第7話 初登校

 私は迷っていた。


 明日の学校、どんな顔で行けばいいのかな?

 友人がいないって事は陰キャで話しかけづらい雰囲気を出せばいいのかな。それとも、いてもいなくても気づかれないような空気系?


 JKはどびっきり、変化に敏感だ。

 いきなりキャラ変したらおかしいよね。

 できれば、目立たずすんなりと馴染んでいきたい。これ以上、余計なトラブルには巻き込まれたくないからね。


 ひとまず、怪我の残っているところはファンデで隠して。

 どこまで化粧をするのか。髪型は? 制服はどこまで着崩すの?

 悩むことばかりだわ。


 ふぅ~と布団にひっくり返った。

 うっわ、固いっ。寝づらそう。

 もう、なんだか悲しくなってきたわ。


 こんな時に限って黒歴史が頭の中を巡るのよね。


 高校かぁ……


 私が通っていたのは茅野ちの高校。地域ではそれなりに認められた進学校だ。

 優秀な生徒に囲まれたら、私なんか中の下で。そんな中で一生懸命自分の存在を維持しようと必死になっていた。


 吹奏楽部を選んだのは全て計算だった。純粋に自分のやりたいこと、なんかじゃなくて、吹奏楽部員だと必然的にクラスの中で一軍入りできるからだ。

 よく『カースト』なんて言葉を使われたりするけど、学校の中にもヒエラルキーは存在する。そして、『一軍』と呼ばれるトップ階級の中にも、更に細かな階級がある。

 その実態は『トップオブザトップ』の自尊心を支えるための存在。

 ボケ、できない担当、金魚のフン担当だよ。

 

 みんなより上手く吹けない事になっている楽器。トップオブザトップの意見には右向け右。自分の意見は持たずに、半歩下がって付いて行く。

 そんなふうに……自分を殺すことばかりしてた。

 だって、仲間はずれ怖いもん。居場所無いの怖いし、目立ってハブられるのも嫌だし。


 ああ、でも、今なら……


 あれはとても狭い世界だったって思う。

 大学へ行って、また仲間が変わって。仕事始めて時間無くて。

 もう高校の時の友人とは、誰とも繋がっていない。

 なんて儚い絆だったんだろう。


 私は一体、何を守ろうとしていたんだろうか。


 それでも、ちっぽけな私の自尊心は守られていたんだと思う。

 だから私は、これまで大きく失敗することなく、そこそこ幸せに生きて来れたんだと。


 でも、今は……


 ああん、もう。

 考えるのバカバカしい。

 将来のため、必死になって勉強して友達作って。


 将来のためって何?

 将来なんて、こんなにあっさり無くなっちゃうんだよ。


 だったら、今を楽しむほうがいい!


 決めた。

 沙夜の人間関係ゼロなのはかえって都合がいい。

 今度の高校生活はやりたいようにやろう。


 もう、何かのため。誰かのために生きるのはやめよう!


 中身は大人なんだから。こんなちっぽけな世界にビビったりしないんだから。

 


 初登校。

 通学も教室も何もかもが不確定で、やっと辿り着いた教室。


 席、どこだろう?


 誰にも声を掛けられない。絵に描いたようなボッチ。

 やっぱ、凹むわ。


 でもまあ、最初はこんなもん……よね。


 あれだけ葛藤したのに、結局地味な見た目に仕上げた。前髪を目を覆うように下ろし広げて視線を外す。ヘタレな私。


 そんなに簡単にはいかないのよ。今まで培った習慣ってやつは。

 第一命題は、やっぱり目立たず無難に高校生活を送ること……


「邪魔なんだけど」


 なすすべもなく教室の後ろに立ち尽くしていたら、男子に声を掛けられた。いや、違う。正確には文句を言われた。


 ロッカーに荷物入れたいみたいだから、当然の主張だよね。


「ごめんなさい」


 慌てて横に退くと、ガチャガチャと乱暴に鍵を開けて荷物を放り込んだ。訝しげにこちらを見下ろしてくる。


 あまりの気まずさに、こそっともう一歩彼から距離を取った。


 それにしても、この子近くで見ると結構イケメンじゃん。背も高いしカッコいいな。


 前髪の奥から覗き見る。なんせ中身は大人なもので、ついつい年下扱いしそうになる。

 気をつけないといけないわね。


「何見てんだよ」


 あ、バレてたか。どうやって誤魔化そうかな。


「えっと……席が分からなくなっちゃって」

「あ、そうか。昨日席替えあったからな」

「私の席、知らないかな」

「知らねえよ」


 ですよねー


「最後に余った席だろ。ここで見てりゃいいじゃん」


 おや、何気に良い子かも。


「そうだね。ごめんね。ありがとう」


 お言葉に甘えて、彼が退いたロッカー前に移動させてもらった。彼は何事もなかったかのようにさっと離れると友人たちの元へ。

 見続けると目をやられる、陽キャ集団の中心。


 なんか……やっぱり懐かしい世界だわ。


 分厚い前髪とボッチ習性は、案外悪いことではなかった。

 お陰でクラスの様子を落ち着いて見回す事ができた。クラスの中心らしき人物は誰なのか。二軍で日和見、何とか平和に過ごしている連中。オタク街道まっしぐらで我道行ってそうな人。存在の無い沙夜みたいな人もぼちぼち。


 まあ、名前は全然分からないけど。


 あ、でも、朝のイケメン君が『タカヤ』ってみんなから呼ばれてるのだけは分かったわ。


 ふと、彼女の携帯のやり取りを思い出した。


 結局、『タカ』って人とは会えたのかな?

 あの日、本当に何があったんだろう?



 

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Replace《リプレイス》 〜だったら復讐から始めましょう〜 涼月 @piyotama

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