなかったと警察官がぼやいていた。
この狭い町で、彼女はマドンナだった。まだ若いのに、町の華としてみんなから愛されていた。だから、死んですぐ町中が騒ぎになって。犯人がいるだの理由があるだの、あることないこと、いろいろ吹聴され始める。
理由は、私にも分からなかった。
あの日も、いつも通り屋上で彼女と過ごしていたし。彼女の言動におかしなところもなかった。
彼女に好意を寄せられていた。無駄なことというか、意味のないことなので、放っておいたけど。それが自殺の原因ではないだろうとは思う。
性愛欲が無かった。他人より、ちょっとだけそういう成長が遅い。最近毛が生えてきて、胸が多少張ってきて、うつぶせで寝るとチクチクするとか。そんな感じ。毛が生えてきた報告をしたら、彼女よろこんでたっけ。胸が張ってきた報告はまだしてなかった。というか報告しようと思ってたら死んだ。
屋上。
自殺の現場なので普通に立ち入り禁止なんだけど、誰も彼も彼女の死因探しに躍起になってて、屋上に昇ってくることはない。地面をはうことしか興味のないやつら。
この屋上は、彼女と私の第2の家だった。
お互い、住んでいる家には誰もいない。いや、彼女の家にはメイドがいるんだっけか。
帰っても暇なだけのふたりが、屋上で暮らしている。そんな感じ。家は寝る場所でしかない。
性愛欲がないので、べつに人に会いたいとは思わなかったけど。孤独欲もないので、人に会いたくないわけでもなかった。好意を寄せてきて話しかけてくれる彼女は、普通に都合がよかった。彼女の側でも、私をキープできるというメリットがあるわけだし。
でも、死んだ。
この屋上には、誰も来ない。
むかし、学校とかいう、自治体が運営する勉強のためだけに子供を隔離軟禁した強制労働施設があったらしい場所。今は余裕で法律違反なので、使われていない。
この施設を学校というのか、それとも学校というもののためにこの施設があったのか、よく分かんないけど。犯罪行為なのは分かる。子供を隔離軟禁してたわけだし。
そんな場所だから、人目を避けるに充分だった。町も狭いし。性愛欲のない私は、町の雰囲気には馴染めなかったし。
屋上。夕方。
もしかしたら、この、陽が暮れる綺麗な景色を永遠に瞼に焼き付けるために死にたかったのかも、なんて。
思うだけで。
それが本当かどうかは、分からないまま。
屋上から、なかなか出られずにいる。
陽が完全に沈んでいって。
夜になった。
さすがにそろそろ帰らないと、ご近所さんが心配するかもしれない。彼女が自殺した後なわけだし。いやいいか。適当にメンション飛ばしとけば。
たぶんこれから、彼女のいない日々が始まる。あまり実感はない。寂しいかと言われても、今はまだなんとも。性愛欲がないので、目の前の人間がどれだけ大切か、あんまり認識できない。
夜か。
もし、寂しかったら。
私も。
彼女みたいに、ここから。
「あっいた!!!」
は?
「家にいないんだもん。なんでここなの?」
彼女。
彼女がいる。
「なんだ。ぜんぜん立ち入り禁止破るじゃん。さすがわたしの好きなひと。ルールにとらわれないのね。素敵」
「いや、いちばんルールにとらわれないのはおまえでは…? いのちはひとりひとつでしょ…?」
なにこいつ。幽霊?
「あっちゃんと死ねてるのね。よっし。大成功」
口調は、いつもの彼女ではある。人前ではお淑やかで。屋上ではただのばか。
「あれ。わたしのにせもの」
「にせもの?」
「うん。スーパーで買ったお肉と、わたしのちょっと貯めてた血。それをわたしのいつも着てる服と混ぜ合わせました」
本気か?
「本気かって顔してるね。本気もなにも、今わたしここにいるし。生きてますけども」
「なんで?」
「いや、この町の警察官なら、どうせ検視とかしないだろうし。どっちみち、わたしが死んだ理由のほうを探しはじめるでしょ。死体はどうでもよくなると思って」
変なところで頭がいいな。
いや。
違くて。
「なんで死んだ?」
「生きてるけど」
うざいので一旦はらを殴る。腕で防がれた。このばかは運動神経も良い。
「あっ死んだ理由のほうね。はいはい」
彼女が、懐からなにか取り出す。本?
「都会行こう。都会」
都会の観光ブック。
「なんで都会なんかに」
「いいじゃん。都会。観光地だよ?」
昔はどちらかというと田舎のほうが観光地で、都会が住む場所だったらしい。今とは、まるで逆。インターネット全盛期の今、正直都会に住むのはイメージがわかない。観光地に住むって、どんな感じなんだろ。
「都会に住むの。いいでしょ?」
だからイメージがわかないんだってば。
「一緒に行かないの…?」
あっやばいこれ泣くやつだ。
泣くぞ。
泣くぞ泣くぞ。
「一緒に行ぎだいいいい」
はい泣いた。意味ないのに。性愛欲ないから、泣いている人間を見ても泣いてるんだなぐらいにしか思わない。
「くそっ。泣き落としが効かねぇ」
最初から分かってただろ。結果が分かってるならやんなよ。
「いやね、なんかこう、風情?あるじゃん。実は昔から、憧れだったの」
「憧れね」
「愛するひとに見向きもされなくて、泣きながら自殺を偽装した女の、都会への逃避行。昔の歌とかにありそうでしょ」
「たしかに。ありそうかも」
「都会で、成就しなかったあなたへの想いを一生擦りながら、過ごすの。ロマンチックでしょ?」
原因は私か。
「で。そうだよね。行かないよね。ごめんね時間とって。そろそろ行くね。裏でメイドが、必死のハイドしてるから」
「え、行くけど。普通に」
「え?」
彼女。今日イチのびっくりした顔。
「行くの!?!?」
「正直行っても行かなくてもどっちでもいいんだよね」
何か決めないといけないことがあるときは、大体彼女に選んでもらう感じ。
「ってか、そんなに思い詰めてるなら言ってよ。何かしてあげるのに」
「え、だって、無いんだよね好きって気持ちは」
「無いよ。たぶん一生わかない」
「じゃあ意味なくない?」
「いや。きらいでもないし。何かしてほしいって言われたら普通にするけど。いま、一緒に来てほしいって言われたから一緒に行くわけですけども」
「えっ。じゃあさ」
「うん」
「わたしのことを好きになって」
「うん。いいよ。じゃあとりあえず好きひとつ」
「居酒屋で頼むときのノリ!」
彼女がうれしそうなら、特に私から何か言うこともない。
「あ、でもこれ、私これ行方不明だよね?」
「大丈夫大丈夫。出発前にあなたの家に火着けていくから。失火的な感じで」
「失火」
この家電が電子化された世の中にあって、なんともばかな死因ではある。
「まぁいいか、失火で」
もとはといえば、彼女の愛の火を消しそこねた私に原因がありそうだし。
失火 春嵐 @aiot3110
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